山歩き

二軒小屋…恐羅漢山…旧羅漢山…ケンノジキビレ
2016/4/24

二軒小屋…ゲレンデ…恐羅漢山…旧羅漢山…トイシ谷林道…ハゲノ谷…右谷…ケンノジキビレ…ケンノジ谷…二軒小屋

■恐羅漢山(オソラカンザン)1346.4m:広島県山県郡戸河内町横川(点の記) (安芸太田町)
■旧羅漢山(キュウラカンザン)1334m:広島県山県郡戸河内町横川 (安芸太田町)

霞むサバノ頭
マツボックリのエビフライ
ゲレンデに入る
ゲレンデのアナグマ
アナグマ
霞む牛小屋付近
ゲレンデトップの小屋
ヒエ畑尾根登山道に出る
恐羅漢山
旧羅漢山
旧羅漢山から見た広見山、半四郎山
春日山
巨石の横を下る
立ち並ぶ巨石
門のような巨石の壁
巨石の下は空洞
植林地に点在する巨石
トイシ谷の林道に出る
折れたスギ トイシ谷
ヤマザクラと広見山
広見山登山口の倒木
ハゲノ谷入口
右谷左岸の石垣
右谷の小滝
水源の谷を進む
枝が合体したブナ
薮のケンノジキビレ
ケンノジキビレ直下のコバイケイソウ群落
ケンノジ谷左岸の植林地を下る
ケンノジ谷
倒木の水越峠
6:40 二軒小屋 気温10度 晴れ
 

8:25 ゲレンデトップ
8:45 恐羅漢山
9:10 旧羅漢山
11:30 トイシ谷林道終点
12:10 広見山登山口
12:15 ハゲノ谷
12:25 林道終点
14:30 ケンノジキビレ
15:25 十方山林道
15:45 水越峠
16:25 二軒小屋

 二軒小屋駐車場を出発。サバノ頭は霞んでいる。朝日に照らされたキブシが花穂をぶら下げている。フキノトウはすっかり伸びてツボミをたくさん付けている。コバノミツバツツジが咲いている。道路上にマツボックリのエビフライが点々と落ちていた。ムササビの食痕である。
 
 ゲレンデに入り登り始めると、柵の中にアナグマがいた。動き回りながら、頻りに地面を掘っている。ゲレンデではアナグマをよく見かける。クリノキにヤドリギがたくさん寄生していた。山際にはゼンマイが伸び始めている。ショウジョウバカマが点々と咲いている。赤いものと薄紫のものがある。振り返ると山々は霞んでいた。

キブシ
すっかり伸びたフキノトウ

 上部に小屋が見えるとゲレンデトップである。トップから見下ろすと、牛小屋付近も霞んでいる。一休みして、ゲレンデからヒエ畑尾根登山道に出る。オオカメノキのツボミが膨らんでいる。ゲレンデから20分ほどで恐羅漢山。今日は高校生グループが多い。

 旧羅漢山へ進む。ユキザサの花芽がまだツボミ。鞍部にはコバイケイソウの群落が見られる。30分ほどで旧羅漢山。大岩から望む北面は霞んでいる。岩下のオオカメノキが咲き始めていた。

 山頂の巨石群から北尾根の山道へ下りる。三本栃へ下る山道は巨石の間を通る。林立する巨石や横たわる巨石の中を通る。巨石群を40mほど下ったところで、西側の巨石群の中に入った。

旧羅漢山 岩下のオオカメノキ
巨石群のオオカメノキ
ユキザサ

 巨石群の中は木の枝が蔓延る薮となっており、横へ進めず、下部へ下る。巨石の間はクマの棲みそうな岩穴になっている。標高1280m付近に門のような巨石の壁があった。岩壁の前を西へ進む。この辺りは巨石が屹立している。

 巨石と巨石の間を抜けると、下部が空洞になっている巨石があった。西側の端はササの小尾根が下りている。さらに下っていくと、巨石の末端の植林地に出た。植林地を下ると巨石が点在する。さらに下り大岩の岩海に入る。岩海と薮が長く続いた。

 1100m付近で、ようやく谷の小ゴーロ帯に抜けた。植林地を下り、三本栃へ下る山道に出る。植林地をさらに下り、小鞍部に上がって、トイシ谷の林道終点に出た。巨石と岩海と薮のゴーロを下るのに2時間ほど掛かっていた。

イヌブナ

 林道を下る。所々、崩れてたり、倒木が塞ぐ。真中から折れたスギが多い。雪の重みで折れたものか。ヤマザクラの先に広見山が見える。40分ほどで広見山登山口に出た。登山口付近は倒木でふさがれていた。5分ほどでハゲノ谷入口。広見の三本栃の道標がある。

