山歩き

後温井…奥滝山峡…青松林道…大箒林道 2018/11/24

滝山川右岸の林道…盆徳滝入口…渡屋橋…奥滝山峡…青松林道…鉄塔道…クロタキ谷…大箒林道

■向山(ムカイヤマ)746.4m:広島県山県郡雄鹿原村大字橋山字向山(点の記 黒瀧越小径経由) クロタキ谷北
■向山(ムカイヤマ)853.1m:広島県山県郡戸河内町字向山黒滝(点の記=向山) クロタキ谷南

高鉢山と186号線
14番鉄塔入口
向山三角点下の懸崖
崖尾根西のゲート
崖尾根から見た滝山と高鉢山
崖尾根の間を通る林道
向山三角点に上がる谷に入る作業道
滝山川左岸の石垣
猪山橋と猪山川から落ちる滝
滝見橋、桧谷川と滝山川の堰堤
盆徳滝へ下りる階段
蔓が這う階段を登って車道へ
アカマツが生える黒滝洞門
奥滝山峡入口
奥滝山峡を遠望する
上の石垣道
黒滝橋とメタセコイアの紅葉
黒滝橋下の大佐川
黒滝長渕
黒滝長渕
長渕上流の岩壁
長渕上流の岩壁
尾根から落ちる懸崖
右岸の崖
大佐川橋
大佐川橋上流
煙渕
通難函(えとうらず)
掘り跡が残るトンネル内部
塀の渕
錦橋
赤滑
大佐川右岸の橋桁跡
松原川取水堰堤
青松たたら跡
青松林道入口
林道終点から谷道を進むと鉄橋 鉄塔道と合流
22番鉄塔
21番鉄塔の伐採地から掛津山を望む
伐採地から深入山を望む
伐採地が続く
伐採地の南端から苅尾山、掛津山を望む
倒木が覆うクロタキ谷の木橋
長い急な階段が続く
アカマツが伐採されヒノキが植わる
木橋を渡る
林道に出る
伐採尾根を通る
ウシロヌクイ谷水源から温井ダムを望む
ウシロヌクイ谷右岸の温井へ下りる作業道
滝山を望む
6:45 後温井駐車場 気温−2度 晴れ
 

7:00 大箒林道起点
7:20 14番鉄塔入口
7:25 オオホウキ谷
7:40 ゲート
8:00 崖尾根通過
8:15 作業道入口
8:50 186号線(見返り橋)
8:55 盆徳滝入口 
9:20 渡屋橋(奥滝山峡入口)
9:40 黒滝橋
10;05 大佐川橋
10:35 錦橋
11:15 青松林道 
12:25 林道終点
12:35 22番鉄塔 
12:50 21番鉄塔 
13:15 19番鉄塔 
13:20 クロタキ谷
13:45 18番鉄塔 
13:55 17番鉄塔 
14:05 大箒林道 
15:35 大箒林道起点
15:55 後温井駐車場

 気温マイナス2度で寒い。国道を渡り林道に入る。温井ダム東の滝山に雲が掛かり朝日が照らす。大箒山トンネル上に出ると高鉢山に向かって186号線が真っすぐ延びる。ヒヨドリジョウゴの赤い実が残る。林道は落ち葉が覆う。15分ほどで大箒林道起点。

 イイギリの赤い実は枝にたくさん残ったまま。東側の平坦地に真っ白になったススキ原がある。林道の水溜まりに薄氷が張っていた。眼下の林の間に瀧山大橋が見えてくる。滝山川右岸の山々に日が射し始める。大箒林道起点から15分ほどで14番鉄塔入口。手前に13番への降口がある。そこから5分ほどでオオホウキ谷。

 落ち葉が覆う林道を進む。北東に滝山川上の崖が見える。林道は北へ真直ぐ延びる。カラスザンショウの実が枝にたくさん残る。日当たりにムラサキシキブの実。向山三角点の南にゲートがあり車は通行できない。南側に滝山、高鉢山が見え、山腹に雲が掛かる。西側に大坊木山、14番、13番鉄塔が見え、その間を林道が通るのが見える。

