山歩き

御境…シモコ谷…赤谷林道…R488
2015/10/3

御境…小郷山東…鉄塔道…シモコ谷…赤谷林道…国道488号線

■小郷山(コゴウヤマ)1121.3m:島根県美濃郡匹見町大字匹見字赤谷(点の記) (益田市)

国道から下りて谷を渡り林に入る
沢に下りたクマ
沢に入り頭を水に浸けるクマ
頭を水に浸けながら上流へ進む
道路のクリを食べるクマ
国道から山側のササに入るクマ
62鉄塔から島根大林道の尾根を見る
63鉄塔から匹見の里を見る
小郷山東の山道のピークを越えると64鉄塔が見える
65鉄塔に出る
剥ぎ取られたシモコ谷水源の植林地 65鉄塔から
西に延びる送電線
66鉄塔から見たシモコ谷水源
イノシシのヌタ場
68鉄塔から見た赤谷山
赤谷山から下りる尾根に鉄塔が見える 69鉄塔から
シモコ谷に架かる鉄橋に出る
鉄橋下流の滝
赤谷林道の山積された丸太
小河橋(小郷橋)を渡ると通行止めの柵
島根大林道へ上がる鉄塔道入口
平田淵へ下りる階段の遊歩道
岩壁を抜けると鈴ヶ岳への展望地
鈴ヶ岳
鈴ヶ岳の清水
通行止めの柵 ニイヤマ谷東
広見小学校跡
甲佐家屋敷跡の碑
488号線折り返し点 広見林道が入る
ハチガヒラ谷左岸の崩壊地点
7:40 御境  気温13度 晴れ
 

7:50 62鉄塔
8:00 63鉄塔
8:30 小郷山東
8:50 65鉄塔
9:05 66鉄塔
9:15 67鉄塔
9:25 68鉄塔
10:05 69鉄塔
10:30 シモコ谷の鉄橋
10:40 赤谷林道
11:20 R488の小河橋(小郷橋)
12:50 鈴ヶ嶽の清水
13:10 ゲジガ谷
13:35 通行止柵
14:00 R488折返点(甲佐氏石碑)
15:15 小屋跡
16:00 御境 


 御境と判城橋の中間附近でクマが国道から谷へ下りて行った。林の中を動き回り、エサを探しているようだった。やがて川の中に入り、頭を水に浸けて、何かを探しているようす。クマは頭を水に浸けて上流へ進み、やがて国道に上がった。道路に落ちていたクリを食べ、それから山側のササの中に入っていった。

 おそらくクマは、産卵期に遡上するゴギを狙っていたのだろう。細見谷では、クマがゴギを食べている事例がある。

 国道からクマを観察している間、山に2台の車が入ったが、クマは逃げる様子はなかった。車慣れしたクマなのだろうか。御境に鉄塔のペンキを塗り替える工事の人が入っていた。よくクマを見かけるとのことだった。

ナギナタコウジュ
キバナアキギリ

 峠から鉄塔を結ぶ山道を上がる。五里山方向は低い雲が下りて見通しが無い。10分ほどで62鉄塔。北側の島根大林道の尾根に送電線が延びる。その向こうに青路頭の峯が見える。

 さらに10分ほどで63鉄塔。五里山方向は霞む。裏匹見に下りる送電線の先に匹見の里が見える。山道を小郷山の東のピークを越えると、ガスに霞む64鉄塔が見える。63鉄塔はガスで見えない。

 山道を下ると、64鉄塔へ下りる分岐道がある。山道を西へ進み、小尾根を下り65鉄塔へ出る。シモコ谷林道奥の山が剥ぎ取られたように、植林地が四角形に伐採されている。その中を作業道が通っているのが見える。

 その先の赤谷山は雲が掛かっている。五里山方向もガスで煙る。西へ延びる送電線の先の左手に三子山、ずっと左に燕岳が見える。右手に匹見の里が見え、その先に日晩山が見える。さらに右手に春日山が見えるが、東側はガスが掛かっている。65鉄塔は360度展望の良い所である。

ママコナ
アキノキリンソウ

 山道を66鉄塔へ進む。シモコ谷水源の剥ぎ取られた植林地が眼下に見える。67鉄塔に進む山道にイノシシのヌタ場があった。67鉄塔は展望が無い。10分ほどで68鉄塔。南側に赤谷山、大神ヶ岳が見える。西側に送電線が長く続いている。青路頭、広見山が見え、恐羅漢山には雲が掛かる。

