山歩き

駄荷…日の平山…立岩山…立岩ダム
2022/4/17

駄荷…駄荷林道…日の平山…実乗観音…立岩山…市間山…大休ミの丘…立岩ダム…県道296…駄荷

■日の平山(ヒノヒラヤマ)1091.3m:広島県廿日市市吉和字下山広瀬(点の記)
■立岩山(タテイワヤマ)1134.9m:広島県山県郡筒賀村大字上筒賀字立岩山(点の記 点名:観音) 安芸太田町 

集会所のスイセン
霧の吉和川
集落から駄荷林道に入る
右岸に渡る橋から鎖止め
作業道を覆うスギ
黒ボク土
展望地から冠山を望む
作業道終点
ササ尾根を進む
日の平山
坂原分岐
十方山の尾根
小室井山を望む
日の平山
岩尾根を登る
倒れた二本スギ
立岩観音
崖を登る
日の平山と冠山
立岩山と市間山
立岩貯水池と十方山
大休ミの丘と押ヶ垰集落
雪が残る西面
右手に天上山
3mブナ
ブナ林の尾根
降下地点の境界柱
929ピーク手前の植林地
大ブナの横を通る
境谷へ入るワサビ田道に出る
大休ミの丘水源を渡る
10・11番標柱
立岩ダム右岸
ダムとナガオノオカ
水天宮
押ヶ垰集落
貯水池と女鹿平山
立岩山
観音地蔵
ニノワラのリュウズ
十方山登山口
ナガ谷西面
立野キャンプ場入口
山神
6:00 駄荷集会所 気温2度 晴れ

6:10 駄荷林道入口
7:25 展望地
7:30 日の平山西尾根(作業道終点)
8:00 日の平山
8:10 坂原分岐
8:40 立岩観音
8:50 立岩山
9:35 1071P
9:45 尾根降下地点
10:35 929P
11:10 ワサビ田への山道
11:30 10・11番鉄塔標柱
11:35 ダム降り口
12:00 立岩ダム
13:20 十方山登山口 
13:50 立野入口
14:35 駄荷集会所

 スイセンが咲く集会所を出発。気温2度で冷える。葉桜に花が少し残っている。吉和川を霧が覆う。駄荷バス停から集落に入る。ヤマエンゴサクが水玉で濡れている。霧の集落へ入る。レンギョウ、八重桜が咲く。車道の分岐南側に天童神社が見える。集落を抜けると林道駄荷線の標識がある。ダニノ谷左岸の林道を進む。

 林道は右岸に渡る橋で鎖止め。スギ林の林道を進む。伐採作業中の看板がある。大井原山へ上がる林道の分岐を過ぎて、次の分岐を左に入る。作業道が西側へ入っている。北方向の作業道を進む。伐採されたスギが作業道を覆う。作業道の東面が伐採中のようだ。

 分岐を北へ進む。水源の谷へ分岐道が入っている。地図に表示されている道を進む。日が射すスギ林下にクロモジが咲く。フキが伸びる。作業道が西尾根に接する手前に新しい作業道が北側へ登っていた。のり面が黒ボク土で覆われている。岩が露出した作業道を登ると展望地に出た。

駄荷林道入口
ヤマエンゴサク
クロモジ

 展望地から南側、東側が開けている。南側に冠山から板敷山の峯、東側に東郷山から小室井山の峯が見える。展望地にから西へ進む。オオカメノキが咲き始めている。作業道は尾根を越えて西側へ降りている。北側の作業道は尾根で終点。気温14度。

 一休みして日の平山西のササ尾根に入る。植林地と広葉樹の間を進む。西側に十方山が見える。オオカメノキが咲く。作業道終点から30分ほどで日の平山。そこから10分ほどで坂原分岐の道標。坂原登山口まで1時間20分とある。少し尾根を下ると、左に奥三ツ倉、中三ツ倉が見える。

 タムシバの花びらが落ちている。見上げると、白い花が少し残っていた。見える花はタムシバばかり。鞍部を過ぎると南側に小室井山、大峯山が見える。ミツバツツジはツボミ、アセビの白い花。日の平山の左に鬼ヶ城山が見える。岩尾根を登る。