カラスザンショウ
カラスザンショウ

 崖の上部の尾根を裂くように林道が開かれている。西に14、15番鉄塔と大箒林道が見える。直下には崖が落ち、滝山川が見える。イヌトウバナが群生していた。キャンプ場から上がる谷の北側に作業道が入っていた。この谷は向山三角点に上がっている。高鉢山、B峯下の伐採地が見える。眼下に雉野原キャンプ場が見える。ツルウモメモドキの実が多い。

 猪山橋下を通る猪山川に大きい滝が落ちていた。滝山川左岸に高い石垣が続いている。滝の左岸に遊歩道が見える。滝見橋の下を桧谷川が通る。桧谷落ち口下流の滝山川を堰堤が塞ぐ。滝見橋の下に橋が見える。林道入口にゲートがある。国道に出て見返り橋を渡り、盆徳滝入口に進む。

 盆徳滝まで300mの標識がある。入口から桧谷へ長い木の階段が降りている。尾根の方へ上がる蔓が這う階段を登る。山道にロープの手摺が続く。サイレン塔下を通り車道に出た。車道から西側に向山が見える。道は下山ダムの南側を回る。榎平山国有林の標識がある。

ツルウメモドキ
オオウラジロノキの実

 黒滝洞門の上にはアカマツが生えている。法面の金網からヤマグルマの葉が出ていた。盆徳滝入口から20分ほどで渡屋橋、国道を渡り奥滝山峡に入る。入口は通行止めが続いている。「榎平山ミズナラ・コナラ希少個体群保護林」の標識がある。29年度の調査ではミズナラの減少傾向が見られると言う。

 奥滝山峡遠望地を通る。下山造林地の標識がある。左岸の695m三角点の点名は下山という。山側へ上がる分岐道の先の上の方に石垣道が続いている。入口から20分ほどで黒滝橋。橋の右岸に紅葉したメタセコイアの大木が見える。川を見下ろすと岩に付いた藻が多い。栄養分が多いのだろうか。

 黒滝橋上流の左岸から降りる谷に土路(トロ)橋が架かる。谷の左岸に破線道が通っている。北側の林道に通じる道か、石垣道がこの破線に通じているかもしれない。トロ橋を渡ると奥滝山峡の核心部に入る。「黒滝長渕」の標識があり、「別名、竜門とも云う。峡谷内五大壮観の一つである。五大壮観=長渕、煙渕、えとうらず、塀の渕、天神岩」と書いてある。

イヌザンショウ
黒滝長渕
煙渕

 黒滝長渕は両岸の岩を侵食して長い渕になっている。長渕の上流は右岸に大きい岩壁が切り立つ。岩壁の中ほどにスズメバチの巣が見えた。さらに奥には尾根直下から落ちる懸崖が見える。林道にオオウラジロノキの実が落ちていた。

 曲流部を回ると右岸に門のような岩崖がある。進むと橋が見える。大佐川橋の左岸にトイレがある。右岸に渡ると流れが止まったような渕が続く。進むと白く泡立つ小滝が見える。川の分岐を過ぎると「煙渕」の標識がある。「水量の多い時、滝は水しぶきでけむる」とある。煙渕の滝は高くはないが、水路を通り渕へ流れ落ちる。

 途中、向山造林地の標識があった。上流に小滝が見える。「えとうらず」のトンネルを通る。トンネルの中に掘った跡が残る。「通難函=えとうらず、得不通とも書く。懸崖にして、昔いかだ流しの人も通るに難儀したと云う」。上流は流れの遅い渕になっている。その先は左岸に懸崖があり小滝が落ちる。

通難函
クサギ
塀の渕

 次は「塀の渕」巨石の下に標識がある。「まわりを岩の塀にかこまれ此の名がついたと云う」。渕の周りに岩壁が見える。その先の上流は大佐川と松原川の分岐。橋の右岸、通行止めとある錦橋を渡る。大佐川右岸に林道中山線の標識がある。松原川左岸を進む。クマノミズキの実が落ちている。「赤滑あかなめら」の標識があるが、谷は赤くは見えなかった。

