山歩き

大神ヶ岳…立岩山…シシガクチ…イシノコヤ
2010/4/11

南登山口…大神ヶ岳…立岩…立岩山(赤谷山)…シシガクチ…シミズ谷…イシノコヤ…登山道…南登山口

■大神ヶ岳(ダイジンガタキ)1170m:島根県美濃郡匹見町 (益田市)
■立岩山(タテイワヤマ)1181m:島根県美濃郡匹見町大字匹見赤谷字赤谷 (益田市)

登山口
潜り岩
懸崖下の山葵天狗社(やまあおいてんぐしゃ)
大神ヶ岳
立岩
立岩山
伐採地
シシガクチ
間伐材で埋まる谷
林道終点付近
林道終点のヤマザクラ
イシノコヤ
最後の崖を越えると水源
水源を進む
11:30 南登山口 小雨 気温16度
 
エンレイソウ

12:05 大神ヶ岳
12:35 1170P
12:55 立岩山
13:45 シシガクチ
15:15 イシノコヤ
17:30 登山道
17:50 南登山口   


 小雨の中を出発。入口の鳥居に「三坂大明神 大神ヶ嶽 山葵天狗社」と記されている。

 山葵天狗社は「ワサビ」と呼ばず、「ヤマアオイテングシャ」と呼ぶ。

 「山葵天狗社は昭和57年12月、中腹の岩場のくぼみに建立された。豊作を祈るワサビ神社が建立されたのは全国でも初めてである。据えられたほこらにはこの山に伝わる天狗と天狗のうちわを刻んだ御神体が収められている。毎年6月の第一日曜日、ワサビ栽培者や町外からの登山者も参拝して、例祭が賑やかに行われている」(『匹見町誌』)。

 スギ林を登りアーチ橋を渡る。平岩、潜り岩を通り、懸崖下の山葵天狗社の祠に出る。そこから間もなく尾根の登山道である。大神ヶ岳はガスで視界が利かない。小雨の尾根を進み1170ピークに立ったが、見えるのはガスばかり。そこからほどなく、ガスの中から立岩が現れた。近くにアセビが咲いていた。

アセビ

 急坂を登り立岩の上に立った。そこからすぐ先が三角点のある立岩山である。赤谷水源の山なので赤谷山とも呼ぶ。登山道はここまでで、西のササ薮を進む。尾根上には所々大岩がある。南側に長い伐採地が続き、ガスがなければ展望の良いところである。長い岩崖が現れると、そこをシシガクチと呼ぶ。北側の崖下を通る。崖を抜けると1091ピークである。

 1091ピークから北のシミズ谷へ下った。スギ林を下っていくと間伐された木が谷や斜面を覆っていた。倒木帯を抜けると左岸に山道があった。ゼンマイが芽を出している。シシガクチから1時間ほどで林道終点に出た。広い平坦地に大きいヤマザクラの花が咲いていた。林道終点付近がイシノコヤの落口であった。

 イシノコヤを進むと左岸に山道があった。左岸、右岸から小滝が落ちている。シミズ谷と比べてイシノコヤの谷は急である。岩崖の谷を登り水源に出た。エンレイソウが咲き始めていた。イシノコヤ入口から2時間ほどで登山道にでた。20分ほどで登山口に帰着。

キケマン


地名考

 日本の縄文語(日本列島共通語)を受け継いだのは、アイヌ語系民族であった。

 アイヌ語によって西日本の古い地名が合理的に説明できることは、その一つの証でもある。

 西中国山地にアイヌ語地名が存在することは、その地名は縄文時代から呼ばれていた可能性のある地名と思われ、またアイヌ語地名が存在することは、その地名の周辺に縄文遺跡が存在することを予見している。


 「大神ヶ岳は昔から有名な山であったようだ。『石見八重葎』(1816年)に”大神ヶ嶽”とあるのが初見と思われる。三葛を始めとして、紙祖川や広見川流域の村里では、よく知られている山である」(「西中国山地」桑原良敏)。

 大神ヶ岳、赤谷山周辺は明治期、スギの山であった。

 「明治十三年九月十六日、波田村の大谷直太郎と宮川平九郎ら二人は、長州萩後藤小三郎の斡旋役となり、赤谷山(横二里・縦一里半)の杉の木凡そ二万本の内、一万六千本を除き、凡そ四尺廻り以上のもの四千本を六百七十円で悉売却、明治二十七年十一月まで十二カ年間の期限で伐採を約束した。これが当町における森林の処女伐採であった…
 明治二十八年赤谷山八瀬カ谷の杉を元共有総代劉謙龍の名で、大村喜八郎へ参十円で売却した…
 明治三十三年一月二十七日、赤谷山イ一九七五、山林反別三四九九町二段歩の内、明治十三年及び同十八年、売却以外の杉の木一切を、代金二千八百円で芸州佐伯郡四和村河本是一へ売却した」(『石見匹見町史』)。

 大神ヶ岳は山岳信仰の山であった。

 「三葛地区に岩頭で聳え立つ標高千百七十メートルの大神ヶ嶽という山がある。天狗が棲んでいたとか、三坂大明神という女神が祀られているので、女性が登ると焼きもちをやかれて荒天となるので、仏ヶ原という所からは入山することができなかったといった口伝がある…女人禁制といった中世の修験道の関与がみられるものの、山神に通じる女神としていることをみると、古い山岳信仰を引きずっているものと思われる」(『匹見町誌・遺跡編』)。


