6:15 大向長者原林道終点 曇り時々晴れ 気温14度
6:55 判城橋
7:50 林道終点
8:45 四艘船岩
9:25 三坂山
9:40 二艘船岩
10:00 釣橋林道
10:30 千両山
11:30 ナメラ谷林道
11:50 オバケ杉
12:15 三坂八郎林道
12:40 八郎橋
12:45 長者原林道終点
大向長者原林道から国道488号線を進む。十方山林道は先週、通行止めで閉じられていたが、今日は入口が開けられていた。工事車輌が入っているようだった。マユミの実にくちばしの赤い鳥がたくさん集まっていた。コウサギノ谷右岸に、鉄塔へ上がる広い道が通っている。
30分ほどで判城橋。橋のところでバンジョウ川と御境から下りる谷が合流している。バンジョウ川右岸の植林地の林道に入る。林道は湿地のようになり、オタカラコウが生えている。
林道の入口は薮となっているが、樹林帯に入ると、広い林道に変わる。植林地の中に大きいブナが一本、立っていた。判城上橋を通り、左岸に渡ると草薮に変わる。薮の林道を進むと、バンジョウ川の滝が林の間から見える。
キツリフネ |
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ツリフネソウ |
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ニソウ谷落口を過ぎ、判城橋から1時間ほどで林道終点。終点からヨソウ谷に入る。左岸の植林地を進むと、左岸から小谷が下りている。その小谷に少し入ると、ラグビーボール形状の巨石がある。
引き返してヨソウ谷左岸を進むと、滝が見えてくる。植林地の左岸を巻いて、滝上の平坦地に出た。植林地の薮の谷を進むと、左岸から下りる小谷に大岩が見える。四艘船岩である。
近付くと、一番奥は見えにくいが四つの巨石が並んで見える。一つ目と二つ目の岩の間に入ると、一番奥までよく見える。四つのラグビーボール形状の巨石が、仲良く四つ並んでいる。
オオバギボウシ |
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クサアジサイ |
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2005年10月9日の名札 1169ピーク |
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四艘岩の左に下りる小谷を通り抜けて、上部の植林地に立った。ここからは四つ目と三つ目の岩しか見えない。植林地の小谷から小尾根に出て、30分ほどで1169ピークの三坂山に上がった。
山頂に「二艘四艘」と記した益田やまぼけ会の古い板の名札が取り付けてある。山頂の東西に巨石を持つこの山は「二艘四艘山」とでも呼ぶ方がふさわしいのかもしれない。
山頂から植林地を西へ下る。15分ほどで、ちょうど二艘船岩のところに下りた。巨石の北側からみると、四艘船岩と同じラグビーボール形状になっている。巨石の左側を通り、南側に出た。こちら側からは、二つ並んだ巨石が見える。
ニソウ谷水源の林道に上がり、二艘船岩を一回りしてみた。二艘船岩の西側にも巨石が二つあり、四つの大岩が並んでいることになる。
水源の林道を南へ進む。二艘船岩から50mほど上流にラグビーボール状の巨石が二つある。手前の大岩は樹林に覆われて分かりにくい。三坂山周辺のラグビーボール形状の大岩の多いところである。
林道の鞍部を越えて、釣橋林道に出る。真っ直ぐ南に下れば三坂八郎林道に出る。東側の山に入る林道を進む。シマヘビが足元で動かない。植林されたスギの中に、古いスギの大木が残っている。10分ほどで林道から山道に入る。
植林地の山を進み、釣橋林道に出てから30分ほどで千両山。山頂付近に大きいブナがある。千両山から東の尾根を下る。全山植林地の山である。ところどころブナが残っている。山頂から1時間ほどでナメラ谷林道に下りた。
アケボノソウ |
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キバナアキギリ |
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ナメラ谷林道は薮と化している。ナメラ谷に下りて一休みした。植林地下の水は冷たく旨かった。谷にキバナアキギリが咲いていた。ナメラ谷右岸を谷沿いに下った。巨木が谷と林道の間の斜面を塞いでいた。「おばけ杉」である。
『山毛欅の森の詩』の西村保夫氏のブログによると、幹周り約10m、樹齢560年という。下流からみると二股になっている。根元に太い幹が転がっていたので、元は三股だったか。
