山歩き

日の平山…立岩山…市間山…立岩ダム
2021/3/27

駄荷…駄荷林道…日の平山…実乗観音…立岩山…市間山…大休ミの丘…立岩ダム…県道296…駄荷

■日の平山(ヒノヒラヤマ)1091.3m:広島県廿日市市吉和字下山広瀬(点の記)
■立岩山(タテイワヤマ)1134.9m:広島県山県郡筒賀村大字上筒賀字立岩山(点の記 点名:観音) 安芸太田町 
■市間山(イチマヤマ)1108.8m:広島県山県郡筒賀村大字上筒賀字市間山(点の記) 安芸太田町

駄荷の廿日市市選挙ポスター
林道駄荷線
林道鎖止め
造林作業路五本桂線
丸太置き場
分岐に重機
駄荷林道終点
ブナのクマ棚
日の平山
坂原分岐
北方向を望む
立岩山
小室井山
岩尾根
スギの倒木
立岩観音
崖を登る
日の平山、冠山を望む
立岩山
十方山と立岩貯水池
大休ミの丘と押ヶ垰集落
ミズナラの枝が散乱
ブナの倒木
3mブナ
環境調査のネット
市間山
降下地点
クリの木の枝が散乱
ブナとタムシバ
山道に出る
鉄塔道からダムを望む
立岩ダムからナガオノオカを望む
立岩貯水池の水天宮
ケルンコルの押ヶ垰集落
大谷川入口のサクラ
立岩山
女鹿平山
ニノワラ谷
小松原橋から吉和川上流
6:20 駄荷集会所 気温0度 晴れ
 

6:30 駄荷林道
7:45 駄荷林道終点
8:30 日の平山  
8:40 坂原分岐
9:20 立岩山
10:20 1071P
10:30 市間山
10:40 尾根降下地点
11:40 929P
12:15 山道
12:30 大休ミの丘
12:55 立岩ダム
14:25 十方山登山口 
14:45 立野入口
15:20 駄荷集会所


 気温0度で寒い。駄荷集会所から車道を進み、山側の集落へ入る。民家の庭にレンギョウが咲く。石原への分岐に選挙ポスターの大看板が立てられていた。明日が選挙のようだ。39名分に33名のポスターが張られている。吉和から宮島まで、広大な選挙区が一つになっている。
 
 集落を抜けるとダニノ谷左岸の駄荷林道に入る。林道駄荷線の標識が立っている。昭和57年の「伐採照査標本」の標識が落ちていた。ダニノ谷は水量が多い。五本カツラノ谷下流の橋の左岸で鎖止めになっている。中本造林の標識がある。深い谷を見下ろしながら右岸を進む。

 西側に大井原線への分岐道がある。フキノトウがあちこちに出ている。次の林道分岐に「造林作業路五本桂線」の標柱が立っている。以前、分岐に箱罠が設置されていたが、撤去されていた。キャタピラの跡のある右谷左岸を進む。

ダンコウバイ
ミツバツツジ

 左谷を覗くとアマゴと思われる魚影が見える。黄色いダンコウバイが咲く。分岐を南へ進み、次の分岐を北へ折り返し、五本桂三角点の西側を進む。キツツキのドラミングが響く。伐採された間伐木の年輪を見ると30年ほど経過していた。丸太が積まれている。分岐にキャタピラのある重機が止まっていた。

 論田の頭の北の尾根との接点で林道終点、ここまで林道入口から1時間余り。終点の左谷水源で一休み。終点にフキノトウがたくさん出ていた。終点から尾根のササ原に出る。クマ棚から落ちた枝が散乱する。ミヤマシキミが小さいツボミを付ける。頭上にブナのクマ棚が残る。幹に新しい爪痕がある。ミズナラ、クリの木の枝が散乱する。

 ササ薮を登り、林道終点から45分で日の平山。そこから10分ほどで坂原分岐、新しい道標が取付られていた。尾根を進むと北側への展望が開ける。廿日市市選挙の宣伝カーの音が聞こえた。クリの木にクマ棚が残る。前方に立岩山が見える。ミズナラにクマ棚がある。溜糞がある。南側へ展望が開け、小室井山が見える。

ブナの爪痕
ミヤマシキミ
キブシ
立岩観音の下に丸石

 痩せ尾根の岩場に変わる。枯れたスギが西側に倒れている。それを過ぎると立岩観音、岩の根本に異質な丸石がある。右回りに観音の後ろ側に出る。岩崖を登ると展望地に出、眼前に十方山と立岩貯水池が見える。日の平山の先に冠山が見える。岩場にミツバツツジ咲く。岩場のミズナラにクマ棚が残る。

