山歩き

本多田…コウノミ谷…冠山…ワラビサデの谷
2009/2/8

谷川橋…コウノミ谷…田形…冠山(塩石山)…ワラビサデの谷…オリオ谷…色梨橋…イヨキリ…加下橋…488号線…谷川橋

■冠山(塩石山 シオイシヤマ)1004.4m:広島県佐伯郡湯来町大字多田字楠谷(点の記) (広島市)

本多田集落
谷川橋
岩山を上がる林道
明神滝上
右岸のカツラ
ロジガエキ入口のトチノキ
ジョウレンヤシキ谷下流の岩盤
ジョウレンヤシキ谷
コウノミ谷右岸、ジョウレンヤシキ谷上流の平坦地
平坦地上流のミズメ
コウノミ谷水源 スギ林の田形付近
広葉樹林のミズメ
クリノキのクマ棚
雪の尾根を進む
湯来冠山頂
山頂直下へ延びる林道
色梨橋
6.4mトチノキ オリオ谷
イヨキリ
オリオ谷落口
ウラジロガシ
7:35 谷川橋出発 晴れ 気温−2度
 
イイギリ

8:15 明神滝上
8:35 ロジガエキ
10:10 林道終点・田形
11:40 冠山
12:15 林道
13:10 オリオ谷
13:15 色梨橋
15:05 加下橋
15:25 谷川橋


 コウノミ谷に架かる谷川橋付近を出発。コウノミ谷川口の左岸は石垣があり、地形図記号は田となっている。石垣にナワシログミがある。「林道大畑郷ノ実線」に入る。林道入口からスギ林となっている。林道が右岸に渡る所に「明神滝下」の道標がある。
 
 谷底もスギ林で覆い尽くされている。明神滝の入口にクマシデの実が残っていた。林道沿いはフユイチゴが多い。右岸を大きく回る林道は先で分かれる。岩場に作られた林道がコウノミ谷右岸を上がっていく。

 スギ林の中に「明神滝中」の道標がある。高い石垣の道を進み、林道が谷と接すると「明神滝上」である。明神滝を上から見下ろすことができる。

ナワシログミ

 「コウノミ谷を数百メートル入った所に明神のタキがある。左岸に大きな懸崖がありその下にリュウズ(滝)がある。明神のタキは三段に積み重なっている懸崖の呼称であって滝の名ではない」(「西中国山地」桑原良敏)。

 右岸を上がって行くとスギ林の端に朽ちかけたカツラがあった。日の当たるところにナワシロイチゴがある。

 トチノキエキはトチノキの谷と思われるが、スギ林で埋められ、トチノキは一本もない。そこからほどなくロジガエキ。ここの谷の入口に大きいトチノキがあった。植生図にあるように、コウノミ谷沿いは全山、スギ・ヒノキの植林地であるが、元々トチノキが多かったのかもしれない。

 スギ林の中に茶色の葉を残しているのはヤマコウバシ。キンナガ谷もスギ林の中にある。林道は橋を渡り、左岸を上がる。クミジ谷もスギ林である。スギ林の林道にコナラの葉が落ちていた。そこから少し上流の岩盤の所の右岸に小谷が下り、そのすぐ上がジョウレンヤシキ谷である。

スギ林のヤマコウバシ

 ジョウレンヤシキ谷の先に小橋があり、その先は広い平坦地となっている。林道はすぐ先で右岸に渡る。その渡る所にミズメがあった。林道沿いに初めてあったミズメであった。右岸の林道を上がると、オオウバユリがあった。その先で林道が分かれる。林道分岐の先辺りが林道終点である。その辺りを「田形」と呼んでいる。田形周辺を歩いてみたが、石垣はなかった。

 林道終点の先のスギ林の開けた所にヤマザクラがあった。コウノミ谷水源のスギ林を上がる。スギ林の中に広葉樹林があり、その境にミズメが十数本ほどかたまってあった。ウリハダカエデ、リョウブ、コハウチワカエデ、クリ、ホウノキの小尾根を登る。

 再び、スギ林の尾根に変わり、それを抜けると雑木林となる。ヤマザクラ、ミズメの小木がある。イヌツゲに虫こぶがある。尾根に出ると雪が残っていた。クリノキにクマ棚があった。針葉樹のこの山で、クマに残されているのは尾根に僅かにあるクリやドングリなのであろう。

 雪の尾根を進むと、ミズメが7、8本斜面にあった。林間から雪の十方山が見える。ほどなく湯来冠山(小塩石山)。小室井山の東に日の平山、立岩山があり、その間に雪の十方山が見える。女鹿平スキー場の西に冠山が霞む。

カラスザンショウの幹と実

 休憩の後、北の尾根を進み、ヒノキ林の若木の間を下った。ほどなく下の林道に降りた。林道は冠山直下の西へ入っている。南北に延びる冠山尾根の西側全体が植林地となっているが、小室井山のこちら側は広葉樹が大きく広がっている。

