山歩き

立野…イカダ滝…沼長トロ山…ヒノ谷
2010/12/5

タチノ…下山林道…クロダキ谷…イカダ滝…856P…1023P…A峯…沼長トロ山…角兵衛の墓…銅山林道…ヒノ谷…立野

■沼長トロ山(ヌマナガトロヤマ)1014.4m:広島県佐伯郡吉和村字吉和 (廿日市市)

立野キャンプ場
細見谷橋
アマゴ養殖場
テンガタキ
1023P
クロダキ谷へ下りる地点
クロダキ谷
林の間から見えるイカダ滝
イカダ滝下流
イカダ滝下流
イカダ滝 2004/5/22
上から見たイカダ滝上流
急登の尾根
立岩山と小室井山
黒ダキ山
二の谷水源のトチの木
ブナの尾根を登る
1023P
冠山
沼長トロ山
角兵衛の墓
アオザサ谷落口
7:15 立野 晴れ 気温−1度
 

8:10 黒ダキ山登山口
9:10 イカダ滝
11:25 1023P
11:35 展望岩
12:05 A峯
12:40 沼長トロ山
13:20 角兵衛の墓
14:35 アオザサ谷落口
15:35 林道終点
16:00 立野(タチノ)


 立野キャンプ場を出発。細見谷橋を渡り左手のアマゴ養殖場を見ながら、すっかり葉を落とした下山林道を進む。所々、枝にビール缶がぶら下がっているのは釣り人の目印である。二つ目のカーブミラーは一の谷への下り口。タヌキが小谷を登って行く。谷が深く入り込むとテンガタキの谷で大きいトチの木がある。朝陽に照らされた女鹿平山が見える。そこから間もなく黒ダキ山登山口、入口にツガの木がある。

 林の間から1023ピークが見える。林道が右へ曲がるところに目印があり、林道下に大岩がある。下山林道はクロダキ谷に入った所で終点である。30年前、自然保護団体の反対で林道工事は中止となった。大岩からクロダキ谷へ下りる。ゴーロを通って谷を渡り小尾根の踏み跡を登ると、黒ダキ山からクロダキ谷右岸に下りる尾根に出る。そこからホトケ谷へのトラバース道がある。

アカマツの爪痕と食痕

 黒ダキ山から下りる尾根にアカマツの食痕がある。クマの爪痕があり、長年の間クマが利用しているようだ。尾根を少し下りイカダ滝の下流に向かって下降する。釣り人の目印が僅かに残っている。林の間からイカダ滝が見える。イカダ滝下流の岩場に下り、上流の渡渉地点まで10mほど左岸を進み、谷が狭まった所で右岸に渡る。そこからイカダ滝の見える所まで進もうとしたが、水が深くて進めず、右岸を下って崖を登る。

 右岸のイカダ滝上の小尾根の末端部に出る。そこからホトケ谷落口付近に下りる山道がある。急な尾根を登る。尾根筋に大きいツガやスギがある。10分ほど急登がつづくが、やがて緩やかな尾根に変わる。振り返ると黒ダキ山が見える。ブナとアセビの尾根を登る。小室井山、日の平山、立岩山が見えてくる。西側の細見谷の先に五里山の峯が見える。1時間ほどで856ピークに出た。朱色の実を付けたヤドリギが多い。この辺りのユズリハは腰の高さしかなく、周辺に高いユズリハが無いのでエゾユズリハであるようだ。西中国山地の県境尾根にエゾユズリハが分布する。

ヤドリギ

 西に続く尾根の南側に二の谷の水源が上がる。水源の平坦地にトチの大木が見える。尾根にアカマツが一本入り込んでいた。五里山を右手に見ながら、尾根は二の谷水源を回りこみ1023ピークに向かって登る。イカダ滝から2時間余りで岩の1023ピークに出た。岩場を西へ進む。南側に冠山が見える。展望地に出ると十方山から恐羅漢山、五里山への展望がある。

 尾根をさらに西へ進む。植林地を通り30分ほどでA峯。ブナの木にクマ棚があった。幹に新しい爪痕があった。幹の下には枝が散乱していた。A峯端の展望岩に出ると五里山が間近に見える。A峯から南へ進み、沼長トロ山の周回路に入る。山道のすぐ下を林道が通る。30分ほどで沼長トロ山。植林地の中で展望は無い。

