山歩き

R488…鈴ヶ岳…青路頭…ムカイノ谷
2015/10/24

甲佐家跡…R488…裏匹見峡遊歩道…鈴ヶ岳…青路頭…922P…ムカイノ谷…R488

■鈴ヶ岳(スズガダケ)810m:島根県美濃郡匹見町大字匹見字広見(益田市)
■青路頭(アオジガシラ)989.3m:島根県美濃郡匹見町大字匹見字広見イ1028番地(点の記) (益田市)

全面通行止めのランプが点滅していた
広見小学校跡
小道を入ると廃屋
通行止めの柵
ツルヨシの末端は堰堤
鈴ヶ岳の清水
鈴ヶ岳上部
岩壁の間を通って展望台に出る
展望台から見た鈴ヶ岳
遊歩道を下る
広見川に架かる橋は鉄が朽ちている
懸崖下のガレ場を登る
大天狗の岩壁に沿って登る
大天狗の岩壁に沿って登る
小尾根の末端に出る
岩壁に突き当たる
大天狗上部の展望地の岩場
大天狗上部の西側の絶壁
大天狗上部絶壁の展望地から送電線鉄塔を望む
岩尾根が標高700m付近まで続く
焼杉山・京ツカ山・1158P
鈴ヶ岳 測量石がある
青路頭
青路頭から御境、冠山を望む
古道合流点東の鞍部
ムカイノ谷右岸の石垣
ムカイノ谷左岸の石垣
7:15 甲佐家跡  気温9度 晴れ
 

8:10 ゲジガ谷
8:45 裏匹見峡遊歩道入口
10:20 鈴ヶ岳
11:25 922P
12:00 青路頭
12:50 虫ヶ谷古道破線道
15:05 922P
14:35 ムカイノ谷
15:00 R488
15:10 甲佐家跡


 R488を進むと全面通行止めのランプが点滅していた。両岸に石垣のある火の谷の橋を渡る。少し進んだところで、後から車が来た。

 東京から来た人で、匹見に出て浜田方面へ行きたいとのこと、通行止めの看板は見たが通れると思ったという。浜田へ行くなら引き返して吉和から高速に乗った方が早いですよとすすめたが、景色を眺めながら、ローカル線を走りたいとのことだった。三坂八郎林道から匹見に抜ける道を教えてあげたが、その方は詳細地図を持っておられなかったので、道が分かったかどうか心配であった。

 道路沿いにアキノキリンソウがまだ咲いている。広見小学校跡を通り、キリガヒラ、コ谷を過ぎると、小道が山側へ入っている。小道を少し進むと、「立入禁止、熊、ムシ」と書かれた門がある。スギ林の奥に石垣があり、その上に朽ちた家屋が残っていた。

カマツカ

 国道に戻って進むと、広見川右岸に石垣が見える。通行止めの柵を通り、新山橋に出る。ワル谷を過ぎると、広見川に滝が見える。ハチガヒラ橋を過ぎると、広見川に道が下りている。

 広見川にツルヨシが群生し、それが下流の堰堤まで続いていた。広見川に入る道は、堰堤を作るための道だったと思われる。ゲンカ橋を渡って国道をさらに進み、鈴ヶ岳の清水に出る。左側の頭上に滝を見て、鈴ヶ岳の展望地まで進む。

 展望地から岩の間の国道を進むと、「鈴ヶ岳展望台、遊歩道終点」の看板の所に出る。遊歩道の階段を下り、広見川の底から上を見上げると、林の間から絶壁が見えた。右岸に渡ると、絶壁の下はガレ場になっている。

鈴ヶ岳絶壁下付近の遊歩道
ノコンギク
鈴ヶ岳展望地の伐採された跡

 ガレ場を登り、大天狗絶壁の下に出る。岩壁沿いに登る。長い絶壁の壁が続き、ようやく小尾根の先端に出た。少し休憩して、尾根の林を50mほど登ったところで岩壁に突き当たった。右側へ回り込んで上の尾根に出ると、岩場の大天狗上部の展望地に出た。木が伐採された跡があった。

 鈴ヶ岳上部の絶壁が西横に続く。その先に御境から延びる送電線鉄塔が見え、さらにその向こうに立岩山(赤谷山)が見える。広見川の奥には京ツカ山、1158ピークが見える。正面の南側には島根大林道北端の峯が見える。眼下を覗くと国道の展望地が見えた。岩棚から見下ろすと、懸崖の紅葉の壁が落ちていた。

 展望地から少し登ると岩尾根になる。京ツカ山の左に焼杉山が見えてくる。700m付近で岩尾根から林に入る。広見川から1時間半ほどで鈴ヶ岳に出た。山頂に「公」と記された測量石がある。

ツルリンドウ
クマの円座跡

 山頂から広葉樹の尾根を進む。ササは浅い。1時間ほどで922ピーク。さらに30分ほどで青路頭。南側に歩を進めると、五里山、1158ピークの峯が見える。御境の上に冠山が覗いている。繁っている三角点の笹を刈った。

 尾根を進むと、笹の中に円座らしき古い跡が残っていた。青路頭から40分ほどで虫ヶ谷古道の地形図上の破線道に合流。しかし道跡は既に無く、笹尾根が続くだけである。

 922ピーク手前に古いクマ棚があった。鈴ヶ岳から続くこの尾根に新しいクマの痕跡は見つからなかった。それに比べて五里山の峯はクマの痕跡の多い山である。

 尾根の途中からムカイノ谷へ下る。大分下った所に大きいブナがあった。アカマツの入り込む尾根を下り、下部の植林地に出た。急な斜面をムカイノ谷落口へ下る。ムカイノ谷右岸に下りると、植林地の中に石垣がある。この谷は両岸とも長い石垣がある。