●大神ヶ岳(ダイジンガタキ) 
 tay-sin-kata-ki-us-i
 タイ・シン・カタ・キ・ウシ・イ
 森・山・の上の・ススキ・群生する・所
 (尾根が黒ボク土)

 tai-shin-kata-ki の転訛。

●大神ケエキ(ダイジンガエキ) 
 tay-sin-kes-ekimne 
 タイ・シン・ケシ・エキムネ 
 森・山・の末端の・山へ行く(沢)

 tai-shin-ke-eki の転訛。

 アイヌ語「エキムネ」は「山へ行く」の意のほかに「猟をする」「漁をする」などの意もある。「エキムネ」は山での猟・漁や採集などの意を含んでいると考えられる。

●イシノコヤ 
 ki-us-nupuri-ko-yan(-pet) 
 キ・ウシ・ヌプリ・コ・ヤン(・ペッ) 
 ススキ・群生する・山・へ向って・上がる・川
 (尾根が黒ボク土)

 ki-shi-nu-ko-ya の転訛。


 大神ヶ嶽は「ダイジンガダケ」と呼ばず、「ダイジンガタキ」と呼んでいる。元々「タイシンカタキ」と呼び、それに「大神ヶ嶽」の字を当てたと考えられる。

 大神ケエキ付近から東側は黒ボク土で縄文期、野焼きが行われ、尾根にかけてススキ原であったと考えられる。大神ヶエキの西側は森が広がっていた。

 山焼きの後にはまずワラビが生えてくる。

 「焼山の副産物として蕨やぜんまいがおびただしく生えたものであるが、近時焼山を行わないので生産量は減じた。蕨はそのまま乾したが、ぜんまいはあくがあって虫がつくので、一旦灰汁で煮た上乾かして貯蔵する。七村・矢尾・三葛・石谷等が名産で美味。両方とも煮〆にして常用する」

 「わらび掘りのあとへは、必ずシズラの苗を補植し、毎年山を焼くことが肝要であった。こうして漸く七〜八年を経過すると、再び掘り取ることが出来、放任して置くと十四〜五年も経過してやっと蕨が生えはびこるのである…

 わらびの根を掘るには一つの骨があった。大体わらびの根は地下一メートルの深部を這っているから、勢い深く掘り下げねばならぬ困難さがある。従って平面を掘るような無駄をしないで、傾斜面を選んで能率的に操作をはじめなければならない」(『石見匹見民俗』矢富熊一郎)。

 縄文時代、ワラビは重要な食料の一つであった。

 「縄文時代に食糧化されたと推定される野生根茎類にはカラスウリ・キカラスウリ・クズ・ヤマノイモ・ワラビの5種類がある…デンプンをとりだすことによって長期間保存が可能である…これらのなかで食糧として生産性の高い根茎類はクズとワラビであると考えられる(『縄文時代における野生根茎類食糧化の基礎的研究』山本直人)。

 ワラビを掘るには掘る道具が必要だが、それが打製石斧である。

 「上ノ原遺跡で顕著なもう一つの型式は打製石斧である。上ノ原遺跡の打製石斧は、薄手であり分厚くない。打製石斧は、ジネンジョなどの根茎類を採掘する掘り棒の先に付けた刃先なのか、落とし穴猟掘削具なのかよくわからないが、一般には掘り棒としての用途が想定されており、縄文早期の生業にかかわる遺物である」(『島根県匹見町上ノ原遺跡の発掘調査』匹見町教育委員会)。

 西中国山地の黒ボク土は尾根上に多い。大神ヶ岳から五里山の尾根に黒ボク土が広がっている。縄文期のワラビの根掘りは、掘りやすい山の斜面で行っていたと考えられる。縄文土器にワラビ文があり、ワラビを掘るトンガと似た打製石斧が出土していることは、縄文時代、ワラビは匹見地域において重要な食料の一つであったと考えられる。

大神ヶ岳周辺の黒ボク土(緑)
カシミール3D+国土交通省土壌図GIS

●シシガクチ(1091ピーク東)
 shushu-ke-kuchi 
 シュシュ・ケ・クチ 
 ヤナギの木・の所の・その崖

 シシガクチ付近は岩崖となっている。近辺に「ススガタキ」の地名がある。アイヌ語では「シュシュ」「スス」はヤナギのことである。縄文期、ヤナギの多いところであったと考えられる。

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カシミール3Dデータ

キブシ

総沿面距離9.3km
標高差548m

区間沿面距離
南登山口
↓ 2.4km
立岩山
↓ 1.0km
シシガクチ
↓ 2.4km
イシノコヤ
↓ 3.5km
南登山口
  

 
 
阿高式土器の蕨文(縄文中期)
 (『石ヶ坪A遺跡』匹見町教育委員会より)
阿高式土器の蕨文の図面
写真は岐阜県大野郡高根村日和田で使用されている採取用具
 
トンガ 全長35.5cm・刃部幅11.4cm・木柄長さ101.5cm
 ミツグワ 全長39.5cm
図は長野県南安曇郡奈川村歴史民俗資料館のワラビ掘りの道具

(『縄文時代における野生根茎類食糧化の基礎的研究』から)
中ノ坪遺跡から出土した石斧(『中ノ坪遺跡』匹見町教育委員会)
2〜9は磨製石斧・10〜12は打製石斧
上ノ原遺跡打製石斧図面(『島根県匹見町上ノ原遺跡の発掘調査』匹見町教育委員会)
2〜6が打製石斧
匹見川水系縄文遺跡の石斧
大神ヶ岳登山口
登路(薄茶は900m超 茶は1000m超)  「カシミール3D」+「国土地理院『ウォッちず』12500」より