6:00 魅惑の里 晴れ 気温8度
6:45 一の渡出橋
7:20 焼山峠
7:35 林道=中ノ川水源
8:35 板敷山南
9:55 ノジガ原
10:05 カモリ谷入口
10:45 148番鉄塔
10:50 林道
11:25 林道分岐
12:20 林道から山道へ
12:50 飯山貯水池
13:40 ノタノグイメガマの谷水源
13:55 林道
14:45 魅惑の里
魅惑の里駐車場を出発。気温8度で少し肌寒い。車道を進むと炭窯がある。アカマツ林を進むとヨコウツ谷に横打橋(ヨコウチ)が架かる。太田川源流の森に入る。左手にカラマツ林がある。植林地にコナラ、ミズナラがある。タタバ川に多々場橋が架かる。
犬と散歩されていた地元の人に、「イチノワタデ」を尋ねたが、聞いたことが無いと言う。サワフタギはまだツボミ。ヌタノグイメガマの谷とクロウツ谷の分岐に「太田川源流の森」の石碑がある。天然林として、ミズナラ・コナラ・シバグリ、人工林として、スギ・ヒノキ・アカマツ・カラマツがある。
サワフタギ |
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源流碑の先のクロウツ谷に架かる橋をユルギ橋と言う。橋を渡ってアカマツとカラマツの林を進むと、ヌタノグイメガマの谷に入る林道がある。そこから少し先に、クロウツ谷に架かる橋があり、橋名板のコケを落として名前を確かめると「一の渡出橋」とあった。この辺り、「吉和村誌」には「イチのワタデ」と呼ぶ地名がある。周辺は広い平坦地である。
車道を進むと太田川源流の森の看板があり、クロウツ谷に林道が入っている。車道を進むと、この辺りのサワフタギ、ツクバネウツギ、カマツカ、コガクウツギが咲き、キブシが実をぶら下げる。五本指のシロモジがあった。出発して1時間半ほどで焼山峠に出た。
五本指のシロモジ |
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ツクバネウツギ |
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峠を少し下ると、中ノ川の水源に林道が上がっている。植林地の林道を登る。林道の開けた所から霞む羅漢山が見える。林道が下り始めた所で、植林地の岩の涸れ谷を登る。20分ほどで板敷山南の岩のある尾根に出た。一休みして植林地の南の尾根を下る。
ハタ谷水源の笹薮を下るとすぐ植林地に入る。植林地の谷が崩壊した所で水流が現れる。ナメラの小谷を下る。滑り台のナメラを下ると、左岸に炭焼跡があった。さらに下ると、左岸の植林地の尾根から山道が下りていた。谷沿いに炭焼跡がある。植林地の中に扉のような木枠があり、回りを有刺鉄線が囲っていた。ノジガ原の平坦地を通り車道に出た。谷の入口に中電の標柱がある。山道は鉄塔に上がる道のようであった。
アオダモ |
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中ノ川水源の車道を進むと、中電の標柱があり、カモリ谷に道が下りていた。谷に鉄の橋が架かり、すぐ上流に堰堤がある。一休みして木橋を渡り、カモリ谷右岸の山道を進む。鉄塔道の分岐があり、右の尾根を登る道に入る。30分ほどで148番鉄塔に出た。高圧線が南西に延びている。西側の尾根に出ると、下を林道が入っていた。
小瀬川水源の林道を下った。植林地が伐採され、あちこちに作業道が入っている。大分下った所に天徳造林地の看板があった。そこから間もなく林道分岐で、右へ進むと151番鉄塔への標柱がある。林道を大分登った所に天徳造林地の看板があった。天徳の地名はかなり広い範囲わたっている。
天徳造林地 峠手前 |
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ツリバナ |
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峠に出ると、林道がさらに奥へ入っていた。林道を進むと、開地から冠山が見えるようになり、その手前に飯山貯水池東側の涸れた湖面が見える。広く見渡せる所に出ると、冠山、寂地山、茅帽子山を一望できる。クルソン岩の瘤も見える。林道の分岐を右へ進むが、こちらは薮となり、すぐり林道が崩壊し、その先が終点であった。そこから薮となった踏み跡がある。
薮と植林地を抜けて、北端の湖面に出たが、そこはマツの植林地になっていた。湖面上のマツの植林地の間を北西に真っ直ぐ進む。広い湿地に出で東へ進む。飯山貯水池の水源を進み、山を越えるて、ノタノグイメガマの谷の水源に出た。湿地の水源に山道が通っていた。まもなく林道に出た。林道は飯山貯水池の北側に上がっていた。