腰の高さのユズリハ=エゾユズリハ
銅山林道入口のプレート

 山頂から南西尾根の植林地の登山道を下る。15分ほどで登山口の林道に出た。ヒノ谷水源のスギ林の林道を進み、途中から大向林道の車道に出た。角兵衛の墓に寄り、引き返して銅山林道を下る。沼ノ原分岐を過ぎて少し下ると林道終点。そこから伐採された山道が続いていた。明瞭な山道があるのはカワゴエ谷から15分ほど進んだ小谷の辺りまでで、そこからは飛び飛びに山道がある。

 しばらく谷の右岸左岸を渡りながら進んだ。谷に大きいヤマメが走る。林道終点から1時間ほどでアオザサ谷の落口に出た。ここから左岸の植林地に道があり、途中から切り開き道がある。切り開きの道を進むと「公社造林」の看板の所に出た。そこから谷沿いのササ道を進むと左岸に山道が続く。下に滝が見えるころには、山道は高い所を通るようになる。前方が開けると谷の出口である。山道はスギの植林地を下り、吉和川沿いの林道終点に出る。

ソヨゴ
ミヤマシキミ
実が残るブナ
ブナのクマ棚 A峯
クマの爪痕 A峯のブナ


地名考

 日本の縄文語(日本列島共通語)を受け継いだのは、アイヌ語系民族であった。

 アイヌ語によって西日本の古い地名が合理的に説明できることは、その一つの証でもある。

 西中国山地にアイヌ語地名が存在することは、その地名は縄文時代から呼ばれていた可能性のある地名と思われ、またアイヌ語地名が存在することは、その地名の周辺に縄文遺跡が存在することを予見している。


●立野(タチノ)
 tat-us-nay
 タッ・ウシ・ナイ
 樺皮・群生する・川(ヤマザクラ・ミズメなど)

 ta-shi-na の転訛。

●細見谷(ホソミダニ)
 po-so-pet
 ポ・ソ・ペッ
 小・滝・川

 po-so-pe の転訛。

 細見谷の滝はオオリュウズとイカダ滝の二つで、ほかには名の無い小滝が多い。

 アイヌ語地名
 po-nup-nay ポヌプナイ 小・野・川
 po-pet ポペッ 小・川

●イカダ滝(イカダダキ)
 ika-us-tattarke-i
 イカ・ウシ・タッタルケ・イ
 越える・いつも越える・たぎつせの・所

 ika-tatak-i の転訛。

 イカダ滝はここにイカダを浮かべて滝を越えたことからその名がある(「西中国山地」)。イカダの呼び名が縄文期からであれば上記のように考えられる。

 戸河内の民話に「光石」(ヒカルイシ)がある。立岩ダムの押ヶ垰に残る昔話である。

 「昔、押ヶ峠(おしがとう)の集落が谷底にあったころ、作兵衛さんが牛に犂(すき)をひかせて耕していると、カチンと音がして急に牛が立ち止まりました。犂先のあたりの黒土から、金色の光が射し出ています。掘り出してみると、握りこぶしほどの金色に光る石です。

 作兵衛さんは、まぶしく輝く光に目をパチパチさせながら眺め入っていましたが、これは珍しいものを拾った、持って帰って家の宝にしようと、そっと自分の懐に忍ばせました。

 うれしさに踊る胸をおさえ、知らぬ顔をして牛を使っていますと、急に空が曇り、黒雲が寄ってきました。やがて、その黒雲の間からまばゆい光がさし、どこからともなく厳かな楽の音が鳴り響いてきました。

 そうして紫の雲に乗り、白髪白衣の神様が降りてきて、かたわらの畦(あぜ)の上に立ち、射抜くような鋭い目で、作兵衛さんの胸を見つめておられます。恐ろしくなった作兵衛さんは、懐からそっと光る石を取り出して、かたわらの大岩の上に置きました。神様は大きくうなずき、にっこり笑って、再び響いてくる音楽とともにもとの雲に乗り移り、しずしずと昇って行かれました。作兵衛さんは、さっそく村の人々と相談して、りっぱなお社を建てて、この不思議な光る石をおまつりしました。これが押ヶ峠の社の始めだそうです。

