山歩き

三段峡…ミズナシ川…深入山…柴木
2020/11/1

柴木駐車場…ミズナシ川…蔵座高原…深入山…いこいの村…蔵座林道…トンネル出口…柴木

■深入山(シンニュウザン)1152.5m:広島県山県郡戸河内町大字松原字松原(点の記 新入山=しんにゅうざん) (安芸太田町)

薮ヶ迫山を望む
ミツバチの巣箱
柴木川第一発電所
長淵橋
龍ノ口
皆実高校遭難碑
石樋観音
天狗岩
黒淵渡船場
黒淵
黒淵荘
仏岩
蛇杉橋
大淵
耶源
ミズナシ川
向真入山の尾根
サバノ頭を望む
導水管が通るミズナシ川
大谷管理道分岐
深入山登山道 コナラ、ミズナラ林を進む
西側から緩やかに登る登山道
分岐から深入山を望む
流紋岩の節理
展望岩から向真入、恐羅漢山を望む
展望岩から聖湖を望む
八畳岩から見た深入山
苅尾山と掛津山
岩の登山道
十方山と恐羅漢山
向山と南登山口 下り路から
カナクラ峠
大箒山
松原川水源 コンクリート水路のゴギ
間伐木が積まれた林道
間伐されたスギが林道を埋める
間伐されたスギ 50年以上の年輪
間伐木の間の林道に出る
ウリハダカエデの道を進む
ミズナラのクマ棚
クマ棚
柔らかいクマ糞
中はクリーム色
古いクマ糞
2018年6月まで林道終点から南へ新しい林道が延びる
ヌタ場から山道に入る
大岩の右を進む
薮尾根のヌタ場
サージタンクの上に出る
トンネル出口から導水管が発電所へ下りる
大平山
市間山
階段を下る
ジグザグ道に入る
柴木の里
ジグザグ道のクマ糞
電気柵を外して左岸の道へ
6:30 柴木駐車場 気温5度 晴れ
 

7:25 黒渕
8:20 ミズナシ川
9:30 蔵座高原
11:05 深入山
11:45 いこいの村
12:05 蔵座林道入口
14:05 林道から尾根へ
15:05 サージタンク
16:00 柴木川発電所
16:15 駐車場

 駐車場を出発、三段峡の奥に紅く染まった薮ヶ迫からサバノ頭の峯が見える。車道を渡り左岸に入ると、ミツバチの巣箱が置かれていた。山際にアキノキリンソウが咲く。道際にタカサゴユリが咲いていた。柴木川発電所の通路に進むと水鳥が飛び立った。赤い長淵橋が見える。

 発電所通路から暗いスギ林を抜けると長淵橋に出る。三段峡入口に落石を防ぐ工事中の看板がある。姉妹滝、龍ノ口を過ぎる。兜石の上に懸崖が見える。紅葉の山腹に五立の岩壁が見える。赤滝を過ぎてトンネルを潜る。トンネルの上が庄兵衛岩。

 トンネルを抜けて皆実高校遭難碑に進む。ここにはいつも花が供えてある。青い女夫淵を回ると石樋、石樋の途中に右岸から中のエキの小谷が落ちている。バイクが追い抜いて行った。奥に天狗岩が見える。谷中に石樋観音を見る。

タカサゴユリ
アキノキリンソウ

 関付に進むと天狗岩が近づく。二谷の水量は少ない。右岸に塔岩が立つ、その下にぐるの瀬。アキノキリンソウが咲く。天狗岩の下に黒い蓬莱岩、その上流に白い巨石。峡谷の奥に紅葉したサバノ頭から下りる峯と向山の峯が交差する。

 黒淵渡船場手前に進むと、奥からバイクが出てきて三段峡入口へ帰って行った。黒淵荘の準備をしているようだ。入口に本日の営業時間、黒淵渡船9:00〜16:00、黒淵荘9:00〜16:00、渡船料金往復大人500円、こども400円、片道大人300円、こども200円となっていた。黒淵荘のメニューはやまめ塩焼・軽食とある。

 入口から坂を進む。去年7月、黒淵荘へ進む急坂の上部の遊歩道から転落して、救助ヘリから隊員が渡船場付近に降下するのを見た。この急坂は濡れると滑りやすく、手摺が無いので事故が起きる危険がある。黒淵を見ると左岸から右岸へ潜って泳ぐ動物が見えたが小さくてよくわからない。