 ハゲノ谷右岸の林道を進む。10分ほどで林道終点。ハゲノ谷を渡り、分岐を右谷へ入る。この谷には左岸に作業道が入っているが、今は薮となったいる。左岸に立派な石垣が残っている。薮の作業道が切れたところで谷へ下りる。小滝を越える。

 植林地のゴーロ帯を進む。ゴーロの谷は伏流水になっているところがある。水源に、二本の枝が合体したブナがあった。鞍部近くまでゴーロが続き、ササ薮に変わる。2時間ほどでケンノジキビレ。薮の鞍部を抜けてケンノジ谷へ出る。鞍部直下にコバイケイソウの群落がある。

 左岸の植林地を下る。植林地の中は所々、倒木が蔽っている。1時間ほどで十方山林道に出た。倒木の水越峠を通り、横川の林道を下る。二軒小屋に近づくとミツマタがたくさん咲いていた。

コバノミツバツツジ
ショウジョウバカマ
ショウジョウバカマ
エンレイソウ
エンレイソウ
クロモジ
ハウチワカエデ
ヤマザクラ
ヤマシャクヤク
アカシデ
ツノハシバミ
ミヤマカタバミ
ミヤマキケマン
ミツマタ


地名考

 「旧羅漢山は、広島県横川の呼称である。いつの頃からこう呼ばれ出したか明らかではない…島根県側の呼称として『匹見町史』には旧羅漢山となっているが、匹見町の人々は匹見羅漢と呼んでいる人が多い」(『西中国山地』)。

 旧羅漢山は島根県側では匹見羅漢山と呼ばれている。

 「恐羅漢山と鞍部をはさんで西に続く旧羅漢山(匹見羅漢山・1334m)は双耳峰を成し…旧羅漢山の西側に開ける広大な扇沢には、スギの人工林の床に岩海が眠っている」(『匹見町誌』)。


 羅漢とは、阿羅漢 (arhatの音写) の略称。応供 (おうぐ) と訳される。供養と尊敬を受けるに値する人の意。剃髪し,袈裟を着た僧形に表わされる。中国,日本では十六羅漢,十八羅漢,五百羅漢のように仏道修行者の群れをさし,禅宗の流通に伴って多数制作された(『ブリタニカ国際大百科事典』)。

 お釈迦様の弟子で特に優れた代表的な16人の弟子を十六羅漢といい、五百羅漢は,初めての経典編集に集まった弟子達のこと。


 旧羅漢山の西面は巨石と大岩のゴーロになっており、岩海を形成している。とくに旧羅漢山の西面直下には巨石が林立し、それが匹見側では聖地のように考えられたのはないか。

 旧羅漢山西面直下は黒ボク土であり、山焼きが行われていた時代、巨石が露出していたと思われる。林立する巨石を見た人々は、十六羅漢、五百羅漢を連想したのではないか。

 「旧羅漢山」の呼称が文字通りの意であれば、旧羅漢山は「旧恐羅漢山」の意であり、旧羅漢山は元々、恐羅漢山と呼ばれていたと思われる。

 旧羅漢山が「ヒキミ」の羅漢であるように、恐羅漢山は、「オソ」の羅漢の意であると考えられる。

 旧羅漢山は細見谷の水源、ケンノジ谷の奥にある山であり、「ホソミ」の羅漢の意ではなかろうか。

 ホソ → オソ の転訛。 


 匹見の三葛地区では「熊祭り」が行われ、『アブラウンケソー』というマタギ言葉が残っている。

 「三葛地区には『熊祭り』が行われていたともいい、昭和57年(1982)ごろ大谷瀧次郎(故人)から聞き書きしたものを列記しておく。それは熊を捕った場合、その狩猟具の槍などを用いて熊の周りを囲むように七本立てなければならない。数が足りない時は木棒でも立てて補う。熊の月ノ輪の部分はお天道様には向けてはならず、頭を正面に向けて舌を切り取って供える。そして『籠宮の乙姫様に肴を差し上げんと思って討ったら、天の犬をあやまって捕ってしまいました。どうぞ許してください』そして『アブラウンケソー』と三回唱えたという」(『匹見町誌・遺跡編』)。

 「マタギ」は「ヤマダチ」とも言う。三葛の東の五里山に「ヤマダチ谷」がある。西中国山地にマタギ系の人々が暮らしていた傍証でもある。「ケンノジ」もマタギ言葉ではないか。