 集落が上の段丘に移るにつれ、社も今の所に移されました。押ヶ峠断層のあたりは、昔もいろいろな鉱石が出たところなのです」(『とごうちの民話』打梨・今田文太郎)。

 「ヒカルイシ」が縄文期からの呼び名であれば次のように考えられる。

 ika-ru-us-i
 イカ・ル・ウシ・イ
 越える・道・ある・所

 ika-ru-ishi の転訛。

 押ヶ垰は峠越えの道である。この辺りは昔「イカルウシ」と呼ばれていたのではないだろうか。

 アイヌ語地名に「イカルウシ」がある。「山越えの所」の意で、現在「碇」(イカリ)の地名として残っている。

●沼長トロ山(ヌマナガトロヤマ) 
 num-an-nupka-utur
 ヌム・アン・ヌプカ・ウトロ
 木の実・ある・野原・の間

 num-a-nuka-toro

 アイヌ語地名
 ni-an-pet ニアンペッ 樹木・ある・川
 nu-an-nay ヌアンナイ 漁の・ある・川
 tak-an-pet タカンペツ ゴロタ石・ある・川
 nup-utur ヌプトゥル 野・の間

●沼ノ原(ヌマノハラ)
 num-an-nupuri
 ヌム・アン・ヌプリ
 木の実・ある・山

 num-a-nuhuri の転訛。

 沼長トロ山の南側は黒ボク土で縄文期にススキ草原が広がっていたと考えられる。沼長トロ山は「ススキ草原の間にある山」である。縄文期の周辺植生はブナ−ミズナラ群落、クリ−ミズナラ群落であったと考えられ、木の実の多い所であった。

●ヒノ谷
 pi-nay
 ピ・ナイ
 細く深い谷・川

 pi-na の転訛。

 谷の入口は深い渓谷となっている。

●オセキガ峠(セキガ峠・お関の墓)
 sep-ki-ke-taor
 セプ・キ・ケ・タオル
 広い・ススキ原・の所の・高所

●セキヤ谷(セキヨ谷・関代)
 sep-ki-an-pet
 セプ・キ・アン・ペッ
 広い・ススキ原・ある・川(セキヤ谷)

 sep-ki-o-pet
 セプ・キ・アン・ペッ
 広い・ススキ・群生する・川(セキヨ谷)

 se-ki-a の転訛。
 se-ki-o の転訛。

 セキガ峠にお関の墓があり、「関代」の悲恋物語から名付けられた地名とされているが、セキヤ谷が縄文期からの呼び名であれば次のように考えられる。

 セキヤ谷は黒ボク土の中を流れる川である。縄文時代、セキヤ谷は広いススキ草原を流れる川であったと考えられる。

●長者原(チョウジャバラ)
 so-cha-us-hur
 チョウ・チャ・ウシ・フル
 一面・柴(ススキ)・群生する・丘(黒ボク土)

 セキヤ谷の入口付近を長者原と呼ぶ。現在ここはススキ原である。

 アイヌ語「チャ」は「柴」「細枝」などの意がある。日本列島の南北の端にアイヌ語によって解釈できる地名が多い。「琉球地名中、アイヌ語を以て其釈義に擬し得べきもの他に類例多し」(『地名辞書琉球』)とある。沖縄の方言に以下がある。

 グチ(茎、草・野菜などの茎)
 グシチ・グシチャー(ススキ)

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カシミール3Dデータ

総沿面距離16.7km
標高差491m

区間沿面距離
立野
↓ 4.2km
イカダ滝
↓ 4.5km
沼長トロ山
↓ 1.5km
角兵衛の墓
↓ 6.5km
立野
  

 
 
 
カシミール3D+国土交通省土壌図
Ysi-1(黒ボク土=赤茶)
第2回植生調査植生図(昭和54年)+カシミール3D
1:クロモジ−ブナ群集 3:ブナ−ミズナラ群落 4:クリ−ミズナラ群落 
17:コナラ群落 24:スギ・ヒノキ植林地 8:タラノキ−クマイチゴ群落
 
展望岩から
 京ツカ山                      旧羅漢・恐羅漢山                     十方山
                                                                 黒ダキ山
展望岩から
      五里山              1064P             1158P                京ツカ山
登路(薄茶は900m超 茶は1000m超)  「カシミール3D」+「国土地理院『ウォッちず』12500」より