 スギ林の林道を下った。ワラビサデの谷は水量の少ない小さな谷である。大分下った所に大きいトチノキが残っていた。ミズメが点々とある。オリオ谷に出ると、谷を隔てて右岸の色梨林道と平行に林道が続き、色梨橋で合流する。

 橋の傍に「入漁自粛区域 栗屋郷川」の看板がある。雪の無い、スギ林の色梨林道を進んだ。カラスザンショウの実が落ちている。林道に赤や黒の実が落ちていた。樹皮を見るとイイギリのようである。スギ林の中に真直ぐに幹が伸びている。林道沿いにしばらくイイギリが目立った。

イイギリの幹

 下って行くと林道沿いに所々大きいトチノキがある。クリヤゴウ谷の少し下流にあるトチノキは大きかった。図ってみると幹周囲6.4mであった。そのすぐ先に根が出ているミズメがあった。幹は桜に比べて白っぽいが、根は桜幹のように赤かった。オリオ谷右岸に石垣があった。イヨキリの滝周辺にはミズメが多い。

 ウラジロガシの多かった長いオリオ谷を抜けて加下橋に出た。オリオ谷は水内川水源の加下川に小滝となって落ちる。488号線を下ると、新しい「ながぶちはし」が架かっている。そこからほどなく谷川橋に帰着。

 
地名考

 日本の縄文語(日本列島共通語)が成立したのは、縄文時代後期であった。アイヌ語とは縄文時代中期の東日本縄文語を祖語とする言語で、アイヌ語系民族は、その言語を受け継いできた唯一の民族であった。

 東日本縄文人が縄文中期に過疎地帯であった西日本へ拡散し、東日本文化が西日本各地に定着した。

 (以上「試論・アイヌ語の祖語は東日本縄文語である」清水清次郎・アイヌ語地名研究3号・アイヌ語地名研究会発行・2000年 「和歌山県・高知県のアイヌ語系地名」前同・アイヌ語地名研究10号・同会発行・2007年から)

 東日本縄文文化の影響を受けた人々が、この辺りで生活していたと仮定すると、西中国山地にアイヌ語地名が存在することは、その地名は縄文時代から呼ばれていた可能性のある地名と思われる。
 また、アイヌ語地名が存在することは、その地名の周辺に縄文時代後期を含む縄文遺跡が存在することを予見している。

 湯来町では縄文期の遺跡は発掘されていないが、上伏谷・大畑で縄文後期土器片、和田・上道原で縄文土器片が出土している。

 検地帳中多田組に「ゆわろ」の地名があり、アイヌ語の「yu-paro」(ユ・パロ)と思われる。「湯・口」「温泉・口」「鉱泉・口」の意である。「ゆわろ」の周辺に「ふろの本」があるので、「ゆわろ」は湯来温泉辺りの地名と思われる。アイヌ語地名の存在は縄文遺跡の存在を予見する。

●ジャウレンヤシキ谷
 so-rer-un-yachi-ke-nay
 ショウ・レル・ウン・ヤチ・ケ・ナイ
 岩床・の向こう・にある・湿地・の所の・沢

 ジョウレンヤシキ谷の手前は岩床になっており、その先は現在、スギ林の平坦地である。

●クミジ谷
 kum-us-pet
 クム・ウシ・ペッ
 ドングリ・群生する・沢

 「タガタの近くにクミジ谷があるが、クミジは村岡浅夫著『広島県方言辞典』によると『飲料水を汲む川および場所』の意とある。近くにジョウレン屋敷谷の谷名もあり、この付近にかつて人が住んでいたことがわかる」(「西中国山地」)。

 アイヌ語の kom-ni(コムニ) はカシワの意である。コム、クム、コプ、ホムなどは「団塊」「粒」の意で、ドングリの粒をさしている。ミズナラはアイヌ語で pero(ペロ)と呼ぶ。

 田形手前のクミジ谷周辺は、スギ・ヒノキの植林地の中に「クリ・ミズナラ群集」が残っているが、縄文期にミズナラ・コナラ林があったとすると、ナラのドングリを「クム」と呼んでいたと思われる。

●ロジガエキ
 rochi-kar-ekimne
 ロチ・カル・エキムネ
 ロチを・取る・山へ行く

 ロチ=ニワトコ・ウワミズザクラ

 ru-o-si-kaye-ekimne
 ル・オ・シ・カイエ・エキムネ
 道が・そこで・大きく・折れる・山へ行く(沢)

 地形をみると、ロジガエキはコウノミ谷からUターンするように山に上がっていく。

 エゾニワトコ この木は、特有の臭気を持つので、そこに除魔力を認め、薬用呪術用としてひろく用いられた。
 この木の「掻き屑」(rochi)を水に浸しておいて、その浸出液で目を洗った。掻き屑を水に浸けておき、石を焼いて、それで包んで打身・病気等の患部を罨法した。