オオカメノキ
コバノミツバツツジ

 枯れた大スギの倒木が二本西側に残っている。その倒木の先に立岩観音が立つ。観音の下に角礫が散在し、その中に異質な円礫が幾つかある。立岩観音の裏側へ回り崖を登る。ミツバツツジが咲いている。岩上に出ると、眼下に立岩貯水池が見え、正面の十方山を見渡す。

 南側に冠山と日の平山が見える。ミツバツツジが咲く岩尾根を進む。立岩山三角点に進む。気温21度。市間山の左に深入山、内黒山、内黒峠が見える。眼下左右に送電線鉄塔が立ち、その間が大休ミの丘、その先に押ヶ垰の集落が見える。東側に鷹ノ巣山の奥に瀬戸内海の島々が霞む。

 山頂にタムシバの花、ヤマグルマの実が残る。岩山を下り、スギ林を進む。西側の斜面に雪が残っていた。キハダが多いピークの西側に進む。急坂を下る。東側に天上山が見える。広葉樹の林の中に葉ザクラの赤が目立つ。ミズナラに枯れた葉がたくさん残っている木があった。白い花はオオカメノキばかり。

ヤマグルマ
タムシバ

 ミヤマシキミに小さい花が咲く。ブナの倒木を過ぎると、周囲3mの大きいブナがある。1071ピーク付近を「水走り」と呼ぶ。山の走り根のことである。ササの子が地面から槍を出している。立岩山から1時間ほどで境界柱の立つ尾根の降下地点。

 西側のササの小尾根を下る。根本で曲がったブナの所で一休み。下る方向に十方山が見える。ミヤマシキミの小さい花が咲く。オオカメノキの花が続く。下るにつれミツバツツジが咲く。1時間ほどで929ピーク。枯れたヤドリギが落ちていた。

 大きいブナを見上げると緑の葉に覆われていた。樹液にチョウが留まる。カエデの葉が閉じている。イカリソウが一輪咲いていた。クマ棚が残る。降下地点から1時間半ほどで境谷のワサビ田へ通じる山道に出る。山道を下るとイノシシが掘り返した跡がある。大休ミの丘の水源の水路を渡る。

クマ棚
ブナ
ミヤマシキミ

 樹林を通り、スギ林の中の10・11番鉄塔への標柱に進む。ガマズミにツボミが出ている。標柱から立岩ダムへの降下地点に進む。ニシキゴロモ、イカリソウ、チゴユリが咲く。眼下にダムを見る。標柱のある立岩ダム右岸に降りる。ダムの日陰で一休み。

 ダムからナガオノオカを見上げる。水天宮が浮かぶ湖面は静かだった。ケルンコルの下に押ヶ垰集落が見える。車道に出ると気温25度。ヤマブキが咲く県道を進む。鳥獣保護区の標識の下に「くくりわな禁止」とある。ミツバツツジが多い。湖面の先に女鹿平山が見える。

 大谷川周辺にキケマン、キブシ、レンギョウが咲く。観音地蔵を過ぎる。イチリンソウ、イカリソウが咲く。立岩ダムから1時間余りで十方山登山口。ニイハタ谷落口の日陰で一休み。クサイチゴ、ナガバモミジイチゴ、ラショウモンカズラが咲く。立野入口を過ぎる。エンレイソウ、ネコノメソウ、ミヤマカタバミが咲く。セリバオウレンが多い。江戸期、オウレンは吉和村の特産物だった。立岩ダムから2時間半ほどで駄荷に帰着。

イチリンソウ
チゴユリ
イカリソウ
イカリソウ
ミヤマシキミ
ガマズミ
ニシキゴロモ
ニシキゴロモ
キブシ
キケマン
ムラサキケマン
レンギョウ
クサイチゴ
ナガバモミジイチゴ
ヤブツバキ
ラショウモンカズラ
エンレイソウ
ミヤマカタバミ