 「ノジ」はマタギ言葉で山犬、オオカミを意味する。マタギ言葉の「ケンビキツナ」は犬引綱の意で、「ケンノジ」は「犬オオカミ」の意ではないか。

 マタギ言葉にオソヲタテル、オソビキがある。どちらも口笛を吹くことを意味する。

 「嘯き」(うそぶき)は、@口をすぼめて息を吹き、音を出す、口笛を吹くA咆哮する、ほえる、なく などの意がある。岩手では口笛をほそ笛(ホソベ)、山形ではホソと呼ぶ。

 能楽では空吹(うそふき)と表わし、うそ(口笛)を吹いているような表情から名づけられたもので、狐、猿、狸などの写実的な動物面が使用される。

 嘯む、嘯むくは嘯くに同じである。

 ウソム → オソム → ホソミ への転訛。

 「オソミのラカン」は「吠える・羅漢」の意である。


 恐羅漢山西にカメイ谷がある。オオカメ谷とも呼ぶ。オオカミの方言以下がある。

 オーガミ(茨木・千葉)、オイノ(青森・岩手・新潟)、オーイン(新潟、福井)、オーガメ(千葉)、オーカメ(静岡)、オーカメサマ(神奈川)などである。

 大亀谷はオオカミの転訛であるかもしれない。旧羅漢山の南北にオオカミに関連する地名があることは、偶然ではないかもしれない。

 オオカメ谷の元の名がオオカメイであれば、オオカミのアイヌ語、オーセカムイに近い。オーカムイ、オオカメイ、オオカメのように転訛した。


 出雲・石見地方の方言に以下がある。

 「恐ろしい」の方言

 出雲エリア北部一帯に、オゼ・オジェの分布が見られる。これらの語形の分布域をのぞく接境地帯全域には、オゾイが広く分布しているのが見られる。地図上ではオゼ・オジェとオゾイが対立している。

 「恐ろしい」においては、『中国地方五県言語地図』と比較すると、オゼが海岸線沿いに、出雲側から石見側へと進出していることがわかる。オゼは『中国地方五県言語地図』を見ると、出雲市周辺のみに分布していた。その周囲には、広くオゾイが分布しているという状況であった。25年間に、オゼが周囲を取り囲んでいたオゾイの間に、割り込んだと見ることができる。

 「恐ろしい」におけるオゼの分布が西へ伸びている。

 オゼは、出雲市と松江市を含む、島根半島とその南部に分布していた。周囲には、オゾイの分布域が広がっており、オゼを取り囲んでいた。『中国地方五県言語地図』の調査時点から25年後の本調査時には、オゼは、出雲市からさらに西へと分布域を拡げ、接境地帯まで達している。

 オゼに関しては、出雲市の中心付近では、オジェの音形で回答があり、接境地帯付近へ近づくに従って、オゼー、オゼへと形を変えている。そして、これらの語詞が勢力を広げた背景には、出雲市の力というものがあるのではないかと考えられるのである。

 本稿で取り上げた語詞は、次のような質問を用いて収集したものである。

 「恐ろしい」 大きな犬が何匹もほえかかって、今にもかみつきそうになる。そんなときの感じをどんなだと言いますか。

 (以上 『出雲・石見接境地帯方言の動態』
 「中国地方五県言語地図」との比較を中心にして 
 野々村 憲・高永 茂 昭和61年調査)


 万葉集原文に「恐」があり、「カシコ」と読む。「かしこまる」は同源。「カシコ」は自然に宿る精霊の霊威に対して畏怖の念をあらわし、「恐れ多い」の意を表す。原文「恐」は訓読で「畏」の字が当てられている。

 恐羅漢山は「恐れ多い羅漢山」の意であり、旧羅漢山の巨石群に対する畏怖の念を表している。

 万葉集の用例

 (原文)磐疊 恐山
 (訓読)岩畳 畏き山(岩の重なる畏れ多い山)

 (原文)畏伎 明日香乃 真神之原
 (訓読)畏き 明日香の 真神の原
     (畏れ多い明日香のオオカミの原)

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カシミール3Dデータ

総沿面距離15.2km
標高差544m

区間沿面距離

二軒小屋
↓ 2.9km
ゲレンデトップ
↓ 1.3km
旧羅漢山
↓ 3.9km
ハゲノ谷
↓ 3.9km
十方山林道
↓ 3.2km
二軒小屋
 

 
『出雲・石見接境地帯方言の動態』 「恐ろしい」の方言
旧羅漢山西の黒ボク土=茶色=Azo−2 青囲み=巨石群 緑囲み=岩海
 
林立する巨石
巨石の門
巨石の壁が続く
旧羅漢山から見た広見山
 
登路(「カシミール3D」+「地理院地図」より)  青囲み=巨石群 緑囲み=岩海