 谷を渡り、左岸の石垣に上がる。ムカイノ谷から広見川沿いに進み、広見川の橋跡へ下る。橋跡からムカイノ谷左岸に上がる道は石垣が崩れている。広見川左岸に渡り、国道へ出る手前に墓石がある。以前はこの付近の国道に「地主墓」のプレートがあったが、今は無い。

古いクマ棚 922P西
ムカイノ谷へ下る尾根のブナ
地主墓
   
裏匹見峡付近の図(『石見匹見町史』)
昭和40年4月23日の毎日新聞
 
 


 
アキノキリンソウ
シラネセンキュウ
セイタカアワダチソウ
シシウド
ナメラダイモンジソウ
ミツバウツギ
コマユミ

 


地名考

 「広見川の上流、保矢カ原の夫婦淵に端を発する裏匹見峡は、全長約四キロ、観音嶽・まながせ・魚とび・せりこみ・えんこう淵・大えぼし・養老河原・長淵・男神流・女神流・亀ノ胴淵・ふみもどし・五段滝・平田淵等、三十以上の小滝や蒼淵が連なり、表匹見峡に比べて変化に富む奇勝の連続で、谷も深くて男性的の雄々しさが感じられる

 峡谷の真ん中にある天狗の腰掛はとてつもなく巨大なもので、目方などは見当もつかない。見上げると大天狗の絶壁がそそり立ち、大小の天狗岩から流れ出る小さな滝が天狗の腰掛に注ぎ砕けている。峡谷の美観も格別だが、上部に露出した数々の岩肌も周囲の緑樹と相調和して実に壮観の一語に尽きる

 この一帯は山峡の魔女といわれるヤマメ・イワナの淡水魚が豊富で、太公望には二重の楽しみがあって、訪れる人の興も尽きない

 五段の滝からこの地点までの距離は約一キロ、この間に展開するものは、大小様々の滝と壺、巨樹と奇岩である。絶景を見尽くし絶壁をよじて県道に上り、最終地点である大神カ嶽の展望最適地にたどり着く。前面には100mも直立する鈴カ森が雄姿を惜しみなく露呈しておる。そしてここからは、たどって来た裏匹見峡の全貌が一望の下に見下ろされる。実に天下の絶景である」(『匹見石見町史』矢富熊一郎)。


 広見の呼名は古い。1655年に広見河内の地名がみられる。

 「附言山田郷内東村、有加江乃川。源芸石広見河内奥、自十方山下流而到干此(山田郡匹見八幡宮祭神帳−慶安八年=1655年)」(『石見匹見町史』)。

 匹見東の八幡宮古棟札に「広瀬・千原・道谷・蔦木・八尾・上道川・下道川・東村・西村・広見河内・三葛・内石・内谷・小平・澄川等、その区域なるべし」とある(『石見匹見町史』)。

 青路頭の所在地は字広見となっており、広見と呼ぶ地域はかなり広いと思われる。広見川の象徴は裏匹見峡にあると考えられ、ここに広見川の古名が形成されたように思われる。


●広見(ヒロミ)
 pira-muy
 ピラ・ムィ=ピラミ
 崖・山

 ピラミ → ヒラミ → ヒロミ と転訛した。崖山とは鈴ヶ岳の懸崖のことである。

 西中国山地の地形方言にヒラ・ヒラツコがある。
 ヒラ・ヒラツコは尾根の側面、山の傾斜面の意味がある。

 浜田方言、ヒドヒラは崖の意がある。

 喜界島ピラは丘、シバラは断崖の意。

 薩摩のヒラは崖、沖縄のヒラは坂の意で「ヒラ」は全国的に崖と関連ある呼名である。

 アイヌ語小辞典には次のようにある。

 pira ピラ がけ・土がくずれて地肌があらわれている崖。

 アイヌ語pira は縄文語 hira と思われる。


 今帰仁のムイは丘・山の意。モーは丘・野の意。

 喜界島のムリ・ムイ・モリは丘の意。

 アイヌ語muy,moy ムィ・モィは、山頂・箕・束の意。

 アイヌ語地名
 muy-ne-sir ムィネシリ 箕のような山 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

カシミール3Dデータ

総沿面距離10.9km
標高差534m

区間沿面距離

甲佐家跡
↓ 4.4km
遊歩道入口
↓ 1.2km
鈴ヶ岳
↓ 1.5km
青路頭
↓ 3.8km
甲佐家跡
 

鈴ヶ岳大天狗上部の懸崖から送電線鉄塔・立岩山=赤谷山を望む
鈴ヶ岳大天狗上部の懸崖から京ツカ山・1158Pを望む
大天狗上部から見た眼下の国道
大天狗上部の懸崖から真下を覗く
岩尾根を登ると左に焼杉山が見えてくる
鈴ヶ岳大天狗上部の懸崖の展望地
青路頭からの展望
                                                 冠山                        千両山
五里山の峯                                 御境
鈴ヶ岳周辺の土壌図
(カシミール3D+国土交通省土地分類基本調査土壌図)
登路(「カシミール3D」+「地理院地図」より) 
鈴ヶ岳付近
登路(「カシミール3D」+「地理院地図」より)