ジンジソウ
ダイモンジソウ

 黒淵に砂礫が溜まっているのが見える。黒淵の懸崖の向こうの山々は紅葉に覆われていた。坂を下り三段峡のコの字地形に入る。ジンジソウが咲く。最初の角まで進むと右岸に尖った仏岩が見える。谷の北西方向の直線の先に紅葉の山腹と植林地の尾根が見える。雌滝、雄滝を過ぎる。

 ヒヨドリジョウゴが赤、緑の実を付ける。雄滝の下の遊歩道に雌滝のプレートが置いてある。イシノコヤの谷は大岩のゴーロになっている。キバナアキギリが咲く。蛇杉橋に進む。蔵座林道から延びる紅葉の尾根が見える。橋に出る手摺に立入禁止のロープが巻かれ、手摺を掴むとグラついていた。

 アカメガシワが葉を伸ばす。ムラサキシキブの青い実。南峰橋を渡ると地面からユズリハの葉が出ていた。大淵で休憩。クサアジサイの花が残っていた。大淵休憩所の横に大きいトチノキがある。トンネルを潜り坂を上がり、王城の岩壁を過ぎる。ダイモンジソウが咲く。

オトコヨウゾメ
ヒヨドリバナ

 耶源の下に巨石が並ぶ。出合淵を過ぎると平たんな谷になる。向真入山の出先尾根が紅く染まる。出発から2時間ほどでミズナシ川。谷は伏流水で涸れている。駐車場に工事のための現場建物がある。「水梨トイレ新築その他工事」とあり、来年1月25日までの工期になっている。

 車道を進む。向真入の尾根が見える。たたら橋を渡り堰堤を過ぎる。道路端にアキノキリンソウが咲く。岩盤を貫いたトンネルを潜ると錫杖をもつ地蔵尊が祀ってある。右岸の岩壁から水が流れ出ていた。キバナアキギリが咲く。

 もみじ橋を渡り、みかえり橋を渡ると車道はU字に上る。向真入の紅葉が鮮やか、さらにU字に回ると深入山の頭が見える。イイギリの赤い実が落ちている。ゼンザイエキの谷をU字に回ると、左手にサバノ頭が見えてくる。ミズナシ川に導水管が通っている所で一休み。谷のカエデが鮮やかだった。ハウチワカエデの落ち葉が大きい。

ミズナシ川の地蔵尊
イイギリ
ハウチワカエデ

 ミズナシ川から1時間ほどで蔵座高原の191号線に出る。国道を横切り登山道に進む。リンドウ、アキノキリンソウ、ツリガネニンジンが咲く。分岐に道標があり、山側へ上がる大谷管理道は茂っている。深入山林間ルートを進む。コナラ、ミズナラの林を通る。

 頂上への分岐を西登山口へ進む。ダンコウバイの葉が見える。ハリギリの大きい葉が落ちている。西口の頂上分岐から道は緩やかに登る。クロモジの黄色の葉が目立つ。ホオノキの大きい葉が枝に残っている。コシアブラの5枚葉が所々落ちている。湿地にイノシシの足跡がある。

 分岐に出ると頂上へ見通しがある。ウリハダカエデの落葉が多くなる。ノイバラ、オトコヨウゾメの赤い実。板状に並んだ流紋岩に節理がみられる。ヤマハンノキの幼木、ヤマラッキョウの花、アセビの花芽。展墓岩に出ると向真入山の先に恐羅漢スキー場が見え、右手に聖湖が見えた。

リンドウ
ヤマラッキョウ
マツムシソウ

 登山道を進むと西側の展望が開けてくる。八畳岩に出ると山頂への展望がある。マツムシソウが一輪残っていた。山頂の西側出ると恐羅漢山が再び見えてくる。風が強い。十方山、恐羅漢山、聖湖などを見渡すことができる。

 山頂は南から登る人で多かった。周囲の山々を見渡し南へ下る。眼下に駐車場と向山、最早山を見ながら下る。5分ほどでいこいの村分岐に下りる。山蔭に入ると風が収まる。日向に出ていたマムシの幼生が草むらに逃げる。ツリガネニンジンが咲く。眼下にいこいの村が見える。

 東方向に大箒山の突き出た山が目立つ。風の無い木の階段で一休み。ススキの穂が風になびく。山々は紅葉に染まっている。40分ほどでいこいの村。車道を下り、191号線の遊歩道を進む。谷を見ると魚影があった。ゴギのようだ。コンクリートの水路は20pほどの段差がある。

