山歩き

ヘイケ谷…源流碑…冠山…クルソン岩
2011/10/2

上頓原…タキガ谷…ヘイケ谷…995P…フカ谷…源流碑…冠山…クルソン岩…チャウズ谷…ウシオ谷…上頓原

■冠山(カムリヤマ・コウソンカムリ)1339m:広島県佐伯郡吉和村字吉和西(点の記) (廿日市市)

吉和川左岸 上頓原
清水原橋と幟町村バス停
タキガ谷左岸の釣堀
左岸の車道の奥は別荘地
車道から高速道の下に出た
高速道下の釜
岩の谷を進む
左岸の山道
ヘイケ谷分岐のカツラ
ヘイケ谷のワサビ
林道上部のスギ林のヘイケ谷
ワサビ田跡の石積み
左岸の尾根の岩から水が湧き出る
995Pへ上る道 上で終点
フカ谷水源に入る林道
岩壁が続く
水路になった林道
岩の谷を登る
岩の谷が続く
フカ谷水源
源流碑
冠山展望地
登山道のブナ
クルソン岩
ゴーロの谷を下る
下流の小滝
チャウズ谷から登山道の橋に出た
6:00 上頓原 曇り 気温10度
 
ツリフネソウ

6:20 タキガ谷
     (清水原川)
7:25 ヘイケ谷
8:45 林道
8:50 995P 
9:45 フカ谷
10:35 源流碑 
11:00 冠山
11:55 クルソン岩
12:00 ローソク岩
13:10 チャウズ谷入口
13:30 登山口
14:15 上頓原


 上頓原を出発。吉和川左岸にビニールハウスが続く。20分ほどでタキガ谷の清水原橋に出た。タキガ谷は清水原川と呼ぶようだ。橋の横に幟町村のバス停がある。タキガ谷の左岸に釣堀の池があり、立ち入り禁止となっている。左岸の車道を進むと別荘があり、幟町村と呼んでいる。

 車道から高速道の下に出た。アキノキリンソウ、アキチョウジが咲く。高速道下のタキガ谷へ下りた。小さい釜を越えて進むと、岩の谷が続き、アオサギが飛び立つ。大きいカツラ、ケヤキ、トチがある。左岸に山道があった。山道に水を汲むホースがあり、谷へ下りていた。

キバナアキギリ
サラシナショウマ

 渕のあるヘイケ谷の分岐出た。分岐は平坦地で、そこに大きい株立ちのカツラが二本あった。ここまでタキガ谷に滝は無かった。ヘイケ谷は水流に少ない薮の小谷であった。左岸にスギ林がある。谷にワサビの葉が残っていた。

 薮を抜けて林道に出た。林道から上のヘイケ谷は大きいスギ林の中にあり、薮は無い。点々のワサビ田の石積みが残っているが、ワサビの葉は一本も無かった。左岸の尾根から水が湧き出る所があった。イノシシの掘り返した跡がある。最上部のワサビ田の石積みは、涸れ谷となっている。スギ林を抜けて舗装された林道に出た。

 舗装された林道は東のアンテナ塔へ上がり、土の林道が西へ延びている。アンテナ塔まで上がったが展望は無く、すぐに引き返した。土の林道に入ると頓原雨量観測局がある。前方に寺床へ上る尾根が見える。林道の開けた所から、冠山から鬼ヶ城山へ続く尾根が見え、その先に羅漢山が見える。

モミジガサ
ウスゲタマブキ

 薮の林道を進む。キバナアキギリ、サラシナショウマが咲いていた。岩壁や薮が続く。フカ谷に近づくと小谷の所で林道が崩壊していた。そこから林道が深く抉れて川になっていた。林道をフカ谷の水源まで進むと原因が分かった。フカ谷は林道にせき止められて、林道に沿って川となり、東側の小谷で林道が崩れて落ちていた。

 林道からフカ谷水源の岩の谷を登る。岩壁を越えると緩やかな水源の谷に入る。ハイイヌガヤが茶色の実を付ける。谷が消えると、すぐに源流碑に出た。林道から1時間ほどであった。登山道を進み30分ほどで冠山に着いた。展望地から見る山々は雲が掛かり見通しが悪い。右手に吉和の里、正面に坊主山が見える程度で遠くは霞んでいた。

