山歩き

ヤケヤマ谷…チゲン谷…茅帽子山…竜ケタキ
2009/11/15

宇佐…木馬トンネル…ヤケヤマ谷…チゲン谷…茅帽子山…ミノコシ峠…1196P…1076P…874P…672P…竜ケタキ…木馬トンネル…宇佐

■茅帽子山(カヤボウシヤマ・右谷山)1232.9m:山口県岩国市大字宇佐字1449番地(点の記)

竜ケタキの遊歩道を上がる
竜頭の滝
水車小屋跡
ヤケヤマ谷と智元の丸子山
チゲン谷入口の滝
チゲン谷入口の滝
チゲン谷の滝上部
チゲン谷の滝上部
岩盤の谷が続く
岩盤の谷
岩盤を落ちる小滝
智元の丸子山
谷の中央部付近の岩盤
分岐1付近
分岐2付近 左の谷へ
最後の岩盤の小水流 この上が水源
右谷山南尾根
寂地山登山道から竜ケタキへ下る分岐
ササとブナの尾根を下る
紅葉の残る山腹
岩場
遊歩道と降りてきた山道の分岐
木馬トンネルへ上がる遊歩道
6:40 宇佐駐車場 曇り 気温10度
 
シロダモ

7:00 木馬トンネル出口
7:35 水車小屋跡
7:50 チゲン谷
10:25 右谷山(茅帽子山)
10:50 ミノコシ峠
11:20 登山道分岐
11:55 1076P
13:30 竜ケタキ
13:40 木馬トンネル
14:00 宇佐駐車場


 駐車場を出発、寂地川を渡り竜ケタキの階段を登る。懸崖の下に入るとまだ暗い。連続する滝を見ながら急な細い階段を登り切ると木馬トンネル入口。トンネルを抜けると滝上に出る。頭上に竜ケタキの崖が見える。ヤケヤマ谷は竜ケタキの懸崖を突き破って滝となって落ちている。

 橋を渡り左岸の登山道を進む。道はすぐに右岸に渡る。横吹山から下りる谷は小滝となってヤケヤマ谷に落ちている。道が左岸に渡ると水車小屋跡の石垣がある。十方山の瀬戸滝のセト谷にも同じような石垣が残っている。木々は葉を落とし、もう冬の準備に入っている。

 谷の先に智元の丸子山が見える。1時間ほどでチゲン谷入口到着。チゲン谷の入口は岩を破って滝が落ちている。滝つぼは石で埋まっている。左岸を登り滝上に出た。この谷は岩盤の上を滑り落ちる沢となっている。谷の岩盤は上部に長く続いている。上の分岐付近で谷は岩で覆われているが、登っていくとまた岩盤の谷となる。振り返ると智元の丸子山が見える。

ヤクシソウ

 谷は山頂近くまで岩盤であった。分岐2で左の谷へ進む。最後の岩盤の小水流を上りきると水源となる。
 水流が消えた所で右岸の尾根を登り、右谷山南の山道に出た。谷の入口から2時間半ほどで山頂に到着。西風が強い。ミノコシ山への分岐を通り30分ほどでミノコシ峠。右谷山から1時間ほどで道標のある竜ケタキへの分岐に到着。

 ブナのあるササ尾根を南へ下る。1196ピーク付近から東側はヒノキ林となる。ブナは葉を残しているものもある。下って行くと、まだ紅葉の残る所がある。1076ピークを過ぎた先で尾根は分岐し、右の尾根を進む。874ピークから南へ下ると大岩が尾根を塞ぐ。

 大岩から西へ展望があり、カラスバ山の紅葉が美しかった。そこから南へ下り遊歩道へ出た。竜ケタキのピークに上がると今下りてきた尾根が見え、右谷山も見える。右手には冠山へ上がる登山道の尾根が見える。

 竜ケタキの先端に進むと、眼下に展望が広がる。前にある鬼ヶ城山の山裾に水田が開かれ、宇佐川の水源に田畑が続いているのが分かる。鬼ヶ城山の右手に羅漢山、高鉢山が続く。ここから山々を見渡すと、鬼ヶ城山から冠山へ長い尾根が続いているのがよく分かる。
 岩崖を縫う遊歩道を下り、トンネルを抜けて宇佐へ下った。

