山歩き

一軒家…源流碑…冠山…クルソン岩
2017/9/24

一軒家…平家三角点…1184P…源流碑…冠山…長平谷水源…クルソン岩…タキガ谷…タキガ谷林道…一軒家

■冠山(カムリヤマ・コウソンカムリ)1339m:広島県佐伯郡吉和村字吉和西(点の記) (廿日市市)
■平家(ヘイケ)995m:広島県佐伯郡吉和村字吉和西(点の記・平家1号線作業道) (廿日市市)

タキガ谷林道入口
地肌が現れた林道
林道終点から植林地を上がると鉄塔が見える
平家三角点
平家三角点西のアンテナ塔
車道から見える尾根を目指す
北の作業道へ入る
ヒノキ林を登る
周囲5.4mブナ 瘤状の根が露出
5.4mブナ
幹の下部は空洞
朽ちたブナのサルノコシカケ
ブナのクマ棚
クマの新しい爪痕
ブナの下に散乱する枝
スギ林に入る
太田川源流碑
冠山
冠山の展望地に出る
冠山展望地から見た広高山 後に赤谷山と大神ヶ岳
女鹿平山と送電線
長平谷水源を下る
長平谷水源を下る
冠山登山道に出る
オオウラジロノキの実がたくさん落ちている
クルソン岩
クルソン岩と冠山
冠山と広高山
女鹿平山と吉和の里
国体コースからヒノキ林を下る
タキガ谷左岸 頓原造林地
山火注意の前を通る
中の谷から落ちる滝 右は長平谷
冠山トンネル付近は伐採されている
6:35 一軒家 気温9度 晴れ
 

8:20 作業道終点
8:40 平家三角点
9:10 5.4mブナ
10:15 1184P
11:10 太田川源流碑
11:40 冠山
13:20 冠山登山道
13:35 クルソン岩
15:20 タキガ谷水源の滝
16:20 一軒家


 一軒家駐車場から伴蔵川沿いの車道を進む。道沿いにツリフネソウが咲いている。タキガ谷林道入口のゲートが開いていた。林道を進み、中国道冠山トンネルの手前から西の分岐に入る。山肌が現れたカーブを回ると送電線鉄塔が見える。林道際にママコナ、ヤマハギが咲いている。

 林道はスギ林の左岸を通っている。ウドが雄花を付け、モミジガサが花を付ける。オトコヨウゾメ、ミヤマシキミの赤い実。林道終点からヒノキ林を登る。ヒノキ林の中に実のあるクリのイガが落ちていた。植林地の間から鉄塔が見える。鉄塔の北側を回り、二つの鉄塔の間の薮に入ると、薮の西側に平家三角点(995m)があった。

ツリフネソウ
キバナアキギリ

 車道に出て北へ下る。前方にこれから登る尾根が見える。タキガ谷から上がる作業道はオオリュウズ水源へ向かっているが、薮になっている。この作業道は平家1号線と呼ぶようだ。頓原雨量観測局のアンテナがあり、そこから北へ作業道が通っている。作業道へ入ると、植林地の中の道は北へ下っている。途中から尾根に取り付く。

 急斜面を登り、ヒノキ林の尾根筋に出る。ピークから一旦下り少し登ると、ブナの巨木が立っていた。明らかに存在感が違っていた。地表に出ている根は瘤状になって荒々しい。太い蔓が巻き付いていた。折れた太い枝が横たわっていた。計測すると胸高直径が5.4mであった。西中国山地でこれまで見た一番大きいブナだった。幹の下側に大きな洞があり、巨木を支えるには厳しいかもしれない。

ユキザサ
モミジガサ

 巨木をカメラに収め、ブナ林の尾根を登る。朽ちたブナにサルノコシカケが出ていた。1130m付近でブナの回りに折れた枝が散乱していた。見上げるとクマ棚があった。幹に新しい爪痕がくっきりと残っていた。昨年の11月に平家三角点の南側でクマに遭遇し、逃げて行ったのがこの尾根だった。クマの生活圏の濃い所なのかもしれない。

 上の尾根にクマ棚が続いていた。1150m付近に小さいカエルがいた。ニホンアカガエルに似ている。オトコヨウゾメの赤い実が残る。1184ピークを過ぎた先にクマ棚があった。枝が散乱し、ブナの枝がほとんど折られ、その辺りには明るい陽射しが入っていた。1200m付近からスギが点在し始める。やがてスギ林に変わる。フウリンウメモドキ、ユキザサの赤い実がある。尾根はオオリュウズ水源と接し、太田川源流の碑に出た。