 進むと対岸に石垣が見える。左岸にも石垣があった。橋桁の跡で橋が架かっていたようだ。上空を送電線が通る。松原川取水堰堤に進む。地形図では上流に導水管の破線があり、佐川ダムを通って下流の下山発電所に通じている。通年維持流量0.07㎥/s とある。日当たりにキシツツジのピンクの花が咲いていた。

 「鑪(たたら)の跡」に進む。「道路改修工事(昭和初期)に依り、炉坑が露出したもの。鑪=古代製鉄所」とあり、隣に「遺跡 青松たゝら」の標柱が立っている。時代は近世のようだ。そこからすぐ青松林道入口。橋を渡り植林地の林道に入る。最初の分岐に「北広島町橋山字向山」の標識があり、西側へ延びている。

赤滑
青松たたら跡
青松たたら
ムラサキシキブ
キシツツジ

 上空に送電線と鉄塔が見える。次の分岐で林道は南北に分かれる。分岐から南へ鉄塔道が上がっている。次の分岐で東と北に分かれる。東側の林道は向山三角点の西側まで延びている。林道終点に22番鉄塔へ上がる標柱がある。南側の谷道を進むと鉄橋に出て、尾根から下りる鉄塔道と合流した。

 22番鉄塔から山道を進むと境界線上に21番への標柱がある。境界線の東側にも山道が通っていた。21番鉄塔手前から伐採地になっていた。北側の送電線鉄塔の左にスキーコースが見える掛津山、右に大佐山が見える。21番鉄塔から北を見ると、いくつもの鉄塔が続いているのが見える。

 20番鉄塔へ向かう道は伐採地になっている。西側に深入山が見える。20番鉄塔への標柱へ進むと、その先も広い伐採地になっていた。深入山の右に苅尾山、掛津山が見える。19番鉄塔からクロタキ谷へ下る。谷へ下りると倒木の中に18番への標柱がある。クロタキ谷の水源に架かる木橋の上を倒木が覆っていた。

青松林道の標識
クロタキ谷 18,19番への標柱
イイギリ
ササの大箒山登山口
大箒林道のクマ糞

 右岸に渡って急坂を登ると、植林地の中に木の階段道があった。長い急坂の階段を登り18番鉄塔に出る。18番鉄塔を少し進むとアカマツが伐採され、ヒノキが植えられたばかりだった。17番鉄塔から小谷へ下り林道に出た。大箒山登山口前を通り林道を進む。白くなったススキが綺麗だった。途中、古いクマ糞があった。

 上温井=大坊木三角点の尾根から西は全面伐採地になる。伐採尾根の稜線に立つ木が見えるが、手前はすべて伐採され山腹に岩が点在しているのが見える。眼下に温井ダムが見える。ウシロヌクイ谷水源の谷に白い岩が露出する。法面の岩に発破の孔のような跡が残っていた。コハウチワカエデの黄色の葉が残る。

 ウシロヌクイ谷右岸に温井から作業道が通っている。見上げると伐採された尾根に夕日が射していた。大箒線起点を回り国道の上に進む。高鉢山に傾いた日が射す。林道に下りてから2時間弱で駐車場に帰着。
 

ヒヨドリジョウゴ
ヒヨドリジョウゴ
アメリカイヌホオズキ
イヌトウバナ
ヤマグルマ
クマノミズキ
ウリカエデ
コウゾリナ
コシアブラ
ヤマコウバシ


■地名考

 『大森停車場の上の八景坂はどう見ても八景一覧の地とは思はれぬ。近年度々の土工などの為にやがて地形も不明にならうから、今の間にあの地名の何を意味するかを確かめて置かう。

 自分の見る所では、八景阪の八景は単に上品な当字であって、ハツケ又はハケは東国一般に岡の端の部分を意味する普通名詞である。武蔵には殊に此から出た地名が多い。

 甲武線の附近では例へば小金井の字峡田(ハケタ)、調布町小島分の字峡上(ハケウエ)、谷保の字岨下(ハケシタ)。北郊に在ては田端の字峡附(ハケツキ)、岩淵町大字袋字峡通りの類、多くは古くから峡の字が用ゐてある。