マムシグサ
ひろぎんの里山

 マムシグサが赤い実を付ける。蔵座林道に入る。「ひろぎんの里山」の看板があり、樹木名称に栗、山栗、ヤマザクラ、クヌギとある。ひろぎんは「里山づくりに積極的に取組む」と書かれている。途中分岐を右に行ったが間違って引き返す。以前通ったより分岐道が多くなっている。

 道路端に間伐した丸太が積まれていた。スギ林を眺めると、光が入ってすっきりしていた。950m付近で間伐された木がそのまま横たわって、林道を塞いでいた。少し引き返して林に入り、間伐木の先に出てみたが、まだ多くの間伐木が塞いでいた。伐採された太い幹の年輪を数えてみると50年以上経過していた。

 ようやく間伐木を超える。ウリハダカエデの落ち葉を進む。途中の岩で一休み。最早山の東に進むとミズナラにクマ棚があった。林道に枝が散乱していた。少し進むとまたクマ棚があった。導水管トンネルの上付近に枯れたスギが立っていた。そこから少し先にまだ柔らかいクマ糞があった。枝で突くと中はクリーム色でドングリなどを食べた糞のようだ。

アキチョウジ
クマ棚の下にミズナラの枝が散乱

 ワル谷水源を越えて林道を南へ進むとミズナラにクマ棚があった。スギの植林地を通り、以前の林道終点手前に古いクマ糞があった。林道終点からさらに南へ林道が下りていた。ヌタ場から尾根の林に入る。大岩を右に回り、導水管トンネルが通る尾根に出る。以前は踏み跡があったが、薮になっている。

 尾根のヌタ場は昔のままあった。ユズリハに実が付いている。尾根の途中からサージタンクのある尾根に下る。尾根上にコンクリートの円柱のタンクがある。木の階段を下りると建物があり、その下から導水管が出ている。日当たりにヒヨドリバナが咲く。山道を回り、導水管に沿う道に出る。

 東側に大平山、右手に正教山が見える。導水管に沿って階段を下る。南に市間山が見える。下に柴木の里が見える。途中からジグザグ道になる。古いクマ糞があった。トンネル出口から1時間ほどで発電所に下りた。電気柵を外し柴木川左岸の道に出る。カワガラスが2羽川の岩上に居た。蔵座林道から4時間ほどで駐車場に帰着。


 

カワガラス
クサアジサイ
ユズリハ
ヌルデ
ヌルデ
ノブドウ
ムラサキシキブ
キバナアキギリ
ヒヨドリジョウゴ
シラネセンキュウ
ウメバチソウ
ツリガネニンジン
リュウノウギク
シマカンギク
アオハダ



地名考

 深入山の東にノボリタテの谷がある。西中国山地に以下のようなノボリ地名がある。

 ノボリタテ 深入山
 ノボリヨウ谷 寂地山
 ノボリヨウ谷 右谷山
 ノボリオ 安蔵寺山
 ホンノボリ 白旗山
 ノボリ 白旗山
 ノボリヨウ 大将陣山
 ノボリタテ 平家ヶ岳
 ノボリエキ 莇ヶ岳
 登り谷 大佐山
 登(ノボリ) 寒曳山

 北海道の登(ノボリ)

 歌登(ウタノボリ)=ウタ・ヌプリ=砂・山 573m
 登延頃川(ノボリエンコロ) ヌプリエンコロ=山の・鼻
 小登山(コノボリ) 514m
 大登山(オオノボリ) 564m
 登保 ヌプリポフ=子・山 樺太

 本州のノボリ

 登森(ノボリモリ) 147m 青森県 
 幟山(ノボリ) 211m 青森県
 大登山(オオノボリ) 350m 岩手県
 野登山(ノノボリ)852m 三重県
 登尾(ノボリオ) 1319m 和歌山県
 登り尾(ノボリオ)1057m 静岡県
 登尾(ノボリオ) 633m 鳥取県
 登尾山(ノボリオ) 887m 高知県
 中登岳(チュウノボリダケ) 949m 大分県

 東北、本州、四国、九州の「ノモリ」「モリ」「カモリ」

 青森県:乱岩の森、飯の森、ドコの森、大高森山、大森山、黒森山、小森山、笹森山、柴森山、高津森山、高頭森山、高森山、長者森山、塚森山、土筆森山、手白森山、伝次森山、都谷森山、七十森山、鍋森山、楢木森山、鉢森山、二ッ森山、馬糞森山、前高森山、森山、八森山、飯森山、参詣森