タンナサワフタギ
ササ薮のカエル

 源流碑から冠山登山道に出る。タンナサワフタギが実を付ける。テンニンソウが咲く。源流碑から30分ほどで冠山。誰もいない山は静かだった。展望地に出るが、霞んでいる。ツリバナが赤い実を下げ、葉が紅葉始めている。ウリハダカエデが実を下げる。

 引き返し、途中から登山道を離れ、長平谷水源へ下る。谷を下るとオオバショウマ、アケボノソウが咲いていた。途中から谷を離れ、植林地の中をトラバースし、登山道に出た。オオウラジロノキの実がたくさん落ちていた。15分ほどでクルソン岩。ローソク岩に上がると、360度の展望がある。

フウリンウメモドキ
オトコヨウゾメ

 冠山の右に広高山の頭が覗く。さらに右に赤谷山、大神ヶ岳、千両山の峯が続く。送電線鉄塔が並んで見え、女鹿平山へ向かっている。その背後に旧羅漢山、恐羅漢山、十方山、市間山、立岩山、小室井山の峯が続いている。女鹿平山の右手に吉和の里が見える。

 引き返して、登山道分岐から東の国体コースへ下る。ヒノキ林の鞍部から南へ下る。地形図に破線道があるが、その踏み跡は薄い。植林地を下り、890m付近の山道へ出る。そこからタキガ谷の上流に向かってトラバース。頓原造林地の錆びた看板の所に出た。そこからさらに下ると、北から下りる小谷の右岸に「山火注意」の大きい看板がある。その前を通り、中の谷から落ちる滝の下流を右岸に渡った。

 滝の前で一休みし、顔を洗った。そこから右岸の林道終点に出る。林道は草薮になっていた。キバナアキギリ、シシウドが咲く。タキガ谷林道を下る。冠山トンネル付近は伐採地になっていて明るい。タキガ谷から1時間ほどで一軒家に帰着。

キツリフネ
アキノキリンソウ
ミズヒキ
テンニンソウ
ヤマハギ
ウド
ミヤマシキミ
ヒノキ林下のクリ
ツリバナ
ウリハダカエデ
アケボノソウ
オオカニコウモリ
ガンクビソウ
フシグロセンノウ
ツルニンジン



地名考


 「冠山の山名の初見は『吉和村御建野山腰林帳』(1725年)と思われる。『高そん加むり山、この山の内。来留尊佛と申石御座候』と記されている」

 「『芸藩通志』(1825年)吉和村絵図に初めて初めて<冠山>の字が使われている。『吉和村絵図』(江戸末期)には片仮名で<カンムリ>とあり、その奥に<ウシロカムリ>の山名が見える。冠山はカムリ山でなく<カンムリ山>と呼び、後冠山は<ウシロカムリ山>と呼んでいたようだが、この呼称は、現在も汐原・中津谷で使われている」

 「冠山は山頂の北面に懸崖があり、周辺の山々から眺めた場合、すぐそれとわかる特徴的な山容をしている。『芸藩通志』の佐伯郡山林の項に

 冠山、吉和村の西南にあり、山の形状、冠に似たり

 とあるとおり、冠山という山名は明らかにピークの名として付けられ、山の形が山名となったものである。<後冠山>は、『冠山の後方にある山』という意で、この山には懸崖はない」(以上「西中国山地」桑原良敏)。


 「西中国山地」「吉和村誌」によると、冠山、後冠山の山名は次のようになっている。

★高そん加むり山(吉和村御建野山腰林帳・1725年)

★冠山の名がない(佐伯郡廿ヶ村郷邑記・1806年)

★冠山の名がない(安芸郡佐伯郡図・1810年)

★かむり山(下調べ書出帳吉和村・1819年・吉和村誌)

★冠山(芸藩通志・1825年)

★カンムリ(吉和村絵図・江戸末期)

★ウシロカムリ(吉和村絵図・江戸末期)


 書かれたものを見る限り、冠山(かんむりやま)の呼称は、「カムリヤマ」と呼ばれ、後に「冠山」の字が当てられ、「かんむりやま」と呼ぶようになった。



 才乙の「冠山」も、元の呼び名は「かむり」と呼ばれ、地元では「かぶりやま」と呼ばれている。

 「『国郡志御用に付しらべ書出帳・大利原』(1819年・文政2年)に1002.9m峯を<大かむり>、その西の916m峯を<小かむり>としてある。『書出帳・草安村』には916m峯を<小かむり>と記され、いずれも平仮名である。『芸藩通志』(1829・文政12年)大利原村絵図、草安村絵図、『山県郡全図』には<冠山>と漢字が使われている。地元の庄屋から出されたものは平仮名であったのが編集者により漢字化されたものと考えられる」