オトコエシ


地名考

 日本の縄文語(日本列島共通語)を受け継いだのは、アイヌ語系民族であった。

 アイヌ語によって西日本の古い地名が合理的に説明できることは、その一つの証でもある。

 西中国山地にアイヌ語地名が存在することは、その地名は縄文時代から呼ばれていた可能性のある地名と思われ、またアイヌ語地名が存在することは、その地名の周辺に縄文遺跡が存在することを予見している。


●チゲン谷
 chi-ke-us-nay 
 チ・ケ・ウシ・ナイ 
 我ら・削る・いつも削る・川(自然が削る川)

●チゲン谷(チカンタニ)
 chi-kan-nay
 チ・カン・ナイ 
 我ら・作った・川(自然が作った川)

●智元の丸子(チゲンノマルコ)
 chiken-nay-oma-ru-kot 
 チケン・ナイ・オマ・ル・コッ 
 チゲン谷・にある・足・跡(道・跡)

 アイヌ語では「chi-ke」より「chi-kar」(「chi-kan」)の方が地名として多く残っている。「チゲン」の「ケ」は「カ」と呼ぶのかもしれない。

 自然によって造られた滝や懸崖などを「我らが作った」「アイヌが掘った」などの形式で表す事例はアイヌ語に多い。

 chi-nuye-pira チ・ヌイエ・ピラ 我ら・彫刻した・崖
 chi-ke-p チ・ケ・プ 自分を・削った・者(断崖絶壁)
 chi-kar-pet チ・カラ・ペッ 我ら・造った・川
 aynu-kar-pet アイヌ・カラ・ペッ アイヌが・掘った・川

 縄文の人々はチゲン谷落口にある滝と滝つぼを「足跡」と表現したのか、奥へ続く岩盤の谷を「岩の道」と考えたのかもしれない。いずれにしてもチゲン谷は川が削った谷である。

 『防長風土注進案』にある「智元」「智源」は人名として登場するが、チゲンと呼ぶ地名を元にした創作と思われる。「智元の丸子」は右谷山の山麓地名である。


竜ケタキ 縄文人は「陸の帆」と呼んだ

●竜ケタキ(リュウカタキ)
 riya-us-ka-tak-i 
 リヤ・ウシ・カ・タク・イ 
 越年する・いつも越年する・上の・岩の・所
 (クマが冬眠する・いつもそうである・上の・岩の・所)

 riya-u-ka-tak-i の転訛。

●犬戻峡(イヌモドシ)
 inun-pon-tus-pet 
 イヌン・ポン・トシ・ペッ 
 猟漁のため滞在する・小さい・蛇・川(曲流川)

 inu-po-tosi の転訛。

 「ユク・リヤ・タナシ」と呼ぶアイヌ語地名があり、「鹿の・越年する・高山」の意である。「カムイ・リヤ」と表わせば「クマの・越年する」の意であるが、竜ケタキはクマが冬眠する所であったのかもしれない。

 竜ケタキはアイヌ語で「チャシ」とも言い「ジャクジサン」の語源でもある。「チャシ」は「立岩」の意であるが「神家」の意もある。「神家」とは「クマの巣」のことである。

 河津谷に「ジャレ」の谷がある。アイヌ語で「チャシ・レル」(立岩・の向かい)の意でクマの棲みそうな岩穴があった。このジャレの谷は「神家」の谷であるのかもしれない。現在もクマの痕跡の多い谷である。

 ジャクジ川を犬戻と呼ぶことは、このあたりは縄文期に猟漁場であったと思われる。竜ケタキで熊狩りをしていたのかもしれない。「蛇川」とは川の曲流のことである。


●茅帽子山(カヤボウシヤマ・右谷山・ヤケヤマ谷の山)
 kaya-pa-us-i 
 カヤ・パ・ウシ・イ 
 帆(崖)・の上手・にある・もの(山)
 (リュウガタキの上手)

 kaya-pa-usi の転化。

●ヤケヤマ谷(ヤカヤパタニ ya-kaya-pa)
 ya-un-kaya-pa-us-pet
 ヤ・ウン・カヤ・パ・ウシ・ペッ 
 陸・にある・帆・の上手・にある・川

 ya-kaya-pa-us-pet
 ヤ・カヤ・パ・ウシ・ペッ 
 陸の・帆・の上手・にある・川

 ya-kaya-pa → ya-kaya-ma の転訛。
 ya-kaya-pa → kaya-pa の転訛。(茅帽子山)

