山歩き

宇佐…コヤノ谷ノ瀬戸…茅帽子山…カラスバ山
2009/11/28

宇佐…ウシロ谷…アベウシノ滝…コヤノ谷ノ瀬戸…橋…林道…右谷…茅帽子山…984P…カラスバ山…横吹山…石仏…宇佐

■茅帽子山(カヤボウシヤマ・右谷山)1233.9m:山口県岩国市大字宇佐字1449番地(点の記・点名:鳥庭)

林道から降りる山道
浦石川 ウシロ谷落口の下流側
ウシロ谷落口のすぐ上流から谷が狭くなる
ゴルジュの中から下流のウシロ谷側を見る
ゴルジュの最初の釜 右岸を巻く
ゴルジュの二つ目の釜
二つ目の釜を上流から見る
ゴルジュを進む
三つ目の釜 左岸を巻く
四つ目の釜 右岸を巻くと炭焼き跡がある
トチノキの下の炭焼き跡の石積
アベウシの滝
上から見たアベウシの滝
コヤノ谷ノ瀬戸
上から見たコヤノ谷ノ瀬戸
コヤノ谷ノ瀬戸上部
上流から見たコヤノ谷ノ瀬戸 
手前の真中の岩から下流の「背骨」に岩が続いていたと思われる
山道が橋からオソ越付近の林道に上がる
山道に石垣がある
右谷分岐
山頂直下のワサビ田付近
茅帽子山からブナの尾根を下る
石仏のある展望地
竜尾の滝
寂地川の一番下流にある滝 仮名「寂地滝」
6:55 宇佐駐車場 晴れ 気温4度
 
ヤブコウジ

7:50 ウシロ谷入口
9:20 アベウシの滝 
9:40 コヤノ谷ノ瀬戸
10:05 橋
10:25 林道
10:50 右谷入口
13:20 茅帽子山
14:15 カラスバ山
14:30 横吹山 
15:40 宇佐駐車場


 木目の滝に入る林道を進むと、峠口からほどなくウシロ谷の右岸に降りる山道がある。山道を降りると幾つか分岐があり、道はオソ越の南側へ向っている。山道の途中から雑木林の中をウシロ谷へ降りた。苔むした薮の多い谷を降りて浦石川に出た。

 下流側は平凡な谷だが、すぐ上流は崖が迫って細いゴルジュとなっている。谷を進むと右に折れ、折れた所が釜のある小滝。右岸を登って巻く。右岸はスギ林が谷へ降りており、そこから谷へ出た。細いジグザグのゴルジュと釜が続く。左岸を巻いて先に進む。

 次の釜は右岸を巻く。上がった所の大トチノキの下に炭焼跡の石積が残っていた。そのまま右岸を進むと前方に大滝が見えてきた。アベウシの滝である。右岸を回りこんで滝上に出た。アベウシの滝から上流は平凡な谷となる。左岸のスギ林を過ぎるとコヤノ谷の瀬戸と呼ぶ所に滝がある。

ヤブムラサキ

 右岸を巻いて滝上に出る。岩壁が迫る滝の上は谷床を背骨のように岩が盛り上がり10m余りの筋が続いて、水流を分けている。滝の落ち口の手前で「背骨」が欠けており、さらに上流には「背骨」部分が残っているので、欠ける前は30mほどの長さであったと思われる。

 滝上を進むとすぐに釜を持つ小滝がある。平凡な谷が続き鉄棒の残骸が落ちていた。小滝の左岸を通った先に青い橋が架かっていた。残骸はこの橋の片方の手すりであった。橋の両岸は植林地となっている。植林地の踏み跡を登ると石垣の道に変わる。林道が通る前の旧道のようだ。道はオソ越北の林道に出た。

 林道を進むと植林地の容谷山に最後の紅葉の帯が山頂に上がっていた。ヤブガ峠に上がる分岐点から右谷の林道を進んだ。谷筋に大きい石垣が組まれている。林道沿いはヤマハンノキ、オオバヤシャブシが多い。大きい堰堤のある谷の分岐に出た。林道は西へ上がっているが草が茂っている。

ベニバナボロギク

 谷を進んだ。ワサビ田の石積が残っていた。その先が林道終点。右岸に植林道がある。この谷にはワサビ田が続いていたようだ。薮となった谷を抜けると山頂直下に広いワサビ田跡が残っていた。右岸の植林地を登り山頂に出た。山頂は大勢の人で賑やかであった。

 南の尾根を下った。ブナのあるササの道が続く。植林地と広葉樹が二分する尾根に大きいアカマツがあった。カラスバ山を過ぎると横吹山である。山頂付近にあると言う「トギ石」を探してみたが見つからなかった。石仏まで下るとそこから竜ケタキを拝むことが出来る。