 山形県:中ノ森山、御城森山、大禿森山、大丸森山、大森山、グミヶ森山、黒森山、黒盛山、碁盤森山、笊森山、高森山、大豆森山、地蔵森山、地蔵盛山、天下森山、西黒森、八森山、鉢森山、離森山、半森山、東黒森山、二ッ森山、松森山、前森山、丸森山、御影森山、三ッ森山、葦草森山、飯森山、雨告山(アマモリ)、萱森岳

 岩手県:鳥古の森、湯の森、参郷の森、三手の森、角森山、大鉢森山、大森山、笠森山、カモメ森山、傘森山、鞍掛森山、黒森山、毛無森山、笹森山、白森山、高森山、館ヶ森山、栃ヶ森山、鳶ヶ森山、砥森山、鉢森山、鉢屋森、枚根森山、前森山、丸森山、円森山、三ッ森山、三森山、八森山、湯森山、鷲ヶ森山、兎森山、江釣子森山、狼森、鉢屋森、孫守山、八森平山

 秋田県:湯の森、菰の森、駒頭の森、錫杖の森、大森山、頭無森、黒森山、笹森山、笊森山、獅子ヶ森山、大黒森山、土大森山、八森山、広森山、馬糞森山、前森山、丸森山、円森山、三ッ森山、三森山、靄森山、森山、湯森山、石森山

 宮城県:長ノ森山、沼ノ森、中ノ森、尾鹿ノ森山、大森山、笹森山、高森山、鍋森山、八森山、鉢森山、番ヶ森山、半森山、二ッ森山、三森山、八森山、八森平山

 福島県:白猪森、懸の森山、中の森山、布森山、大高森山、笠ヶ森山、黒森山、小白森山、高津森山、高森山、、大沢高森山、鳥屋森山、八森山、三森山、貉ヶ森山、貉森山、出森山、飯森山、飯盛山、家森山、江森山、尖盛

 新潟県:黒森山、鹿森山、高森山、貉ヶ森山

 富山県:大坂森山、唐堀山、マルツンボリ山

 長野県:加加森山、金森山、高森山、鉢盛山、本高森山、飯盛山、小鉢盛山、佐武流山、大頭山、雀ヶ森、天ヶ森、三ツ森

 千葉県:津森山
 群馬県:雨降山
 東京・神奈川:一の森

 山梨県:中津森、水ヶ森、森山、美森山、飯盛山

 静岡県:加加森山、鳥森山、登り尾

 岐阜県:高森山、天狗森山、二ッ森山、三森山、夕森山、飯盛山

 福井県:飯盛山、飯降山

 石川県:高ツボり山

 愛知県:獅子ヶ森

 和歌山県:城ノ森山、善司ノ森山、鳥屋ノ森山、大森山、樫尾森山、城ヶ森山、百前森山、三日森山、麦粉森山、要害森山、赤土森山、飯盛山、甲森

 三重県:小森山、黒森
 京都府:天ヶ森、藤ヶ森、行者ヶ森
 奈良県:大森山、飯盛山、甲森
 大阪府:飯盛山
 兵庫県:伊勢ノ森

 岡山県:剣森山
 島根県:飯盛山、高堀山、比礼振山、盛太ヶ岳
 山口県:霜降岳、長者ヶ森

 福岡県:背振山
 宮崎県:大森岳、高森山、森山、飯盛山、楠森塚、夷守岳
 熊本県:天神森
 長崎県:石盛山、飯盛岳、飯盛山、三盛山
 鹿児島県:横堀の岡

 四国地方
 瓶ヶ森(愛媛・高知県境)
 八杉森(高知県)
 大の森(愛媛県)、茂の森(高知県)
 大森山(徳島県・愛媛県・高知県)
 黒森山(愛媛県・高知県)
 高森山(愛媛県・高知県)
 観音森、とやの森、東三方が森(愛媛県)
 東光森山(愛媛県・高知県)
 三ッ森山(愛媛県・高知県)
 一ノ森(徳島県)
 瀬戸黒森、大ノ森、四辻ノ森、妙見森、(愛媛県)