ノタノグイメガマの谷左岸の林道を下る。ツリバナ、サワフタギ、カマツカ、ツクバネウツギ、コマユミが花をつける。20分ほどで車道に出た。ユルギ橋を渡り、焼山川を下った。
スギを登るムササビ |
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スギに留るムササビ |
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スギに留るムササビ |
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スギのムササビ |
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スギのムササビ |
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スギのムササビ |
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ホオノキ |
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ギンリョウソウ |
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ミヤマガマズミ |
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オオバヤシャブシ |
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ツリバナ |
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コマユミ |
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カマツカ |
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ミズタビラコ |
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■地名考
日本の縄文語(日本列島共通語)を受け継いだのは、アイヌ語系民族であった。
アイヌ語によって西日本の古い地名が合理的に説明できることは、その一つの証でもある。
西中国山地にアイヌ語地名が存在することは、その地名は縄文時代から呼ばれていた可能性のある地名と思われ、またアイヌ語地名が存在することは、その地名の周辺に縄文遺跡が存在することを予見している。
周辺の土壌から予想される縄文期の景観は頓原の北側と焼山川沿いはススキ原であり、頓原の南側はクリ林であり、それらに囲まれるように沼があったと考えられる。
周辺の縄文遺跡は、頓原の北側の高速道沿いに頓原遺跡、頓原東遺跡、焼山川沿いに焼山1号〜4号遺跡の四つの遺跡、汐谷遺跡、さらに半坂遺跡、飯山貯水池遺跡がある。
飯山貯水池周辺では北岸から東岸にかけて、縄文土器・石鏃などが採集されている。
頓原遺跡は旧石器時代から縄文時代早期の原産地における石器製作遺跡と考えられている。
半坂遺跡は縄文時代早期を中心とする遺跡、焼山3号遺跡では、安山岩のほか黒曜石製の石鏃・剥片が出土、焼山4号遺跡では安山岩製の石鏃・スクレーパー・楔形石器・剥片が採集された(『冠遺跡群X』広島県教育委員会・広島県埋蔵文化財調査センター)。
●ヨコウツ谷
●タタバ川(タタバガワ)
●ゆるぎ橋
●クロウツ谷
●イチのワタデ(一の渡出)
●ノタノグイメガマの谷
ノタノグイメガマの谷は上流の水源にバイケイソウの生える湿地の谷である。原生林があった古い時代には深い湿地であったと思われる。西中国山地地形方言に「ノタ」「ヌタ」があり、湿地のことである。
●焼山川(ヤケヤマガワ)
植生図は周辺は「クリ−ミズナラ群落」が広い地域を占める。カラマツ、アカマツ林にもミズナラ・コナラが見られる。
●イタシキ谷
●ノジガ原(ノジガハラ)
●ハタ谷
●カモリ谷
●加森山(カモリヤマ)
●飯山(イイヤマ)
●ナカノゴウ川
●青笹山
焼山川入口の焼山3号遺跡では、安山岩のほか黒曜石製の石鏃・剥片が出土、焼山4号遺跡では安山岩製の石鏃・スクレーパー・楔形石器・剥片が採集されている。縄文時代に始まった周辺での狩を中心にした生活は、その時期に地名が確立され、その後、弥生、古墳時代へと地名が継続されたと考えられる。
カシミール3Dデータ
総沿面距離20.7km
標高差431m
区間沿面距離
魅惑の里
↓ 4.0km
焼山峠
↓ 2.0km
板敷山南
↓ 3.8km
148番鉄塔
↓ 5.7km
飯山貯水池
↓ 5.2km
魅惑の里
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