 エゾノウワミズザクラ この木は一種独特の香気を有し、我々にはむしろ爽快にさえ感じられるくだいだが、病魔には堪えがたい悪臭と感じられるらしく、そこにアイヌは除魔力を認めて、治療に魔除けの呪法に広く用いた。
 ただれ目に、この木の掻き綿(rochi)を水に浸してそれで洗った。(『知里真志保著作集』・平凡社)

●コウノミ谷
 kotan-nomi-us-pet
 コタン・ノミ・ウシ・ペッ
 村へ・祈る・いつも祈る・川

●トチノキエキ
 tochi-noski-ekimne
 トチ・ノシキ・エキムネ
 トチノキ・の中の・山へ行く(沢)

●キンナガ谷
 kina-ka-o-p
 キナ・カ・オ・プ
 草・の上・に生じる・もの

 ナワシロイチゴ

●ワラビサデの谷
 warumpe-sattek-nay
 ワルンペ・サッテク・ナイ
 ワラビの・乾いている・沢

 「冠山西面の谷をワラビサデの谷という。高橋文雄著『続・山口県地名考』によると、サデは玖珂郡に多い地名で、山の傾斜地の地形用語とある。この傾斜地はワラビを多産したと思われる」(「西中国山地」)。


●田形(タガタ)
 tat-kar-ta
 タッ・カル・タ
 樺皮を・取る・所

 樺皮はミズメ、ヤマザクラ等と思われる。

 「タガタ・タカタ 田形。高所にある田。田を作った跡」(「西中国山地」)。

 田形付近に田畑があったとすると、田形手前のジョウレンヤシキ谷付近の平坦地ではないだろうか。

 「コウノミ谷奥の林道終点付近をタガタと呼んでいる。村人によってはタカタとも聞こえる。田形(タガタ)が正しく、『田畑のあった跡地』の意である」(「西中国山地」)。

 下記の多田村検地帳には「田形」、田形付近の地名はない。「田形」は上多田組に属するが、同じ組の中に「大山ち」「大山地」「志ろいた原」がある。「芸藩通志」絵図によると、オオヤマジ谷を上がった所に「大山池」「白井田原」がある。「オオヤマチ」「シロイタハラ」と呼ぶのであろう。「大山池」「白井田原」には田畑があったと思われる。

 中多田組に属する「わらひさて」は、オリオ谷の奥の「ワラビサデ」のことであろう。ここにも田畑があったようだ。

「芸藩通志」多田村絵図より(「湯来町誌」)

 多田村検地帳(慶長6年・1601年)
 にある地名(「湯来町誌」)

検地帳地名(「芸藩通志」多田村絵図・1825年)

上多田組
字 大谷・本多田・志井・雲出・小多田
中多田組(一部分)
字 白井・来栖根・豆栃・弥平谷・日入谷・湯来

さこはたけ
さこ
のた
のこかこや
ささ原
ミやかせ
祢こ岩
大山ち(大山池)
志ろいた原(白井田原)
大山地(大山池)
ミやノ上
かりはた
辻堂はた
大迫た
熊か杉屋敷ノ前
同所ノきた
熊か杉ノきた
くまかすき
同所畠水わたし
くまか杉
同所屋敷ノ段
同所ノにし
すき町村
しらうし
しらうしのおく
田ノさこ
たん
さとち
からわき
下むかい
よころはたけ
下たのおく
さやのたは
いてくち
四ツ辻
こうけ
しみづ
上中垣内
まつおか
むかい原

さこ田
ほりこし
小ゆき
ふろの本
ゆわろ
まつか迫
ゆきさき
石原垣内
木の下
ふた
前かいち
のた垣内
つきか迫
やか迫
よこ畠
さる渡せ
まとえ垣内
谷河
よこはたけ
おか垣内
わらひさて(ワラビサデ)

 

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カシミールデータ

オオウバユリ

総沿面距離17.4km
標高差574m

区間沿面距離
谷川橋
↓ 7.0km
冠山
↓ 2.7km
オリオ谷
↓ 5.9km
加下橋
↓ 1.8km
谷川橋
 

 

 
コウノミ谷から湯来冠山への植生図
 「第6回・第7回自然環境保全基礎調査 植生調査」(平成16年・18年)より

コウノミ谷周辺は「32 スギ・ヒノキ・サワラ植林」
コウノミ谷入口は「26 アカマツ群落」「24 コナラ群落」
上流には「10 クリ-ミズナラ群集」「9 ブナ-ミズナラ群落」
冠山西は「16 伐採跡地群落」
小室井山                  日の平山  十方山    立岩山     湯来冠山頂から
湯来冠山頂から                   冠山                                 女鹿平山 
登路(薄茶は900m超 茶は1000m超)  「カシミール3D」+「国土地理院『ウォッちず』12500」より