 
 「ノモリ」 アイヌ語地名の痕跡

 『山名のヌプリも北海道に、ニセコアンヌプリ、アトサヌプリなど数多くみられるのに、山名接尾語として、東北地方に全く見出すことができない。日本語の山名接尾語に完全に埋没したとすれば、それはなぜかを考察する必要がある。一つ考えられる可能性は…東北地方に多い「〜の森」を接尾語とする山名の濃い分布の中で「〜の森」という助詞「の」をつけた山名が集中的にこの地域に多いことは見のがせない特徴である。この類音の型の中にかなりヌプリ起源の山名が埋没していないかとの可能性を考えた。…北海道にも道南には松前町の「二の森」の山名があって、連続性がうかがえる』(「国際名称科学会議の先住民族部会と アイヌ語地名の痕跡研究」鏡味明克)。

「〜の森」の分布
「国際名称科学会議の先住民族部会と アイヌ語地名の痕跡研究」

 『鏡味明克によると「の森」「の森山」は、日本語地名の古い周圏分布を示している、モリ・モリヤマの分布とアイヌ語系のヌプリ(山)が接触した結果であると仮定できるという。

 東北地方では普通とらない助詞の「の」が多用されている。この多用されている助詞の「の」+「もり」を複合化した「のもり」と、アイヌ語系のヌプリが接触したとすると、ノモリとヌプリが混乱し、ヌプリがノモリに埋没したと考えられるのではないかという。

 つまり、nomori と nupuri の違いは2モーラ目の子音 n と p 、初めの2モーラの母音 o と u であり、母音は調音点は非常に近いのでよく変化するということと、アイヌ語の母音 u は非常に強い円心性があることを考慮すると、アイヌ語の u はよく日本語では o として円心性が捉えられるので、問題はあまりない。従って、問題になるのは子音であるが、これについては m も p も調音点は同じ両唇音であり、違いは単に口音と鼻音の調音法の違いだけであるから、上記のような混乱が生じるのは把握しやすいものである。

 従って、この混乱から後に「ヌプリ」が「ノモリ」へと変化したことが想定できるとしている(鏡味)

 「〜の森」の形式は東北地方におけるヌプリとの混交によるものである蓋然性が非常に高く、河川名の地名とする形式が最も多い中で、このような混交が形を変え、それが基層として存在していると見てよいだろう。

 北海道アイヌ語地名だけでも方言差がだいぶあるにもかかわらず、地名として残っているものはすべてその方言差がなく、それは樺太アイヌ語地名も東北地方のアイヌ語系言語(=蝦夷語)も同様であり、方言差がない。これは、各地に方言差が生じる前の古い時代に、これらの地域一帯でアイヌ語による地名がつけられ、その古い形態が保守的に維持されたと考えられる。7、8世紀の古文書に載っている時代においても、北海道や樺太に方言差がなく、同じ言語があったと解釈してよいと考えられる。

 このように、現代アイヌ語の地名が北海道のみならず東北地方、特に北部に多数存在し、ある地名は奈良時代初期に既に東北地方に存在していたことが明らかであり、北海道や東北地方のアイヌ語系地名は先史時代に遡れるということはほぼ明白である』
 (以上『アイヌ語・日本語の形成過程の解明に向けての研究』板橋義三)。


 万葉集の「のぼり」(歌番号・原文・訓読・仮名)

0002 天乃香具山騰立 天の香具山登り立ち あめのかぐやまのぼりたち

0083 上立國見乎為<勢><婆> 登り立ち国見をせせば
 のぼりたちくにみをせせば

0167 神上 神上り かむのぼり
 
1753 嘯鳴登 うそぶき登り うそぶきのぼり

1757 筑波嶺尓登 筑波嶺に登 つくはねにのぼり

1760 雲立登 雲立ち上り くもたちのぼり

1783 中上 中上り なかのぼり

1828 山邊乎上 山辺を上り やまへをのぼり

4189 奈頭左比泝 なづさひ上り なづさひのぼり

4360 可治比伎能保理 楫引き上り かぢひきのぼり

 万葉集に「のぼり」を含む歌は10首ある。「のぼる」を含む歌は12首。「のぼり」「のぼる」の歌が、「山にのぼる」の意だけでなく、様々の場面で使用されている。


 山のアイヌ語

 nupuri ヌプリ 山

 ヌプリは北海道にあるが、西日本にそれが無いか。

 ヌプリ → ノモリ、ノボリ、ノホリ などへの転訛。

 西中国山地には次のような地名があり、ヌプリを連想させる。

 ノベリ(山名・才乙)
 ノボリ(大朝・鹿足河内など9ヶ所)
 登(ノボリ三角点 大朝)
 登野郷(三角点 大朝)
 登尾山(三角点 三段峡)
 野登路(三角点 北広島町)
 高登(三角点 津田)
 魚ノ森(ウヲノモリ 三角点 北広島町)
  (山県郡芸北町大字細見字ウヲノモリ)
 下小原(ウヲノホリ) (三角点 北広島町)
  (山県郡芸北町大字細見字ウヲノホリ)