 日の平山から1時間ほどで立岩山。市間山、十方山を眺め渡す。眼下の大休ミの丘に二本の鉄塔が見え、その間に押ヶ垰集落が見える。タムシバが咲き始め、ヤマグルマの実が残る。瀬戸内方向は霞む。ホットコーヒーで一服の後、北へ進む。ミズナラの枝が折られて散乱していた。剝がされたコケの幹に爪痕が残る。

 尾根上にクマ棚が続く。ピークのキハダ群生地から尾根を下る。点々とクマ棚が続く。倒木ブナを過ぎると、大きいブナがある。ブナ林が続く。1071ピークを過ぎると、クリの木のクマ棚がある。立岩ダムへの降下地点を通過。尾根の西側に直径1mほどのネットが5つ設置されていた。風力発電の環境調査のようだ。

ミズナラの爪痕
ヒサカキ
ヤブツバキ

 立岩山から1時間ほどで市間山、気温21度で暑かった。降下地点に引き返す。ササ尾根を下る。クリやミズナラの枝が散乱する。クマの痕跡の多い尾根だ。平坦なスギ林の尾根にミヤマシキミの小さい花が咲いていた。降下地点から1時間ほどで929ピーク。

 眼下に立岩貯水池が見える。929ピークから下ると、タムシバがあちこちに咲いている。大きいブナを通過。ブナの横にもタムシバが咲いていた。アセビが多い薮尾根に下る。929ピークから30分ほどで境谷水源のワサビ田に通じる山道に出る。ミヤマシキミが咲く。

 大休ミの丘の水源の谷を渡り、送電線下のスギ林下の11番標柱に出る。送電線鉄塔を結ぶ道を下る。眼下にダムが見える。貯水池右岸の山道に降りると10番11番の標柱がある。降下地点から2時間ほどで立岩ダム。ダムを渡ると押ヶ垰断層上のケルンコルに押ヶ垰集落が見える。

ヤマエンゴサク
アセビ

 左岸の県道を進む。ヤブツバキ、キブシ、アセビ、ダンコウバイが咲く。立岩貯水池の上流に女鹿平山が見える。大谷川落ち口のサクラが咲いていた。県道を進むと貯水池の先に立岩山が見える。石垣にレンギョウが咲く。増水して湖岸の木が水没していた。

 バアガ谷を過ぎたところで、山際にヒサカキが小さい花をたくさん付けていた。女鹿平山が大きく見えてくる。ニノワラ谷に三段滝が見える。貯水池の東側、送電線鉄塔の間のピークにアンテナ塔のような高い鉄塔が見える。ヤマエンゴサクが咲く。一ノ原の墓所を過ぎる。

 十方山登山口を過ぎると、川沿いのヤナギが雄花を付けていた。急流のニイハタ谷を過ぎる。小松原橋から上流を見ると白濁の小滝が見える。スギ林下にミヤマカタバミが咲く。立野キャンプ場入口を通過。道路沿いのホコラが崩れかけている。吉和川左岸にヒノ谷落ち口が見える。

 吉和発電所へ通じる水路は吉和川右岸に降りている。水利使用標識があり、水利使用者は佐伯中央農業協同組合、使用目的は発電になっている。吉和川に取水堰が見え、長い魚道が設置されている。駄荷の集落が見える。駄荷橋を渡り、立岩ダムから1時間半ほどで集会所に帰着。

水利使用標識
取水堰と魚道
駄荷集落



ミヤマカタバミ
ヤナギの雄花
レンギョウ
フキ
タムシバ
ヤマグルマ
ムラサキケマン
ミヤマシキミ
ミヤマシキミ


地名考

 三の氏山 実乗之観音

 「『芸藩通志』(1825年)の山県郡内古蹟名勝の項を見ると

 石窟 上筒賀村、立岩山上にあり、中に実乗観音あり

と記されている。この記述から

…『山頂に実乗観音をまつってある石窟のある山が立岩山という名の山である』と読み取れる

…『実乗』は読み方はわからないが地名ではないかと思われる。

…吉和村側の村人にもこの峯に観音のあることはよく知られており、『ミノジの観音』と呼ばれている。『ミヨウジ』とか『ミヨジ』と言う人もある。『ミノジ』とは何であろう。

…吉和村三浦一之介家所蔵『吉和村絵図』(江戸末期)には、この1135m峯付近の山に『三の氏山』という山名が付されている。『ミノジ』は『ミノウジ』が転訛したものと思われる。