 68鉄塔から植林地の尾根を下る。山道は途中から尾根を外れ、尾根の南側の山腹を通っている。南へ下りる尾根の69鉄塔へ出る。シモコ谷の伐採地が見える。送電線は西へ延び、赤谷山から下りる尾根上に鉄塔が見える。山道をジグザグに下り、20分ほどでシモコ谷に架かる鉄橋に出た。

 鉄橋からシモコ谷林道を下る。橋からすぐ下流に滝がある。その下流にはゴルジュが続き、シモコ谷は小渓谷のような谷である。シモコ谷橋を渡って赤谷林道に出る。林道を進むと、大きなヒキガエルがいた。林道脇に伐採された丸太が山積されている。その向かいに赤谷造林地の看板があった。

赤谷林道の大きいヒキガエル
クサギ

 眼下に見える赤谷は滝となって落ちている。コゴウ谷落口を過ぎ、国道488号線に出る。小河橋を渡ると、国道は通行止めのゲートがあり、閉じられている。橋から100mほど進むと、小谷に中国電力の標柱があり、島根大林道に上がる鉄塔道の入口になっている。

 国道は裏匹見峡を回りこんで進む。途中、生山分収造林地の表示があり、島大林道から下りる尾根の先端部は「生山」と呼ぶようだ。さらに少し先には赤谷造林地の看板があった。

 林間から鈴ヶ岳の岩壁が見えてくる。下を覗くと谷底が見える。国道は岩の間を通る。さらに対岸の岩壁が近づく。道はまた岩の間を通る。平田淵に下りる新しい遊歩道がある。階段のある新しい遊歩道がジグザグに谷へ下りている。国道を進むと、匹見演習林の看板があり、谷を覗くと赤い橋が見えた。

 さらに進むと、谷に下りる遊歩道がある。そこから上部に鈴ヶ岳の岩壁がある。国道は大きい岩の間を通る。岩を抜けると上部が空け、鈴ヶ岳への展望地となっている。谷底が見え、西側には島大林道から下りる尾根の鉄塔が見える。

平田淵へ下りる遊歩道の看板
ヤマニガナ
クマノミズキ

 国道を進むと、頭上から滝が落ちている。そこから少し先に「鈴ヶ岳の清水」がある。岩盤の間から勢いよく水が出ている。ゲジガ谷に近づくと恐羅漢方向が見える。ゲジガ谷落口左岸に石垣が見える。広見川右岸に渡る橋が架かっていたようだ。

 石垣の続く国道を通り、ハチガヒラ橋に出る。左岸から川に道が下りている。道路にマムシが出ていた。ワル谷を過ぎる。広見川右岸の山は植林地になっている。石垣の続く道路を進み、新山橋に出る。そこから少し先に、通行止めのゲートがある。

 ゲートから少し進むと、集落に入る道がある。国道から古い建物が見える。コ谷の東西の国道に石垣が続く。キリガヒラの小谷を過ぎると、広見小学校跡。林の中に朽ちた建物が残っている。地主墓を過ぎると。オモ谷に架かる火の谷橋。

 セイコ谷、ナカオ谷を過ぎると、国道の折り返し点。ここに甲佐家屋敷跡の碑がある。「昭和45年広見集落移転のため匹見山根下に転居」とあり、当時の写真石版が埋められている。碑の裏面には「幾人も産声あげし広見の地、も一度住みたい 皆んなと共に。」とあった。

 「西中国山地」(桑原良敏)五里山の項に次のようにある。「広見谷側の谷の呼称の名称は、広見の甲佐豊氏と直一老人が健在であった頃より記録を取り始めたが、聞く人によって呼称が少しずつ異なっている所があり、穏当と思われるものを使用した」

 「五里ナカエが県境を越す峠の名は、故甲佐直一氏より初めてオサカエという呼称を教えてもらったが、保矢ケ原では現在でもオサカエと呼んでいる人が多い」

甲佐家屋敷跡の写真石版
碑の裏面

 国道の折り返し点から広見川水源に林道が入っている。入口に「天然記念物 広見の三本栃」の道標がある。488号線を御境に向かって進む。植林地の山腹に石垣がある。オモ谷に架かる広見石橋を渡る。

