山歩き

一軒家…フカ谷…冠山…中の谷
2009/9/13

一軒家…伴蔵川…フカ谷(タテ川)…オオリュウズ…源流碑…冠山…中の谷水源…滝…タキガ谷林道終点…タキガ谷林道…一軒家

■冠山(カムリヤマ)1339m:広島県佐伯郡吉和村字吉和西(点の記) (廿日市市)

「一軒屋」バス停(一軒家)
伴蔵川に架かる須山橋
川の平たい安山岩 薄く剥がれる
右フカ谷 左伴蔵川
伴蔵川の安山岩
ジャノツ谷落口
大岩付近
オオリュウズ
オオリュウズ落口東の谷
オオリュウズ上流のワサビ田
林道下流の大岩
林道上の岩場
太田川源流碑
中の谷水源を下る
ワサビ田跡
中の谷の滝 左岸にロープがある
中の谷落口の南を通る山道
タキガ谷林道終点付近
6:00 一軒家 晴れ 気温11度
 
ミヤマガマズミ

7:15 フカ谷の橋
9:15 オオリュウズ
10:55 林道
11:40 源流碑
12:10 冠山
12:40 中の谷水源
13:30 滝
14:25 林道終点(滝)
15:25 一軒家(一軒屋)
 
 
 「一軒屋」(一軒家)バス停付近を出発。伴蔵川に架かる橋は須山橋となっている。須山橋下流の吉和川に降りた。吉和川は須山橋の下流で分岐し、伴蔵川に分かれる。伴蔵川を進み、須山橋の下を通る。川の石を叩いてみると、カンカンと金属音のする石がある。側面を叩くと薄く剥がれ、切り口が鋭い。冠山安山岩である。

 山中から下ってきた安山岩は削られて薄い平たい石になっているようだ。1時間ほどで木の橋のあるフカ谷の分岐に出た。伴蔵川入口付近の石を叩いてみると、カンカンと響く石が多い。冠高原から流れ出た石であろうか。

 左岸が植林地のフカ谷を上がる。右岸から小谷が降りている。ジャノツ谷である。しばらく上がると左岸に林道がある。さらに谷を上ると大岩が幾つかある。大きいサワグルミが多い。そこからほどなくオオリュウズの滝がある。オオリュウズ落口の東側から谷が降りていて、岩の谷となっている。この谷にも響く石があった。

アケボノシュスラン
オトコヨウゾメ

 オオリュウズの左岸を登り滝の上に出た。野生化したワサビが点々と生えている。浅瀬に魚影が走った。ゴギのようである。上流に林道があるから上から放流したのかもしれない。小滝のある小ゴルジュを過ぎると、放棄されたワサビ田があった。谷に沿って石積が続く。

 ワサビ田から上は涸れ谷となる。このあたりのガレ場にカンカンと響く石がある。涸れ谷を上がると大岩がある。サルナシの実が落ちていた。大岩の先に林道が通っているが、林が覆っている。林道から上は岩場の谷となっている。岩場を抜けると水源の谷となる。左岸、右岸に踏み跡がある。

ウスゲタマブキ
オトコエシ
クロタキカズラ

 源流碑に出た。「太田川源流の碑」には、「北緯34°27′44″東経132°04′27″」と記されていた。そこからほどなく冠山登山道の分岐。コブシが赤い実を付けている。山頂は大勢の人でいっぱいだった。展望地に出てカメラに収め、来た道を下った。

 ササ薮を下り、中の谷の水源に出た。右岸が植林地の涸れ谷をしばらく下るとワサビ田に出た。ワサビ田の下流からやっと水流があった。しばらくワサビ田を下ると滝に出た。右岸のスギ林を下り滝下に出た。下から見ると左岸にロープが下がっていた。

 滝下にもワサビ田があった。谷の分岐をさらに下ると、右岸に山道が下りていた。山道は中の谷落口の滝の南側を通り、林道終点に降りていた。タキガ谷の林道を下り、1時間ほどで一軒家に帰着。