 竜尾の滝に寄り、寂地川を少し上がった。ヤケヤマ谷と寂地川の分岐点から100mほどの所に堰堤があり、さらに100m先に滝がある。高さ10mほどの斜滝である。そこから駐車場へ帰着。

カマツカ
コシアブラ
ムラサキシキブ


地名考

 日本の縄文語(日本列島共通語)を受け継いだのは、アイヌ語系民族であった。

 アイヌ語によって西日本の古い地名が合理的に説明できることは、その一つの証でもある。

 西中国山地にアイヌ語地名が存在することは、その地名は縄文時代から呼ばれていた可能性のある地名と思われ、またアイヌ語地名が存在することは、その地名の周辺に縄文遺跡が存在することを予見している。

●オソ越(オソゴエ)
 osor-kot-he
 オソル・コッ・ヘ
 オソルコツ川の・頭(ピーク)

●ウシロ川(浦石川)
 usyor-kot-an-nay
 ウショロ・コッ・アン・ナイ
 尻・跡・ある・川(オソルコツ・川)

 浦石川はウシロ川とも呼ぶ。浦石川から峠口に上がる谷はウシロ谷と言う(「西中国山地」桑原良敏)。川名は川の入口の地形によって決まる場合が多い。ウシロ谷の川口付近に「ウシロ」と呼ぶ地名の由来があると思われる。「ウシロ川」と「ウシロ谷」は由来が同じ地名であろう。

 浦石川の左岸の小ピークをオソ越と呼んでいる。オソ越付近の浦石川を「オソルコツ」と呼んでいたと思われる。オソ越は川名の転訛と思われる。

 「オソルコツ」と呼ぶアイヌ語地名の実際の呼び名は、「オショロコツ」「オショロコチ」「ウショロ」「オチョロ」など様々な音韻変化がある。「オソゴエ」「ウシロガワ」「ウシロタニ」の呼び名は、「オソルコツ」から派生したと思われる。

 osor-kot-he → oso-ko-he の転訛。
 osor → usor → usyor → usiro の転訛。


 「オソルコツ(オショルコツ) osor は『尻』、kot は『くぼみ』、尻餅をついた跡のくぼみの意。各地に Osorkochi(オソルコチ、オショルコチ)という地名があり、海岸の段丘を尻餅の跡の形にくりぬいたような窪地にその名がついている。またその前面には必ず Imanichi(イマニチ)という名の岩が見出される。

 それらには、たいてい昔人間の始祖である巨大な神様がクジラをヨモギの串にさして焼いているうちにその串が折れたのでびっくりして尻餅をついた跡のくぼみが『オソルコチ』(その尻餅の跡のくぼみ)で、その時の串が折れて岩に化したのが『イマニチ』(その魚焼串)だという伝説がついている」(『地名アイヌ語小辞典』知里真志保)。

Osor-kochi(シラオイ郡コジョーハマ)の見取図
『地名アイヌ語小辞典』から

 北海道紋別・西興部村忍路子(オショロッコ)に「オソロコツ・セトウシ」と呼ぶ地名がある。古い文献では「ヲシユルリヤツフ」「オシユルクシセトシ」「オシュクセトシ」「オシヨロケセトウシ」などの呼び名があり、川に山崩、露岩のある地形のようだ。

 「オソロコツ」と「セトウシ」がつながっている地名に興味あるのだが、はっきりとした解釈が出ていないようだ。

 北海道静内川に「オソロコツ・オマ・ナイ」がある。「オソロコツ・ある・河谷」と訳されている。川の合流点付近に「出刃包丁」の刀身のような形状の出崎(頁岩の岩盤)があるという。この出崎は「イマニチ」と思われる。

●コヤノ谷ノ瀬戸(オソ越の西)
 osor-kot-an-nay-tanne-nit-ne-set
 オソル・コッ・アン・ナイ・タンネ・ニッ・ネ・セト
 オソロコツ・川の・長い・串状・になっている・川床
 (imanichi=魚焼串 串状の岩)

 ko-an-na-ta-ni-ne-seto の転訛。

●ウシロ谷+アベウシの滝
 usyor-kot-apa-us-nay
 ウショロ・コッ・アパ・ウシ・ナイ
 オソルコツ川の・入口・にある・川

 apa-us → aba-usi → abe-usi の転訛。
 osor → usyor → usiro の転訛。

 ウシロ谷落口上流からコヤノ谷ノ瀬戸付近をオソロコツ川と呼んでいた

 浦石峡から峠口に上がる谷をウシロ谷と呼んでいる。ウシロ谷の川口の上流から細いゴルジュが続く。ウシロ谷落口上流からコヤノ谷ノ瀬戸付近を「オソルコツ川」と呼んでいたと思われる。