 武蔵演路巻二、豊島郡峡田領の條に、当国の方言に山の岸又は丘陵の片なだれの処へ作りかけたる田を、ハケ田と云ふとある。又新編風土記稿の入間郡下安松(今の松井村大字)の條には、多摩郡山口村の辺より新座(ニヒクラ)郡引又町(今の北足立郡志木町)の辺まで、すべて峡つづき故に高くして南の方は柳瀬川のへりに傍ひたれば低しとある。「峡つづき」が台地の外縁であることは往つて見ればすぐ判る。峡の代りに岨若くは(山へんに圭)の字も用ゐ、西多摩郡平井村の字では欠の字を以てハケに当ててゐる。

 相模の原野地方にも似た地形があるが、ハケ又は(山へんに圭)の字を当てた例が多い。此等の漢字はさまで研究した用法でもあるまいから、一々龍龕手鑑(りょうがんしゅかん)などを検して見るだけの必要も無からうが、兎に角文字の方からも或状態を現はそうとした努力だけは見える。併し他の地方に於ては多くは羽毛(ハケ)端気(ハケ)などと音を書くのを専として居る。

 只一つ、利根川の上流に(上野利根郡)久呂保村大字川額(ハケ)と、額の字を以て川の高岸を表はしたのは例外で、思川の川筋には(下野上都賀郡)板荷村字川化(バケ)又は大川化などと化けると云う字があててある。

 東北に於てはハケよりもハッケの方が多かったと見えて、八慶又は八卦などと云う地名が少なくない。八景とあるのもいくらも見かける。ハケとハッケと別物でないことは、茨城県方言集覧に

 バッケ 多賀地方にて崖のこと、又他の地方にて山岡などの直立せる崖とあり、又

 イハハケ 岩の傾きたる岨(ソバ)

 とある。岨と云ふ標準語は普通水流に臨んだ高岸にのみ用ゐられるが、若し下が湿地平田等何であつても構わぬとすれば、ハケは誠に之に相当して居る。尾濃以西の諸府県で略是と同じ同じ地形をホキと謂ふのと、子音も共通であるから恐らくは本は一つの語であらう』(『地名の研究』柳田國男)


 東京都で「ハケ」地名は崖の意であるが、東京都神田川や妙正寺川流域の河岸段丘の古名に、バッケ、バッケが原、字バッケ下(現在バッケの坂 新宿区坂上通り)と呼ぶ古名が残っている。

 東北でハッケ、バッケと呼ぶ地名は、東京都でもかつては使われていたことがわかる。かつては全国的にハッケが使われていたが、時代とともに、ハケ、バケ、ホケ、ボケ、ホッケ、ホウキなどに分化したとも考えられる。


 ハッケ、バッケ地名

 常陸太田市町屋 黒磯抜景(バッケ)

 秋田県横手市雄物川町沼館八卦(はっけ)
 秋田県横手市下境八気(はっけ)
 秋田県秋田市河辺岩見八慶(はっけい)
 秋田県大仙市藤木西八圭(はっけい)
 秋田県横手市大森町八沢木八景田(はっけいだ)
 秋田県山本郡藤里町粕毛端家(はっけ)
 秋田県秋田市河辺岩見八慶(はっけい)

 東京都神田川や妙正寺川流域の河岸段丘の古名
 バッケ、バッケが原、字バッケ下(現在バッケの坂 新宿区坂上通り)

 ハケ、バケ地名

 秋田県 
 にかほ市大字小国字大ハケ(おおはけ)
 大仙市大字円行寺字大ハケ(おおはけ)
 仙北市西木町小渕野字赤ハケ(あかはけ)
 由利本荘市岩谷町字ハケノ下(はけのした)

 埼玉県
 所沢市大字南永井字大岾(おおはけ)
 入間市大字宮寺字岾上(はけうえ)
 川越市大字砂久保字 こばけ
 川越市大字下赤坂字 おおばけ
 川越市大字寺尾字 はけ

 群馬県
 利根郡昭和村川額(かわはけ)
 群馬県前橋市端気町(はけまち)