コブシ
ウリノキ
サラシナショウマ
ヤマシャクヤク
イカリモンガ 食草シダ類
ヒメキマダラヒカゲ 食草ササ類


地名考

 日本の縄文語(日本列島共通語)を受け継いだのは、アイヌ語系民族であった。

 アイヌ語によって西日本の古い地名が合理的に説明できることは、その一つの証でもある。

 西中国山地にアイヌ語地名が存在することは、その地名は縄文時代から呼ばれていた可能性のある地名と思われ、またアイヌ語地名が存在することは、その地名の周辺に縄文遺跡が存在することを予見している。


●フカ谷 
 hutka-pet 
 フッカ・ペッ 
 浅瀬・川

●フカ谷(別名タテ川)  
 u-at-te-kapar-us-pet 
 ウ・アッ・テ・カパル・ウシ・ペッ 
 お互いを・群がら・せる・扁平岩・群在する・川(冠山安山岩)

○タテ川+フカ谷 
 u-at-te-kapar-us-hutka-pet 
 ウ・アッ・テ・カパル・ウシ・フッカ・ペッ 
 お互いを・群がら・せる・扁平岩・群在する・浅瀬・川(冠山安山岩)

 フカ谷はタテ川とも呼んでいる(「西中国山地」)。元々一つの川名であったとするとアイヌ語では上記のようになる。

 谷川に流出した安山岩は川の中で削られ平たい岩になっている。アイヌ語の「カパル」は「うすっぺらである」の意(『アイヌ語小辞典』)。

 すぐ下流に頓原遺跡があり、石器が出土しているが、伴蔵川、フカ谷から採取したものではないだろうか。

 hutka → huka の転訛。
 u-at-te-kapar → ate-kapa の転訛。

●伴蔵川(バンゾウガワ)
 ha-so-us-pet
 ハ・ソウ・ウシ・ペッ 
 流れ出る・岩・群在する・川(冠山安山岩) 

 山名は、その山の谷名や山麓地名から決まることが多い。伴蔵川と判蔵原が山麓地名と山名の関係にあるとすると、「バンゾウガワ」が元になって「バンゾウハラ」と呼ぶようになったと思われる。

 「バンゾウハラ」の原名は「波牟佐宇原」(ハムソウハラ)と表わすが、「牟」が「佐」の濁点であるとすると、「ハゾウハラ」と呼んでいたのかもしれない。


判蔵原周辺のアイヌ語地名と冠山安山岩

●波牟佐宇原(ハザウハラ)
 ha-so-us-pet-hur 
 ハ・ソウ・ウシ・ペッ・フル 
 流れ出る・岩・群在する・川の・丘(冠山安山岩)

●松の木峠
 matne-ki-us-taor 
 マツネ・キ・ウシ・タオル 
 女の・ススキ・群生する・高所(冠遺跡群の花粉分析から)

●傍示峠(ボウジダオ・松の木峠) 
 pa-us-taor パ・ウシ・タオル 
 霧・多い・高所(煙・多い・高所)(石器製作場で安山岩を焼いていた)

●吉和地(ヨシワジ・松の木峠西) 
 i-yo-chi-pa-sir 
 イ・ヨ・チ・パ・シリ 
 それ・多い・我ら・見つけた・山(冠山安山岩)

●ヒヨリ谷(イシキド峠へ上がる沢)
 pi-ori-us-pet 
 ピ・オリ・ウシ・ペッ 
 石・丘・付いている・沢(冠山安山岩)

●イシキド峠 
 i-si-kite-o-p 
 イ・シ・キテ・オ・プ 
 そこに・大きい・銛・ついている・もの(冠山安山岩)


 冠高原の山口県側は発掘されていない。冠遺跡群周辺の地名から考えられることは、石器を製作していた人々は宇佐川流域の古代人が多かったのではないだろうか。


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カシミールデータ

ツリガネニンジン

総沿面距離12.6km
標高差653m

区間沿面距離
一軒家
↓ 6.0km
源流碑
↓ 0.8km
冠山
↓ 2.9km
林道終点
↓ 2.9km
一軒家
 

冠山から見える恐羅漢山、十方山  
判蔵原周辺 A・B・C・D・12Tはおもな発掘地点
登路(薄茶は900m超 茶は1000m超)  「カシミール3D」+「国土地理院『ウォッちず』12500」より