地名考

 三の氏山 実乗之観音

 「『芸藩通志』(1825年)の山県郡内古蹟名勝の項を見ると

 石窟 上筒賀村、立岩山上にあり、中に実乗観音あり

と記されている。この記述から

…『山頂に実乗観音をまつってある石窟のある山が立岩山という名の山である』と読み取れる

…『実乗』は読み方はわからないが地名ではないかと思われる。

…吉和村側の村人にもこの峯に観音のあることはよく知られており、『ミノジの観音』と呼ばれている。『ミヨウジ』とか『ミヨジ』と言う人もある。『ミノジ』とは何であろう。

…吉和村三浦一之介家所蔵『吉和村絵図』(江戸末期)には、この1135m峯付近の山に『三の氏山』という山名が付されている。『ミノジ』は『ミノウジ』が転訛したものと思われる。

 ミノウジ観音 ミノジ観音 実乗観音と変化してきたもので実乗は当て字ではなかろうか」(「西中国山地」桑原良敏)。


 『書出帳』の立岩山

 『上筒賀村国郡志御用につき下調べ書出帳』(文政2年=1819年)の名勝の項に立岩山がある。

 「立岩山

 頂上に実乗之観音と申巌崖御座候、古者隣村付近郷者不及申ニ石州辺からも参詣之人群衆なし申由伝候、今ニ石州辺海浜之小石此所ニ御座候、此観音之前ニくぐり岩と申岩御座候、其前ニ又鞍かけ杉と申古木御座候、中興巳来参詣之人無御座候、右由来縁記無御座申伝而巳ニ御座候、観音者今ニ御座候、既ニ松落葉集ニ載申候」(『上筒賀村書出帳』)。

  「立岩山へは、筒賀村坂原よりタテイワ谷の右谷へ入り、山頂の観音に至る参道があって多くの村人が登っていたという。…この径は主稜鞍部より立岩貯水池側のタケノオク谷を降り、水没した二の原の集落へ通じていて、筒賀村と吉和村を結ぶ主要道で村人によく利用され、吉和側の村人もこの径を登って観音に参拝していたという」(「西中国山地」)。

 立岩山には坂原、吉和の多くの村人が参拝していたが、「書出帳」によれば、「古」には石州からも参詣人が群衆をなしていたという。当時は観音の前に「くぐり岩」「鞍かけ杉」があったようだ。

 「石州辺海浜之小石此所ニ御座候」(上記)とあるので、立岩観音の下にある円礫がその小石かもしれない。文政2年からみて古とは、石見に支配が及んだ毛利氏の時代のことなのだろうか。


 三野地日の平山 箕ノ地山 みのぢ山

 「ミノジ」は『吉和村誌』に載る古文書に以下のように記されている箇所がある。

 「三野地日の平山」(山林区分=野山 『御建山・野山・腰林帖』 1725年)

 「箕ノ地山」(山林区分=野山 『下調べ書出帳』 1819年)

 「水源みのぢ山ゟ流出下組駄荷ニ而大川江入ル」(『下調べ書出帳』)


 『下調べ書出帳』に「水源みのぢ山より流出、下組駄荷に出、大川へ入る」とある。駄荷へ流れ出る谷はダニノ谷であり、水源は日の平山である。

 「みのぢ山」「箕ノ地山」「三野地日の平山」と記されている「ミノジ」は日の平山周辺の地名である。

 立岩山の観音を「実乗(ミノジ)の観音」と呼び、立岩山は三の氏山とも呼ばれていたことから、「ミノジ」の地名は、日の平山から立岩山に掛けての地名を表していると思われる。


 山林区分 野山(のざん)

 「三野地日の平山」は、山林区分が野山(のざん)で、管理収益の主体が村にある山である。『下調べ書出帳』などの古文書では、立岩山、市間山も野山である。「ミノジ」は三つの野山(のざん)が並ぶ意と解される。市間山の東にノジイ谷があり、入口に野地氏の墓がある。

 林道臼谷線起点手前の田吹川左岸に入る林道の入口にりっぱな石碑があり、『野地與右衛門芳松之碑』と記されている。田吹の名請人に與右衛門の名は無いが、上筒賀村の名請人に『与右衛門』があり、6389石、115畝と記されている(『筒賀村史』)。