 その他の県
 長野県南佐久郡川上村川端下(かわはけ)
 新潟県十日町市白羽毛(しらはけ)
 岐阜県大峡(おおはけ)
 島根県隠岐郡隠岐の島町大字飯田字ハケの前(はけのまえ)
 熊本県熊本市北区八景水谷(はけのみや)
 茨木県牛久市 女化(オナバケ)

 ホケ、ボケ、オケ地名

 徳島県 大歩危(オオボケ)、小歩危(コボケ)
 愛知県 桶狭間(オケハザマ)

 ヤケ地名
 宮城県追波湾(オッパ)にある
 大八景島(オオヤケジマ)、小八景島(コヤケジマ)、ハテ崎


 ホウキ地名

 岡山県勝山町若代 ホウキ谷
 岡山県八束村下見 ホウキ谷
 神奈川県西丹沢 箒沢
 
静岡県コンヤ沢支流ホウキ沢

 東京小金井・国分寺 国分寺崖線(はけせん)」
 立川崖線
羽毛下通り(はけしたどおり

 国後島
 大八卦(オオボッケ、ノボリパッケ)


 崖地名の変化

 ハッケ、バッケ
 ハケ、バケ
 ホケ、ボケ、ホキ、ホッキ
 オケ
 ヤケ、ハテ
 ホウキ、ボウキ
 フキ、フケ
 カキ、カケ、カゲ
 スキ、スカ、スガ
 アワ、アバ


 西中国山地 ハケ、ハッケ関連地名

 大箒山(オオホウキ、古名オオハウキ)
 法華山(ホッケ)
 ハゲノ谷
 シダハゲラ
 コオケ谷
 キヤケボタン(三段峡)
 キヤケ谷(那須川水源)
 スヤケ谷(橋山川水源)
 ナツヤケ(宇佐川水源)
 ヒキヤケ(カレイ谷)
 ヤケオ(木谷川、抜月川、鹿足河内川)
 ヤケカタ谷(長野山西)
 ヤケガ谷(赤谷)
 ヤケノイタ谷(坂原)
 ヤケマサ(鹿足河内山)
 ヤケヤマ谷(寂地川)
 ヤケヤマ川(吉和)
 ナツヤケのキビレ(恐羅漢山)


 大箒山

 大箒山の「ホウキ」は、滝山峡右岸の三角点に「大坊木」があり、大箒山東面、滝山峡右岸の小字名である。崖の方言に「ホキ」があり、伯耆町HPにも崖を指摘しており、崖に関連する地名であるのかもしれない。

 「ホウキ」地名

 「大箒山は戸河内町と加計町の境界にある山である。『戸河内森原家手鑑帖』(1715年)に大箒山の山名はない。加計町側の『加計村御建山御留山野山腰林御改帖』(1707年)に大はうき≠ニあるのが初見と思われる。大箒山の山名は加計町側の呼称が一般化して現在も用いられていると考えるのが穏当のようだ」(「西中国山地」桑原良敏)。

 「点の記」に、大箒山は二等三角点で点名は大坊木(おおぼうき)とあり、所在地は戸河内町大字松原、俗称大箒山と言う。選点は明治26年と古い。点名の大坊木≠ヘ大箒山の東面、加計側の小字名である。南東の668.6mピーク(点名 上温井)の字名は大坊木≠ニなっている。温井側には大枋木林道(おおほうき)が通っている。

 加計の地籍図によると、大坊木は山頂からカジヤ谷の北面、滝山川と戸河内境に挟まれる大箒山東面辺りをいう。

 「温井ではオオホウキ、松原、杉泊ではオオボウキと濁音で呼ぶ人が多い」(「西中国山地」)。

 杉泊の呼び名のオオボウキが、明治に入って地籍を決める時、大坊木と表したと思われる。戸河内の松原でもオオボウキと呼んでいるのは、「鉄の道」で松原と杉泊が繋がっていたためだろう。

 箒の字をいつから当てるようになったのか定かでないが、比較的新しいと思われる。広島県統計年鑑を見ると、昭和元年(大箒山)、昭和29年(大坊木)、昭和33年(大箒山)と変遷している。

 「登山口となる加計町温井の里には、江の淵という所がある。『芸藩通志』に、『スサノオノミコトがヤマタノオロチを退治した所だ』という里人の伝承が紹介されている」(『リュックかついで』)。