 ヤカヤパ ya-ka-ya-pa (アイヌ語名)
  ↓
 ヤカヤマ ya-ka-ya-ma (pa→ma の転訛)
  ↓
 ヤケヤマ ya-ke-ya-ma (「カ」を「ケ」と表わす)

 「ヤケヤマ」は「ヤカヤマ」と呼ぶのではないか。「ヤカヤパ ya-kaya-pa」と呼んでいた地名を「ヤケヤマ」と書き表したため、後世の人は「ヤケヤマ」と呼ぶようになり「焼山」の字を当てた。下記のように周辺では「カ」の読みを「ケ」と表す事例は多い。pa→maの転訛も多い。

 萬象ヶ原 バンゾウカハラ(『防長風土注進案』)
 竜ケタキ リュウカタキ
 マツタケオ(河津谷) マツタカオ(『防長風土注進案』)
 鬼ケ城山 オニガジョウヤマ(『防長地下上申』)

 「ヤカヤ」とは「竜ケタキ」のことである。アイヌ語の「カヤ・ウン・ペシ」は「帆・の・崖」の意で、海中から帆のように突き出ている懸崖のことを言う。「ヤ・カヤ」は「陸の・帆崖」の意である。

 「竜ケタキ」を「陸にある帆」と名付けた縄文の人々は、帆舟でこの地にやって来たか、海に浮かぶ帆船の存在を知っていた人々であろう。

 茅帽子山は「ヤカヤパ」の「ヤ」が抜けたのか、単に「ヤ」を省略して「カヤ・パ」(帆崖・の上手)と呼んでいたと思われる。いずれにしても茅帽子山は「ya-kaya-pa」谷の山の意である。

 ヤケヤマ谷は竜ケタキの奥に入る大きな谷であるにもかかわらず、その谷名を冠した山が無いのは不思議に思っていたが、茅帽子山は焼山谷の山の意と思われる。

 帆舟は大正時代まで安蔵寺山西の枕瀬まで上がって来たと言う。その帆舟の起源は縄文時代にさかのぼるのかもしれない。

カンス渕
カンス渕と宇佐大滝


●カンス渕(カンスブチ・カラスブチ)
 kan-sup-puchi (karの音韻転化)
 カン・スプ・プチ
 廻る・渦流の・川口

 kar-sup-puchi (音韻転化なし)
 カラ・スプ・プチ
 廻る・渦流の・川口

 kan-su-puchi の転訛(カンスブチ)。

●カラスバ山(983ピークまたは右谷山)
 kar-sup
 カラ・スプ
 廻る・渦流

 kar-sup → kara-sup の転訛(カラスバ)。

 山名は山麓地名から決まるが、例外もある。ヨケイワノエキは山頂付近のヨケ岩から谷名が形成された。下表のように周辺では谷名と山名が一致する場合が大半である。谷の奥にある山として、谷名が山名となるのが一般的である。

 「カラスバ」と呼ぶ山は、983ピークと右谷山にその名がある。カラス場山(右谷山)は『防長地下上申』(1750年)にある古い地名である(「西中国山地」桑原良敏)。

 「カラスバ」の呼び名が谷名に由来があるとすると、アイヌ語ではカンス渕が「カラスバ」の転訛と考えられる。アイヌ語の「kan」は「kar」(カラ)の音韻転化である。

 「カンスブチ」すなわち「カラ・スプ・プチ」は「廻る・渦流の・川口」の意で、川口のことであり渕のことではない。「カンスブチ」が縄文期からの呼び名であれば、「カンス渕」は縄文期、浦石峡の川口にあったと思われる。

 日光の華厳滝の後退速度は年1.8cmである(「日光華厳滝の後退速度」下図・下表参照)。浦石峡川口の200m上流に宇佐大滝がある。宇佐大滝に華厳滝の後退速度を当てはめると、1万年前、宇佐大滝は浦石峡川口から20mほど上流にあったと計算される。

 浦石峡川口からカンス渕まで数十メートルほどである。この1万年の間に、カンス渕が川口から現在の位置に後退したとすると、カンス渕の後退速度は宇佐大滝の後退速度の数分の一であったと計算できる。