 日本列島南の山名

 沖縄では山は「岳」と表し、「タキ」と呼んでいる。
 沖縄本島の「岳」に以下がある。

 与那覇岳 498m
 八重岳 453m
 嘉津宇岳 451m
 伊湯岳 449m
 西銘岳 420m など。

 また「森」のつく山がある。「ムイ」「ムリ」と言う

 運玉森(ウンタマムイ)158m、中森102m
 波照間森(パティランムリ) 447m
 新川森130m、西森146m、ウーシーク森363m


 日本列島の南端では、古い言い回しや地名が残っているが、以下のような表現がある。

 奄美方言
 ヌブリ nuburi
 ヌブルリ nubururi
 のぼる(登る)

 首里・那覇方言
 ヌブイ nubui
 上り・登り・高いところへ上ること。

 キーヌブイ=木登り
 ヌブンジャー=登川(地名)

 今帰仁方言
 ヌブイ=登り・上り
 ヤマーナブイ=ヤマーヌブイ=山登り

 宮古方言
 ヌブイ nubuy 上る・首

 宮古諸島の大神島
 ヌプイ nupui 首

 大神島では濁音がなく「開けろ」「上げろ」は、両方とも「アキル」と言う。

 大神島では、奈良時代と同じく、ハ行がパ(pa)行になっており、花はパナ=pana と言う。夢は奈良時代には「イメ」と言うが、大神島では「イミ」と言い、最初の音は変わっていない。

 石垣島
 nuppui ヌップイ 
 nubui ヌブイ
 nubi ヌビ
 首・クビ

 沖永良部
 タカヌブイ=高登り

 徳之島
 ヌブイ=登り・上り・昇り

 茨木・岩手・八丈島
 ヌブル=のぼる

 八丈島
 ヌブロ nuburo 登る
 ヌブッテ nubutte(nuburite) 登って
 ヌブリブネ nuburi 上り船(江戸行きの船)

 首里・那覇方言
 ciburu チブル 頭、つぶり(久米島も)


 アイヌ語、ヌプリ nupuri は山の意であるが、奄美方言では登ることを、ヌブリ nuburi と言う。

 宮古諸島の大神島では、ヌプイ nupui 首 の意味があり、ヌプイ nupui は高い所を意味する。

 ヌプリ nupuri は、高い所=山、登る、の両方の意味があったのではないか。

 日本列島の北と南で、山、のぼるの意味に、ヌプリ(nupuri)、ヌブリ(nuburi)があるのは、偶然ではないと思われる。列島の中間に、様々な音韻変化の後に、nupuri に由来する地名が残っているのではないか。

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カシミール3Dデータ

総沿面距離25.7km
標高差825m

区間沿面距離
柴木
↓ 6.5km
ミズナシ川
↓ 7.9km
深入山
↓ 2.5km
蔵座林道入口
↓ 5.1km
林道から尾根へ
↓ 3.7km
柴木
 

 
 
「芸藩通志」(1825年)戸河内村の一部
深入山の東にある二十九人塔が記されている
サルトヒ 小板の地名
明治32年測図昭和7年修正測図 大日本帝国陸地測量部
「三段峡」と深入山
蝦夷拾遺(エゾシュウイ) 1821年
山 ヌフリ
国土地理院 基準点成果
点名「の森」(1から4等三角点)の検索結果 111点
国土地理院 基準点成果
点名「登」を含む(1から4等三角点)の検索結果 220点
 
五立
天狗岩
向真入山の尾根
サバノ頭
向真入山 十方山 恐羅漢山 展望岩から
展望岩から聖湖を望む
苅尾山と掛津山
聖湖と苅尾山の間の奥の弥畝山の尾根に風車が並ぶ
聖湖を望む
向山
大箒山
 
登路(「カシミール3D」+「地理院地図」より)