 ミノウジ観音 ミノジ観音 実乗観音と変化してきたもので実乗は当て字ではなかろうか」(「西中国山地」桑原良敏)。


 『書出帳』の立岩山

 『上筒賀村国郡志御用につき下調べ書出帳』(文政2年=1819年)の名勝の項に立岩山がある。

 「立岩山

 頂上に実乗之観音と申巌崖御座候、古者隣村付近郷者不及申ニ石州辺からも参詣之人群衆なし申由伝候、今ニ石州辺海浜之小石此所ニ御座候、此観音之前ニくぐり岩と申岩御座候、其前ニ又鞍かけ杉と申古木御座候、中興巳来参詣之人無御座候、右由来縁記無御座申伝而巳ニ御座候、観音者今ニ御座候、既ニ松落葉集ニ載申候」(『上筒賀村書出帳』)。

  「立岩山へは、筒賀村坂原よりタテイワ谷の右谷へ入り、山頂の観音に至る参道があって多くの村人が登っていたという。…この径は主稜鞍部より立岩貯水池側のタケノオク谷を降り、水没した二の原の集落へ通じていて、筒賀村と吉和村を結ぶ主要道で村人によく利用され、吉和側の村人もこの径を登って観音に参拝していたという」(「西中国山地」)。

 立岩山には坂原、吉和の多くの村人が参拝していたが、「書出帳」によれば、「古」には石州からも参詣人が群衆をなしていたという。当時は観音の前に「くぐり岩」「鞍かけ杉」があったようだ。

 「石州辺海浜之小石此所ニ御座候」とあるので、立岩観音の下にある丸石がその小石かもしれない。文政2年からみて古とは、石見に支配が及んだ毛利氏の時代のことなのだろうか。


 三野地日の平山 箕ノ地山 みのぢ山

 「ミノジ」は『吉和村誌』に載る古文書に以下のように記されている箇所がある。

 「三野地日の平山」(山林区分=野山 『御建山・野山・腰林帖』 1725年)

 「箕ノ地山」(山林区分=野山 『下調べ書出帳』 1819年)

 「水源みのぢ山ゟ流出下組駄荷ニ而大川江入ル」(『下調べ書出帳』)


 『下調べ書出帳』に「水源みのぢ山より流出、下組駄荷に出、大川へ入る」とある。駄荷へ流れ出る谷はダニノ谷であり、水源は日の平山である。

 「みのぢ山」「箕ノ地山」「三野地日の平山」と記されているの「ミノジ」は日の平山周辺の地名である。

 立岩山の観音を「実乗(ミノジ)の観音」と呼び、立岩山は三の氏山とも呼ばれていたことから、「ミノジ」の地名は、日の平山から立岩山に掛けての地名を表していると思われる。


 山林区分 野山(のざん)

 「三野地日の平山」は、山林区分が野山(のざん)で、管理収益の主体が村にある山である。『下調べ書出帳』などの古文書では、立岩山、市間山も野山(のざん)である。「ミノジ」は三つの野山が並ぶ意と解される。市間山の東にノジイ谷があり、入口に野地氏の墓がある。

 「三野地」は「三つの野山の地」と考えられる。

 「三野地日の平山」は、「三野地の日の平山」ではないか。立岩山は「三野地の立岩山」と呼んでいたのではないか。そのため立岩山は「三の氏山」とも呼ばれた。


 吉和村、上筒賀村、戸河内村の境
 
 美濃国(岐阜)は、7世紀木簡に「三野国」とあることから、三つに野に由来があるとされる。石見の美濃は、『石見外記』に「美濃ハ三野ナルベシ」とある。

 日の平山から市間山へ延びる尾根は、吉和村、上筒賀村、戸河内村の三つの村の境界になっていることから、「三野地」は「三つの村の境のある野山の地」とも解される。


 『手鑑帳』の村境

 正徳5年(1715年)の『手鑑帳』に、上筒賀村境、下吉和村境について次のように記されている。

 「上筒賀村境…清水山弥兵衛分迄峯水走り限り…
 佐伯郡下吉和村の内下山分境、清水山弥兵分、うへは尾したは境目谷限り大川迄、それより向へ渡り押ケ垰分かや野尾続き切石の尾迄…」