 上筒賀村地詰帳(寛永15年=1638年)に『与右衛門』の名がある。『與右衛門』と同一人物か明らかでないが、『与右衛門』の「ほのぎ」と区分、面積を以下のとおり記す。

 いちま口 下下畠八畝
 同所 屋敷壱畝拾五歩
 同所 上畠壱畝廿壱歩
 同所 中中畠壱反壱畝
 同所 下中畠六畝四歩
 同所つちはし 上下田七畝
 木やそう 下畠壱反弐歩
 同所 下下畠壱反九畝
 同所 中中田九畝
 同所 切畠八畝拾五歩
 水えき口 下下畠弐拾壱歩
 たをノまへ 下下畠壱畝拾五歩
 水ノえき 切畠三畝
 水ノえき 下下畠壱畝
 同所むかい 下下畠四畝
 同所 中中田壱反三畝
 (以上、『筒賀村史』)

 いちま口、木やそう、水えき口、水ノえきなどの「ほのぎ」は、現在、イチマ、キヤソウ、ミズネエキの谷地名として残っており、いちま口に屋敷があることから、『与右衛門』はイチマ谷周辺の名請人であると思われる。


 「三野地」は「三つの野山の地」と考えられる。

 「三野地日の平山」は、「三野地の日の平山」ではないか。立岩山は「三野地の立岩山」と呼んでいたのではないか。そのため立岩山は「三の氏山」とも呼ばれた。


 吉和村、上筒賀村、戸河内村の境
 
 美濃国(岐阜)は、7世紀木簡に「三野国」とあることから、三つに野に由来があるとされる。石見の美濃は、『石見外記』に「美濃ハ三野ナルベシ」とある。

 日の平山から市間山へ延びる尾根は、吉和村、上筒賀村、戸河内村の三つの村の境界になっていることから、「三野地」は「三つの村の境のある野山の地」とも解される。

 みのじ観音道と天童明神(駄荷)

 「駄荷の天童は、みのじ観音の登山道と関係があろう。みのじ観音は最近村内有志で、いわゆる立岩山(1135m)の山頂の巨岩であることを確かめた。巨岩の周辺にはこわれた祠跡や下から持ち上がったとみられるかなりの石が列石ふうに並んでいる。

 この登山道の麓が駄荷域で、今のもみの木森林公園、旧樫田域から小室井山(1072m)に登る幻の『たかさきこう(おう)かん道』と通じる。つまり小室井山と立岩山をつなぐ道があり、立岩側の道がみのじ観音道である」(『吉和村誌』)。

 「日の平山は、潅木とササの薮山で頂の展望も悪く、山頂へ登る径もないのでヤブこぎはまぬがれない。観音信仰の盛んであった明治大正の頃は吉和村石原の教立寺(キョウリュウジ)裏より高崎こうかん道と呼ばれていた尾根道が付けられ観音まで続いていたが、現在はその跡すら定かでない」(「西中国山地」桑原良敏)。

天童神社(『吉和村誌』)
 
天童神社(『吉和村誌』)
 
立岩観音(『吉和村誌』)
 
立岩観音(『吉和村誌』)


 

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カシミール3Dデータ

総沿面距離18.4km
標高差635m

区間沿面距離
駄荷
↓ 4.9km
日の平山
↓ 1.5km
立岩山
↓ 1.7km
降下地点
↓ 2.8km
立岩ダム
↓ 7.5km
駄荷
 

 
『芸藩通志』上筒賀村絵図(1825年)

市間山、立岩山、立岩観音が見える。
 
明治32年測図昭和7年修正測図 大日本帝国陸地測量部 「三段峡」の部分

戸河内村と吉和村を結ぶ車道は立岩ダム付近で右岸を通る。
立岩、三ノ原、下山、一ノ原、廣瀬、立野、駄荷の地名が見える。
 
作業道の展望地から
冠山
作業道の展望地から
小室井山
立岩から見る日の平山と冠山
立岩山から
十方山と立岩貯水池
立岩山から
市間山
 
登路(「カシミール3D」+「地理院地図」より)