オバケ杉のところから薮の林道を下る。閉じられた門を通り、タジマ谷林道に出て、まもなく三坂八郎林道。30分ほどで八郎橋、そこからほどなく出発点に帰着。ちょうど、ダンプカーが十方林道に入って行く所だった。
ママコナ |
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シシウド |
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モミジガサ |
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テンニンソウ |
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ニシノヤマタイミンガサ |
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ミヤマシグレ |
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ヒカゲミツバ |
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ウバユリ |
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■地名考
「西中国山地」の地図には、三坂山は載っていない。1169ピークとして出てくるだけだ。
「ミサカ谷は島根県の笹山へ流出している長い谷の名であり、ミサカ山はその水源の山々の意と思われる。それにしても島根県側の呼称が県境主稜を越えて広島県内の山に付けられていることの不自然さを感じる」(「西中国山地」桑原良敏)。
「二艘船岩」「四艘船岩」は『芸藩通史』(1825年)吉和村三浦一之介家所蔵『吉和村絵図』(江戸末期)に記されている。吉和村では、その名はよく知られているが、実際に見た人は少ない。いずれも1169メートル独標峯の頂上直下の凹地に、ラグビーボール形の同じ大きさの巨岩(長さ5メートル)が二つ、四つと並んでいる。二艘船岩は広葉樹林の中にあって、岩上に木が生えているが、四艘船岩は皆伐された小谷にあり、岩上に生えていた木も切られていて痛ましい。吉和村にはこの船岩について「出船入船」の伝承が残っている」(「西中国山地」)
大神ヶ岳入口の鳥居 |
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大神ヶ岳直下の祠
山葵天狗社(やまあおいてんぐしゃ) |
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三坂山西の大神ヶ岳入口の鳥居に「三坂大明神 大神ヶ嶽 山葵天狗社」と記されている。
山葵天狗社は「ワサビ」と呼ばず、「ヤマアオイテングシャ」と呼ぶ。
「山葵天狗社は昭和57年12月、中腹の岩場のくぼみに建立された。豊作を祈るワサビ神社が建立されたのは全国でも初めてである。据えられたほこらにはこの山に伝わる天狗と天狗のうちわを刻んだ御神体が収められている。毎年6月の第一日曜日、ワサビ栽培者や町外からの登山者も参拝して、例祭が賑やかに行われている」(『匹見町誌』)。
「三葛地区に岩頭で聳え立つ標高千百七十メートルの大神ヶ嶽という山がある。天狗が棲んでいたとか、三坂大明神という女神が祀られているので、女性が登ると焼きもちをやかれて荒天となるので、仏ヶ原という所からは入山することができなかったといった口伝がある…女人禁制といった中世の修験道の関与がみられるものの、山神に通じる女神としていることをみると、古い山岳信仰を引きずっているものと思われる」(『匹見町誌・遺跡編』)。
ミサカ谷は県境の西側、島根県にある。三坂山は県境の東側、広島県にある。島根県側の大神ヶ岳入口には、三坂大明神が祭られていることから、「ミサカ」の名はかなり古くから呼ばれていたと思われる。
■三坂山(ミサカヤマ)
三坂山周辺は、二艘船岩、四艘船岩などのラグビーボール形状の巨石の多いところである。三坂山に北に一艘、二艘船岩の南側にも二つのラグビーボール状の巨石がある。「西中国山地」にある四艘船岩の写真をみると、四艘船岩の左側の山の斜面に、大岩が散在しているのが見える。巨石をたくさん出す山であったと思われる。
西中国山地に樋佐毛山(ヒサゲヤマ)がある。波佐のトツサゲに一艘船・二艘船・三艘船という家号の家がある。
カシミール3Dデータ
総沿面距離10.4km
標高差374m
区間沿面距離
大向長者原林道終点
↓ 3.6km
ヨソウ谷林道終点
↓ 1.1km
三坂山
↓ 1.5km
千両山
↓ 2.2km
三坂八郎林道
↓ 2.0km
大向長者原林道終点
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