 清水山は市間山の西面、水走りは市間山南尾根の1071ピーク付近のことである。「水走り」は山と山の尾根が出あう鞍部のことである(『戸河内町史』)。

 『手鑑帳』にある「水走り」について、それぞれの村境の表現は次のようになっている。

 中筒賀村境 峯水走り限り

 上筒賀村境 峯水走り限り

 吉和村下山分境 おそらかん山大峯尾続き水走り限り

 疋見村境 おそらかん山の内大峯尾水走り限り

 下道川村境 大峯尾水走り限り

 上道川村境 大峯尾水走り限り

 八幡村境 三つ子岩懸り木峯水走り限り

 橋山村境 峯水走り限り

 戸谷村境 峯尾水走り限り


 峯の走り 水走り

 山の峯が下の方へ延びているのを、青森県の方言で は「走り」 という。

 岩手山の焼走り(ヤケバシリ)は、熔岩流が山の斜面を流下するのを見た当時の人々が「焼走り」と呼んだことに由来すると言われているが、むしろ溶岩流の走り根を表す呼び名でないか。岩手山の北に「車之走峠」があるが、これも山の走り根のことであろう。


 書紀(720年)雄略六年二月・歌謡に、「挙暮利矩能(こもりくの) 播都制能野磨播(はつせのやまは) 伊底柁智能(いでたちの) 与慮斯企野磨(よろしきやま) 和斯里底能(わしりでの) 与盧斯企夜磨能(よろしきやまの)」がある。

 この歌は奈良の三輪山、巻向山を詠ったと言われている。

 「いでたちの よろしきやま」 は垂直方向の姿・形が良いこと、「わしりでの よろしきやま」の「わしりで」は「走り出」のことで、山の尾根が水平方向に勢いがあることを表す。

 万葉集(3331番)に「忍坂の山は走出のよろしき山」は
、「山の地勢が走り出て来たように低く横に突き出ている状態」を表す。

 万葉集(210番)に「走出の堤」(はしりでのつつみ)があり、「突き出た堤」と解釈されている。

 「わしりでの山」、「走出の山」はそれぞれ山を形容している。

 市間山の南尾根の「水走り」は、「峯走り」を意味し、尾根が南へ延びている様子を表していると思われる。

 
 ワシ・ワシリ方言

 ワシ 崖の上の雪が滑り飛ぶこと(東北地方)

 ワシ 上層新雪の雪崩(秋田県仙北郡)

 ワシリ 波の荒い海岸の道(佐渡島)。もともとは『走り』の意味と思われる。『走る』は古くは『わしる』とも言った(『昔の茨城弁集』)

 ワシ・ワスの用例

 「十有二月(しはす)」 (日本書紀)

 「十二月尓者(しはすには)」(万葉集)

 「東西に急ぎ、南北にわしる」(徒然草)

 「十二月(シハス) 師の馳せる有」(色葉字類抄・平安末期)

 アイヌ語地名 メノコパシリ

 アイヌ語地名にメノコパシリがある。北海道古宇郡照岸にある地名である。

 menoko-pasiri メノコ・パシリ 婦女・走る所 
 (永田方正『北海道蝦夷語地名解』)

 アイヌ語地名 ワシル

 「ホンツコタン 山を越て道あり 絶壁の下を通る處有ワシルと云波高之節ハ往来不成」(『蝦夷恵曽谷日誌』・1870年米沢藩)


 走り出の英語表現

 The run of the mountaions is northwest
 山の流れは北西です
 (山勢は北西に走っている)

 英語でも run は尾根が延びる勢いを表している。

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カシミール3Dデータ

総沿面距離19.5km
標高差707m

区間沿面距離
駄荷
↓ 5.2km
日の平山
↓ 1.6km
立岩山
↓ 2.1km
市間山
↓ 3.2km
立岩ダム
↓ 7.4km
駄荷
 

 
『芸藩通志』上筒賀村絵図(1825年)

市間山、立岩山、立岩観音が見える。
 
明治32年測図昭和7年修正測図 大日本帝国陸地測量部 「三段峡」の部分

戸河内村と吉和村を結ぶ車道は立岩ダム付近で右岸を通る。
立岩、三ノ原、下山、一ノ原、廣瀬、立野、駄荷の地名が見える。
 
小室井山
日の平山と冠山
市間山 奥に深入山、掛津山
十方山
大休ミの丘と押ヶ垰集落
立岩観音 実乗観音
 
立岩観音の下に二つの円礫が見られる。周辺の角礫と比べて異質である。

「石州辺海浜之小石此所ニ御座候」(「書出帳」)とあるので、円礫は石州の海岸で浸食された石かもしれない。
 
登路(「カシミール3D」+「地理院地図」より)