ミヤマハハソ
ムラサキシキブ

 登山道のブナ林を東へ下る。大きいブナの下のコマユミとフウリンウメモドキの赤い実が鮮やかであった。茶色のヤマアカガエルが跳ねる。クルソン谷分岐から登りに入る。ヤマボウシ、キハダが実を付ける。クルソン岩から左に回ってローソク岩に登った。

 クルソン岩の先の冠山の右手に広高山の頭が覗く。雲が晴れて恐羅漢山や十方山が見えた。南側への大展望が広がる。ローソク岩からチャウズ谷へ下った。植林地の谷を下る。ワサビ田の石積があるが、葉は残っていない。小滝を下り、ウシオ谷登山道の木橋に出た。

 国道に出て頓原に入ると、水田は黄色に染まり、稲は穂を下げる。ヒガンバナの赤が鮮やかであった。

ジンジソウ
サワダツ
ハイイヌガヤ
コマユミ
フウリンウメモドキ
ヤマボウシ
キハダ
アオハダ
オオバショウマ
テンニンソウ
ガマズミ
イヌザンショウ
ツチアケビ
アキチョウジ
頓原の水田



地名考

 日本の縄文語(日本列島共通語)を受け継いだのは、アイヌ語系民族であった。

 アイヌ語によって西日本の古い地名が合理的に説明できることは、その一つの証でもある。

 西中国山地にアイヌ語地名が存在することは、その地名は縄文時代から呼ばれていた可能性のある地名と考えられ、その地名の周辺に縄文遺跡が存在することを予見している。


 タキガ谷は、川口からヘイケ谷の分岐まで滝や懸崖は無い。タキガ谷の最上部の中の谷、長平谷の落口に滝がある。ヘイケ谷は水量が少ない小谷であり、懸崖や大岩なども無い特徴の無い谷であった。ヘイケ谷には「平家城」の地名があるが、城跡の遺跡は残っていない。

 タキガ谷の入口の東側には頓原遺跡があり、冠山安山岩を利用した石器製作場であったと考えられている。周辺には焼山縄文遺跡がある。

 頓原は、黄色土壌・強粘質の土壌(Ebe)=排水不良地で、縄文期に沼のような地形であったと考えられる。

 to-un-hara
 トンハラ
 沼・の・丘


 『吉和村御建野山腰林帳』(1725年)に「高そん加むり山、この山の内。来留尊佛と申石御座候」と記されている(『西中国山地』)。

 「高そん加むり山」は「コウソンカムリ」と呼ぶのであろう。「後冠」も「ウシロカムリ」と呼ぶ。

 冠山は、現在「カンムリヤマ」と呼んでいるが、元々は「コウソンカムリヤマ」「カムリヤマ」と呼ばれていたと思われる。

 西中国山地の地形方言に「ゴーロ」「ゴウロ」「ゴロウ」「ゴウラ」がある。「石原」「石がごろごろしている所」の意である。

 以下のようなアイヌ語地名がある。

 ukaw-ur
 ウカウ・ウル
 重なる岩の・丘

 「ウカウウル」は続けて読めば「カウル」と読む。西中国山地地形方言の「ゴウロ」は「カウル」の転訛と考えられ、意味は同じである。

 積雪期に冠山を北側から眺めると、大岩の重なる懸崖であることが分かる。「コウソンカムリヤマ」はアイヌ語、あるいは縄文語で次のように表現できる。

 ukaw-sonno-kamu-ri-yama
 ウカウ・ソンノ・カム・リ・ヤマ(カウソンカムリヤマ)
 重なる岩が・本当に・被さる・高い・山

 usiro-kamu-ri-yama
 ウシロ・カム・リ・ヤマ(ウシロカムリヤマ)
 後に・被さる・高い・山


 「来留尊佛」「来留尊岩」は「クルソン」と呼ぶ。

 kur-sonno-iwa
 クル・ソンノ・イワ
 神の・本当の・岩

 kur-sonno-hotoke-iwa
 クル・ソンノ・ホトケ・イワ
 神の・本当の・横たわる・岩
 

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カシミール3Dデータ

マムシグサ

総沿面距離14.7km
標高差716m

区間沿面距離
上頓原
↓ 5.7km
フカ谷
↓ 1.9km
冠山
↓ 4.5km
登山口
↓ 2.6km
上頓原
 

 


フカ谷へ入る林道から鬼ヶ城山を望む
女鹿平山と吉和の里  冠山から
クルソン岩と冠山
冠山と広高山
恐羅漢山と十方山
登路(薄茶は900m超 茶は1000m超)  「カシミール3D」+「国土地理院『ウォッちず』12500」より