 「オソルコツ」(尻跡)とは細いゴルジュと釜が連続する谷のことである。釜が「尻跡」であり、ゴルジュが「串状のもの」と解したと思われる。ゴルジュは岩盤を貫く串である。縄文期、ゴルジュ帯はもっと細い谷であったと思われる。

 コヤノ谷ノ瀬戸は「串状の岩」が滝の上にあり、特別な名で呼ばれたのではないか。

 アイヌの伝説の「オソルコツ」の前には「イマニチ」(魚焼串)がある。コヤノ谷ノ瀬戸の滝上の谷底は水流を二分する、中央が盛り上がった背骨のような岩が続いているが、これが「イマニチ」(串岩)である。背骨部分の長さは古代には30mほどはあったと思われる。

 アイヌ語の「i-ma-nit」(イマニッ)は、「それを・焼く・串」の意で、「nit」は「串」「棒」「筋」などと訳されている。

 近辺では鬼ヶ城山北にある大岩は、「o-nit-us-ke-so」(オ・ニッ・ウシ・ケ・ショウ)は「そこに・串・付いている・所の・岩」の意で、岩の真ん中が串で刺したように空洞になっている。

 鬼ヶ城山南の鬼石山は山頂に筋の付いた岩が散在している。「o-nit-us-i」(オ・ニッ・ウシ・イ)「そこに・筋・付いている・もの(岩)」の意である。

 小室井山に鬼爪石がある。「o-nit-pe-us-i」(オ・ニッ・ペ・ウシ・イ」「そこに・筋状の・もの(岩)・ある・所」の意で岩に筋がたくさん付いている。

 聖山(比尻山)は三つ子岩とも言うが、「nit-kot-us-iwa」(ニッ・コッ・ウシ・イワ)「串・跡・付いている・岩」の意で、山頂の岩に十字の溝がある。「三武市」の伝説はこの岩に由来がある(「西中国山地」)。


 宇佐にやってきた縄文人は「リュウガタキ」を「陸の帆崖」と呼んだ。彼らは海の帆の存在を知っており、海からやって来た人々であったろう。アイヌの人々が考えていたオソルコツの伝説は縄文人が共有していた文化を受け継いだものであると考えられる。

 浦石川は下流から順番につぎのように呼ばれていたと思われる。

 カラスプチ川(カンスブチ)
 オソロコツ川(ウシロ川)
 オソコヤノタニノセト川(コヤノ谷ノ瀬戸)
 モコッメム川(木目の滝) 

●横吹山
 yoko-hunki
 ヨコ・フンキ
 獲物を狙う・小山

 yoko-hunki の転訛。

 あるいはオソロコツ・ウショロコツの転訛。

 osor-kot-hunki
 オソル・コッ・フンキ
 usyor-kot-hunki
 ウショロ・コッ・フンキ
 オソルコツ川の・小山(ウシロ川の小山)

 osor-kot → o-ko の転訛。
 usyor-kot → yor-ko の転訛。


 呼び名から当てはめればアイヌ語の「ヨコ・フンキ」であるが、周辺の山はすべて谷名が山名になっている。「オソルコツ」から転訛したとも思われる。

 「オコ」は「ヨコ」に聞こえる。
 「オソルコツ」「ウショロコツ」の呼び名から「ヨコ」が生まれた。小文字は閉音節。

 osor-kot → osr-kot → o-ko → yo-ko
 オソ   オソルッ     オコ    ヨコ

 usyor-kot → yor-kot → yo-ko
 ウシヨ   ヨッ      ヨコ

 osor-kot の閉音節「r」「t」が、縄文語から和語に引き継がれるときに省略された。「osor」が「r」に引かれて「osr」に変化し、閉音節として「sr」が呼ばれることがあったと仮定。

●宇佐(ウサ)
 u-san-pet
 ウ・サン・ペッ
 互いに・流れ下る・川(左右の滝から流れ下る川)

 u-san の転訛。

 宇佐八幡宮の入口にある由緒によると「宇佐」の郷名は1108年に豊前国宇佐八幡宮から賜ったものとされている。「ウサ」の呼び名が縄文期から続いていたとすると次のような推定が成り立つ。

 ヤケヤマ谷と寂地川の合流点から上流を、アイヌ語では二つの川とも「竜ケタキの上手にある川」の意と解される。合流点から下流に別の川名があったのではないか。

 縄文中期ごろよりこの辺りに人々が住み始め、その時から地名の成立があったとする。二つの川の合流点に滝があった。竜尾の滝は合流点から40mほどの所にある。寂地川の最下流の滝(仮に寂地滝とする)は同じく200mの所にある。二つの滝は5000年の間に合流点から現在地に後退した。下表のように竜尾滝は年0.8cm、寂地滝は年4cmほどの後退速度であったと計算できる。

 滝の後退速度は流域面積に比例し、滝の高さに反比例する。二つの滝は流域面積が1:1.9(下図)、高さが3:2である。したがって竜尾滝の後退距離は5000年で100mよりは小さかったと計算できる。