 この辺りに縄文の人々が住み始めたのはいつごろであろうか。下流に星坂縄文遺跡がある。上流の冠高原には旧石器時代(3万年前)から石器製作場があり、古代人の往来があった。

 石西地方(匹見・美都・益田・津和野・日原・柿木・六日市)では「冠山産安山岩は各時期を通してもっとも多く使われている石材で大型の石器も作られている」(『石西のあけぼの 石西の縄文時代』HP)と言う。

 高津川と冠高原を結ぶこの地は、旧石器時代、縄文時代を通じて古代人の往来が多かったと思われる。

 仮に縄文人の居住が縄文中期の始まりの5千年前頃であったとすると、そのころ浦石峡川口に宇佐大滝があり、浦石峡の川口は宇佐大滝の滝つぼに落ちる、渦巻く川であった。そうすると宇佐大滝の後退速度は華厳滝の倍ほどの年4cmほどであったと計算される。

 カンス渕とは浦石峡を流れる川名でありアイヌ語で
 kar-sup-puchi-pet
 カラ・スプ・プチ・ペッ
 廻る・渦流の・川口の・川

 の意である。浦石峡川口に宇佐大滝が落ちる川であり、浦石峡は「カンスブチ川」とも「カラスプチ川」とも呼ばれていたと考えられる。『防長地下上申』にある「カラス場」とは「カンス渕」のことであり、浦石峡の縄文期の呼び名であったと推察される。その呼び名が「カラスバ」と呼ぶ山名として残ったものである。カラスバ山(983P)もカラス場山(右谷山)も浦石峡流域にある山である。

滝の後退速度(Web検索で判明したもの)

滝名 後退速度cm/年
華厳滝 日光
 高さ50m 幅100m
1.8cm
阿蘇カルデラ外周の滝 1〜7cm
鮎返ノ滝 阿蘇火山・立野峡谷
 高さ14.8m 幅27.6m
8.6cm
数鹿流ヶ滝 阿蘇火山・立野峡谷
 高さ26.7m 幅9.2m 
14.3cm
称名滝 富山県称名川(推定式)
 高さ350m 幅10〜15m
9〜15cm
称名滝 富山県称名川(経験式) 6.3cm
ナイアガラ滝
 アメリカ 高さ64m 幅305m
 カナダ 高さ54m 幅675m
120cm
(現在は流量調節され3cm)
宇佐大滝 高さ28m  
カンス渕 高さ2m  
 

右谷山周辺の山名と山麓地名(谷名) 赤字は推定

山名 山麓地名または谷川名
小五郎山 コゴロタ谷
宇佐の嶽(小五郎山) 宇佐川
大谷辻 オオ谷
十王山 十王谷
容谷山 容谷川
鉢の敷山(容谷山) ハチノシキエキ
鉢の浴山(容谷山) ハチノシキエキ
浦石山(容谷山) 浦石峡
大道山(容谷山) 大道峡(浦石峡)
右谷山 右谷
茅帽子山(右谷山) ヤケヤマ谷(yakayapa谷)
カラス場山(右谷山) カンス渕川(カラスプチ川)
智元の丸子山(975P) チゲン谷・チゲンの丸子
智元の丸子山(右谷山) チゲン谷・チゲンの丸子
カラスバ山(983P) カンス渕川(カラスプチ川)
横吹山(トギ石・909P)  
寂地山(ジャクジサン) 寂地川
ミノコシ山(1169P) ミノコシ谷
メオト岩(河津谷) メオト岩川
ガクガク山(1227P) ガクガク石(ガクガクウシ)
ヨケ岩(額々山・1279P) ヨケイワノエキ



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カシミールデータ

コマユミ

総沿面距離13.4km
標高差763m

区間沿面距離
宇佐
↓ 3.2km
チゲン谷入口
↓ 3.0km
茅帽子山
↓ 6.0km
竜ケタキ
↓ 1.2km
宇佐
  

 
 
滝の後退速度 『日光 華厳滝の後退速度』から
渦巻く宇佐大滝
竜ケタキへ下る尾根の岩場から見えるカラスバ山
右谷山と下ってきた尾根  竜ケタキから
       土滝山    寺床          ジャノウツ山                           松の木峠
鬼ヶ城山
登路(薄茶は900m超 茶は1000m超)  「カシミール3D」+「国土地理院『ウォッちず』12500」より