 「島根県側の『旭町史』には<大かぶり><小かぶり>の山名が使われている。周辺の谷、谷中、大利原、才乙の古老数名から聞き取りを行なったが、島根県側も広島県側も<大カブリ><小カブリ>の山名が使用されていた」(以上「西中国山地」)。



 島根県瑞穂町の「冠山」は、元は「カフリ山」であった。

 「冠山の呼び方の特殊な例をこの山の北東、島根県の石見町と瑞穂町の町界にある冠山・859m峯に見ることができる。この山は『石見外記』(1820年・文政3年)に<カフリ山>または<カウムリ山>と記され『島根県誌』(大正12年)には<コーブリ山>とルビがふってある。現在も<コウブリ山>と呼ばれている」(以上「西中国山地」桑原良敏)。



 出雲風土記に冠山がある。出雲風土記、神門郡の山野にある冠山は「かがふりやま」と読む。

 出雲風土記原文

 冠山 郡家東南五里二百五十六歩。〔大神之御冠。〕

 現代語訳

 冠山(かがふりやま)。

 郡家の東南五里二百五十六歩の所にある。〔大神の御冠(みかがふり)である。〕

 出雲風土記の冠山の由来は、大神の「みかがふり」ということから、山の形が大神の冠に似ているので冠山と呼んでいる。



 古事記に「みかがふり」がある。「次に投げ捨てた御冠(みかがふり)に生まれた神の名は、 飽咋(あきぐひ)のウシノの神」とあるように、冠(かんむり)の意として使われている。



 万葉集に「かがふり」を含む歌が3首ある。

 歌番号892
 麻被 引可賀布利(原文)
 あさぶすま ひきかがふり(かな)
 麻ぶすまをかぶる(かける・ひっかぶる)(訳)

 「かがふり」はかぶる、掛けるの意。

 歌番号3858
 五位乃冠(原文)
 ごゐのかがふり(かな)
 五位の位階(冠は位を示す文書に代わった)

 「かがふり」は位を示す。
 古くは位階によって冠の色が違った。

 歌番号4321
 美許等加我布理(原文)
 みことかがふり(かな)
 天皇の命令を受け(訳)

 「かがふり」は受けるの意。

 「かがふり」は古代には、「かんむり」「かぶる」「うける」の意があったことがわかる。

 上代語「かがふり」は、以下のように音韻変化したと思われる。

 かうぶり

 こうぶり・かんむり

 かふり・かぶり・かむり



 方言に以下がある。

 鶏冠の今帰仁方言は、「カガーミー」「カンヂュイ」。同じく「カンビン」「ハンビン」は、被るの意。

 沖縄方言「カンムイ」は、頭にかぶるもの一般、帽子の意。同じく「カンジュン」は、かぶるの意。

 奄美方言「カブルリ」は、かぶるの意。

 宮古方言「カヴ」は、生えるの意。同じく「カムギ」は、鶏冠の意。

 対馬「カムリイシ」は、墓上に敷く平石を冠り石(カムリイシ)という。



 以下のようなアイヌ語がある。

 kamu カム かぶさる・覆う

 kamu-re カムレ かぶせる・おおう

 kamuy カムイ 神 カム・イ=かぶさる・もの

 ka-mu-i カ・ム・イ 上面・ふさがる・もの
 (黒雲=カミナリ、雷雨 神=魔=おそろしいもの)

 kakka カッカ を掛ける

 kapke カプケ 禿げる かぶろ=禿頭

 inaw-ru(inaw-ri) イナウル・イナウリ 幣の・冠(幣の・頭髪)

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カシミール3Dデータ

総沿面距離13.8km
標高差644m

区間沿面距離
一軒家
↓ 2.9km
平家三角点
↓ 2.6km
源流碑
↓ 0.8km
冠山
↓ 2.2km
クルソン岩
↓ 2.2km
タキガ谷
↓ 3.1km
一軒家
 

平家三角点北西尾根の5.4mブナ
5.4mブナ
5.4mブナ
5.4mブナ
 
冠山から望む
 
ローソク岩から クルソン岩の右
 
ローソク岩から クルソン岩の左
  
登路(「カシミール3D」+「地理院地図」より)