 滝の後退速度は岩盤の強度に反比例する。竜ケタキの下にある竜尾滝は寂地滝より岩盤の強度が大分大きいと推測される。竜尾滝の後退速度、年0.8cmは寂地滝の後退速度と比べて非合理的な数値ではないと思われる。

 以下のようなアイヌ語地名がある。

 ウ・オ・サン・ナイ 
 互いに・そこで・下る・川(左右に二つの川)

 ウ・サップ
 互いに・流れ出る(二つの川が並んで下る)

 「ウ・〜」で始まるアイヌ語地名は多い。

 「ウサ」は二つの滝から水流が流れ出る所であった。川の合流点にあった二つの滝は「ウサ」滝と呼ばれていたのかもしれない。

滝の後退速度(Web検索で判明したもの)

滝名 後退速度cm/年
華厳滝 日光
 高さ50m 幅100m
1.8cm
阿蘇カルデラ外周の滝 1〜7cm
鮎返ノ滝 阿蘇火山・立野峡谷
 高さ14.8m 幅27.6m
8.6cm
数鹿流ヶ滝 阿蘇火山・立野峡谷
 高さ26.7m 幅9.2m 
14.3cm
称名滝 富山県称名川(推定式)
 高さ350m 幅10〜15m
9〜15cm
称名滝 富山県称名川(経験式) 6.3cm
ナイアガラ滝
 アメリカ 高さ64m 幅305m
 カナダ 高さ54m 幅675m
120cm
(現在は流量調節され3cm)
5000年前に地名が成立と仮定 以下は推定
宇佐大滝 高さ28m 5000年前浦石川の川口にあったと仮定 4cm
カンス渕 高さ2m 1cm
竜尾の滝 高さ15m 2段 0.8cm
「寂地滝」 10m 斜滝 4cm
 

谷・川名は川の入口の地形で決まる場合が多い

谷・川名 入口の地名・地形
ウシロ川・オソルコツ川 コヤノ谷ノ瀬戸・オソ越
(滝つぼ・細いゴルジュ・筋ある川床)
オオ谷 柳瀬(オタ・河原)
ヤケヤマ谷 竜ケタキ
(ヤカヤマ・陸の帆)
チゲン谷 入口の滝
(チケウシ・我ら削る)
カンス渕 カラスプチ(廻る渦流の川口・かつて宇佐大滝があった)
寂地川(ジャクジガワ) 竜ケタキ(チャシクシ・立岩の向こう)
ミノコシ谷 メオト岩(ピノッ・石崎)
 

右谷山周辺の山名と山麓地名(谷名) 赤字は推定

山名 山麓地名または谷川名
オソ越(オソゴエ) ウシロ川(オソルコツ川)
横吹山(トギ石・909P) ウシロ川(オソルコツ川)
小五郎山 コゴロタ谷
宇佐の嶽(小五郎山) 宇佐川
大谷辻 オオ谷
十王山 十王谷
容谷山 容谷川
鉢の敷山(容谷山) ハチノシキエキ
鉢の浴山(容谷山) ハチノシキエキ
浦石山(容谷山) 浦石峡 or ハチノシキエキ
大道山(容谷山) 大道峡(浦石峡)
右谷山 右谷
茅帽子山(右谷山) ヤケヤマ谷(yakayapa谷)
カラス場山(右谷山) カンス渕川(カラスプチ川)
智元の丸子山(975P) チゲン谷・チゲンの丸子
智元の丸子山(右谷山) チゲン谷・チゲンの丸子
カラスバ山(983P) カンス渕川(カラスプチ川)
寂地山(ジャクジサン) 寂地川
ミノコシ山(1169P) ミノコシ谷
メオト岩(河津谷) メオト岩川
ガクガク山(1227P) ガクガク石(ガクガクウシ)
ヨケ岩(額々山・1279P) ヨケイワノエキ


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カシミールデータ

ツルリンドウ

総沿面距離15.9km
標高差824m

区間沿面距離
宇佐
↓ 2.1km
ウシロ谷入口
↓ 7.9km
茅帽子山
↓ 2.2km
カラスバ山
↓ 3.7km
宇佐
  

 
 
コヤノ谷ノ瀬戸
コヤノ谷ノ瀬戸上部 右下に見える孤立した岩が「背骨」の欠けた部分のようだ。
上流から見たコヤノ谷ノ瀬戸 「背骨」は古代にはさらに上流に続いていたと思われる。
林道から見た容谷山の紅葉
竜尾滝、「寂地滝」の流域面積(赤枠)の割合は2.7平方キロ:5.1平方キロ(約1:1.9)
登路(薄茶は900m超 茶は1000m超)  「カシミール3D」+「国土地理院『ウォッちず』12500」より