 伯耆国(ほうきのくに)の由来

 伯耆国風土記によると手摩乳、足摩乳の娘の稲田姫を八岐大蛇が喰らおうとしたため、山へ逃げ込んだ。その時母が遅れてきたので姫が「母来ませ母来ませ」言ったことから母来(ははき)の国と名付けられ、後に伯耆国となったという(ウィキペディア)。

 「ほうき」の語源 

 「伯耆」とは、旧国名「伯耆国」のなごりで、現在の鳥取県中西部と島根県東部の一部を含む地域では今でも多くの「伯耆○○」という地名や旧跡が残っております。その中でもとりわけ有名なのが「伯耆富士(ほうきふじ)」「伯耆大山(ほうきだいせん)」でしょう。(元々の伯耆国の「ほうき」の語源については「山脚が断崖となって水に落ちるところ」など諸説あるようです)(伯耆町HPから)。


 黒瀧山、クロタキ谷

 『手鑑帳』(正徳5年・1715年・戸河内町大歳神社蔵)に戸河内村と橋山村の境が記され、「黒瀧山分峯水走り限り」とある。「水走り」は山と山の下り尾根が出あう、いわゆる鞍部のことである。

 芸藩通志(1825年=文政八年)戸河内村絵図の橋山村境に、瀧山川右岸の山と山の間に「留」「黒タキ山」「論所」と書かれている。

 国土地理院地図画像に、黒滝橋から2kmほどクロタキ谷を入った所に「黒滝」と表示されている。周辺に田んぼ記号があり、建物がある。

 カシミール3D空中写真1974年には、黒滝付近に、建物と開地が見られる。

 向山三角点(747m峯)の点の記に「黒瀧越小径」と書かれている。北側の青松林道から山道を進み、当時の雄鹿原村境界尾根に達した地点を「黒瀧越小径」と呼び、南のクロタキ谷に「黒滝」集落がある。

 向山三角点(747m峯)「点の記」に書かれている、三角点に至る道程は、方角に疑問があるが、「黒瀧越小径より東北方約600m小径を登ると本点に達す」とあるので、黒瀧越は向山の南の境界付近と思われる。


 向山黒滝三角点の山は、南面に大きい崖がある。
 黒滝橋上流に「黒滝長渕」があり、その上流が大きい崖になっている。

 向山黒滝三角点の山周辺に残る「黒滝」地名がいくつかある。

 クロタキ谷の「黒滝」集落
 大佐川の黒滝橋
 奥滝山峡の黒滝長渕
 186号線の黒滝洞門
 滝山川の黒滝水位観測所
 向山三角点の所在地「字向山黒滝」

 「タキは岩壁、懸崖の意で、山頂の岩壁、山の中腹にある岩壁、渓谷の側壁、すべてタキと呼んでおり、水が落下している滝とは無関係な語意である」

 「タキは昔からこの地方で使われている。『防長地下上伸』宇佐村絵図(1750年)を見ると、寂地川水源にあたる土瀧山の中腹に岸壁の絵が書いてあり、『みやうぜんの横タキ』とある。この絵図は藩の絵図方役人が地下の庄屋の案内で実地検分して画いたものであるが、山の中腹の尾根上にあって水の流れていないこの岩壁に滝(タキ)や嶽の字を当てることができず困惑して片仮名書きにしたものと推察される。筆者も困って本書では懸崖(タキ)を用いている」(『西中国山地』桑原良敏)。

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カシミール3Dデータ

総沿面距離27.7km
標高差467m

区間沿面距離
後温井駐車場
↓ 6.8km
186号線
↓ 1.4km
渡屋橋
↓ 5.9km
青松林道入口
↓ 6.4km
大箒林道
↓ 7.2km
後温井駐車場
  

 
 
黒滝長渕
黒滝長渕
黒滝長渕上流の崖
通難函(えとうらず)
塀の渕
掛津山と大佐山
深入山
苅尾山と掛津山
ウシロヌクイ谷水源の伐採地
滝山 温井ダム 高鉢山
 
登路(「カシミール3D」+「地理院地図」より)