 小屋谷橋、新山谷上橋を渡り、石垣の国道を進む。ハチガヒラ谷の先で、国道が崩れていた。鉄骨を渡して、橋のようにして道路を確保している。カドイシ谷右岸に壊れた小屋がある。匹見演習林の林道を過ぎ、折り返し点から2時間ほどで峠に着いた。

アキノキリンソウ
ミツバアケビ
シラネセンキュウ
アケボノソウ
ツリフネソウ
国道のマムシ
ノコンギク
ミヤマガマズミ
ツリガネニンジン


地名考

 春日野満の『ひきみ川』の「広見川の章」に次のように記されている。

 「広見川の流れは、中国山地を北流する谷川の中では、一番の急流で、広見の里を出外れた処から下流一里余に亘って、奇岩激流、川に沿って上り下りする事が出来ない難所である。広見の里に入ってからは、多少流れもゆるやかで、川をはさんで両岸に耕地が開けた里である…部落の下の方から数えて見ると、ゲジガ谷、八が平谷、わる谷、新山谷、霧が平谷、火の谷(オモ谷)、せいこ谷、地よし谷(ジョシ谷)、大赤谷等、相当の数にのぼるのである。その中の火の谷は、すこし登った所で二つに別れて、右の支流を子谷(ハタガ谷)と云っている。この子谷が火の谷に合流する地点の下の方は、中の原と云って、耕地も広く、従ってその周辺には人家も点在していた」

 「西中国山地」(桑原良敏)の五里山の項で記されている地名の中では、火の谷=オモ谷、地よし谷=ジョシ谷、子谷=ハタガ谷が異なっているが、他は同じ地名である。

 西中国山地にスズ=鈴と呼ぶ地名がいくつかある。

 鈴ヶ岳(広見川)、鈴ガタキ(ヤマの谷)、鈴ノ大谷山、雀堂(スズメドウ・赤谷山西)、スズガグツ(平家ヶ岳東)、スズミマツ(弥畝山)などである。

 「スズ」に次のような方言がある。

 すずれる(溢れる)長崎・福岡
 すずるる(溢れる)長崎・熊本・柳川
 すずるっ(溢れる)佐賀
 すずがる(かまう)津軽
 すずむげ(斜め向かい)津軽
 すずじゃま(どうしようもなく邪魔)岩手
 すずく(しずく)古語・熊本
 どぼすずく(ずぶ濡れ)福井
 すず(泉・湧き水)山形
 すずる(漏れ染みる)山形

 方言「すず」には、「水が溢れる」「濡れる」「湧き水」などの意味があり、九州と東日本に共通性がみられる。

 アイヌ語 sus スシ は「水浴びする」の意がある。
 susugu(濯ぐ)、sosogu(注ぐ)、suzusi(涼)、suzumu(涼む)などと関連あると思われる。

 sus-us-i ススシ いつも・水浴びする・所

 鈴ヶ岳(スズガダケ)は次の意が考えられる。 

 sus-us-ke
 スス・ケ
 いつも・濡れる・所

 「この里の川沿いの入口は、世にも稀な奇岩絶壁に囲まれていて、その景観は誠に雄大なもので、現在では裏匹見峡と呼ばれて、春から秋の紅葉にかけて、杖を引く人も多いのであるが、昔はただ交通の難所と云うだけでなく、全く人を寄せ付けない処であった。従って川の流れにしても、淵あり滝あり、絶壁ありで、遡ることは勿論、裸身になっても下る事すら出来ぬ激流と云っても差支えはない程であった。水量が左程多いと云うわけではないのだが、岩壁の真下が深淵となり、深淵の直ぐ下流に飛瀑がかかると云う風で、とても通れるものではなかった」(春日野満『ひきみ川』)。

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カシミール3Dデータ

総沿面距離21.9km
標高差230m

区間沿面距離

御境
↓ 2.2km
65鉄塔
↓ 4.6km
小河橋(小郷橋)
↓ 8.2km
R544折返点
↓ 6.9km
御境
 

65鉄塔から 西へ延びる送電線
   燕岳                                   三子山
65鉄塔から 春日山 手前は青路頭の峯
66鉄塔から シモコ谷水源の伐採地と赤谷山(立岩山)
鈴ヶ岳
甲佐家屋敷跡の写真石版
  
登路(「カシミール3D」+「地理院地図」より)