山歩き

立岩ダム…タテイワ谷…日の平山…タケノオク谷 2008/6/21
立岩ダム…境谷入口…タテイワ谷…日の平山…尾根登山道…右谷鞍部…タケノオク谷…立岩ダム

■日の平山(ヒノヒラヤマ)1091.4m:広島県佐伯郡吉和村字吉和東(点の記) 廿日市市

山腹に咲く白い花
ガスの押ヶ垰集落
立岩貯水池の水天宮
立岩ダム

ダム湖の山道

タケノオク谷に架かる橋
水天宮のある島
タテイワ谷
タテイワ谷
オニグルミ
ワサビ
タテイワ谷
炭焼き跡の石積
朽ちた巨木
雨の日の平山
タケノオク谷のトチノキ
滑り降りる長い滝 タケノオク谷
7:40 立岩ダム出発 曇り後雨 気温22度
 
タンナサワフタギ

8:05 境谷入口
8:25 タテイワ谷入口
10:15 ゴヘイゴヤ分岐
11:30 炭焼跡
12:20 巨木
13:00 尾根登山道
13:15 日の平山
14:05 右谷鞍部
15:20 炭焼跡
17:15 タケノオク谷入口
17:40 立岩ダム


 新しくなった国土地理院『ウォッちず』12500をながめていると、大谷川の巨石のあるイシノコヤの下流に「白井谷の滝」が新しく加わっているが、これはおそらく間違いだろう。押ヶ垰と坂根の間にある「白井谷」にある滝のことと思われる。立岩貯水池は「竜神湖」となり、「二の原滝」が加えられた。「押ヶ垰」「清水」にはフリガナが付いている。

 以前から気になっていたタテイワ谷を上がって見ることにした。日の平山を立岩山としている国土地理院の地図は間違いだと指摘されているが、立岩貯水池側から上がるタテイワ谷は日の平山へ向かって上がっており、「タテイワ谷の奥にある山」の意であれば、日の平山を立岩山と呼ぶのは間違いではない気がする。

ヤマアジサイ
ヤブヘビイチゴ

 立岩ダムの駐車場を出発。立岩ダム北側の右岸の山の斜面に、白い花がかたまって咲いているのが見える。何の花だろうか。押ヶ垰の集落はガスが降りてきて少し見えるだけ。先週、立岩山から見た陸続きの島は、雨で増水しダム湖に浮かんでいた。カヤノガ峠の下は岩盤になっている。

 ダムを渡り、右岸の山道を進む。道は境谷右岸を上がり、鉄の橋を渡る。山道は貯水池沿いに続いている。タケノオク谷に架かる橋を渡ると、道がスギ林の中を上がっている。道がはっきりしているのはタテイワ谷右岸までで、ここの橋は流されたようだ。

 タテイワ谷へ下り、湖岸に出てみた。立岩ダムが見える。目の前に水天宮のある島がある。岸にはヤナギが多い。ヤナギの下にヤブヘビイチゴが赤い実を付けていた。

 タテイワ谷を上がった。左岸はスギ林で石垣が残っている。谷から水路跡が続いていた。この辺りに水田があったと思われる。見上げると送電線が通っている。少し先で鉄塔ナンバー14の標柱があった。

カワトンボ
ウリノキ

 小滝の多い谷である。登山靴では少し厳しい。沢靴を履いてくればよかった。ゴヘイゴヤへの分岐からタテイワ谷へ上がる。右岸の小尾根を乗り越した。ワサビが点々とある。ワサビ田があったのだろう。オニグルミ、トチノキ、カツラの谷である。所々、植林のスギ林が谷に下りている。

 大分上がった所で、炭焼き跡の石垣が残っていた。円形に掘り下げて、周りを石で積んである。炭材はクヌギ、ミズナラが多かったが、アオダモを茶の湯の炭として焼く地方もあったようだ。エンレイソウに実が付いていた。カワトンボの番が留まった。ウラキンシジミに似た蝶を一頭見たが、目視なので当てにならない。

 水源に入ると、ウリノキがツボミをぶら下げていた。少し先に朽ちた巨木があった。幹周囲6、7mはありそうだ。ミズナラかトチノキであろうか。ようやく登山道に出た。タテイワ谷入口から4時間余りかかった。ツルアジサイ、タンナサワフタギの道を進み、15分ほどで日の平山到着。雨がひどくなりカッパを着る。

サルナシ
カラスアゲハ

 一休みして登山道を引き返した。先週、ツボミだったサルナシに花が咲いていた。日の平山から40分ほどで右谷鞍部。坂原と二の原の連絡道であったタケノオク谷を下った。大きいトチノキがあった。大分下った所に炭焼跡があった。そこから左岸に道が上がっていた。道は西側の小谷を上がっていたが途中で喪失。

 タケノオク谷を下ったが、この辺りから坂の滝が多くなる。登りはなんとかなったが、登山靴では下りは滑って危険である。小尾根を登って主尾根に出た。尾根を下り、鉄塔を結ぶ道に出た。朝見た、タケノオク谷左岸のスギ林の中に入る道は鉄塔を結ぶ道であった。そこから30分ほどで雨の降る立岩ダムに帰着した。


地名考

 縄文時代中期から後期にかけて日本列島では「磨消縄文土器」(すりけしじょうもんどき)が全国一円に広まった。その発生地は関東地方である。

 日本の縄文語(日本列島共通語)が成立したのは、縄文時代後期であった。アイヌ語とは縄文時代中期の東日本縄文語を祖語とする言語で、アイヌ語系民族は、その言語を受け継いできた唯一の民族であった。

 東日本縄文人が縄文中期に過疎地帯であった西日本へ拡散し、東日本文化が西日本各地に定着した。西日本の人口が縄文後期に爆発的に激増した原因は、東日本縄文人の西方拡散が主因であった(「試論・アイヌ語の祖語は東日本縄文語である」アイヌ語地名研究3号・清水清次郎)。

 上流にある吉和(廿日市市)の半坂遺跡、女鹿平4号遺跡などから、磨消縄文土器が出土している。立岩ダム周辺も東日本縄文文化の影響を受けていたと思われる。

 東日本縄文文化の影響を受けた人々が、この辺りで生活していたと仮定すると、西中国山地にアイヌ語地名が存在することは、その地名は縄文時代後期から呼ばれていた可能性のある地名と思われる。
 また、アイヌ語地名が存在することは、その地名の周辺に縄文時代後期を含む縄文遺跡が存在することを予見している。

●三の氏山(ミノウジヤマ 立岩山の古名)

 「『芸藩通志』(1825年)の山県郡内古蹟名勝の項を見ると

 石窟 上筒賀村、立岩山上にあり、中に実乗観音あり

と記されている。…『実乗』は読み方はわからないが地名ではないかと思われる。…吉和村側の村人にもこの峯に観音のあることはよく知られており、『ミノジの観音』と呼ばれている。『ミヨウジ』とか『ミヨジ』と言う人もある。『ミノジ』とは何であろう。…『吉和村絵図』(江戸末期)には、この峯付近の山に『三の氏山』という山名が付されている。『ミノジ』は『ミノウジ』が転訛したものと思われる。

 ミノウジ観音 ミノジ観音 実乗観音と変化してきたもので実乗は当て字ではなかろうか」(「西中国山地」桑原良敏)。

 立岩山の古名は三の氏山(ミノウジヤマ)と呼ばれていたことが分かる。実はこの「ミノウジ」こそ、アイヌ語では「立岩」のことを表している。

○ミノウジ
 pi-not-us-i
 ピ・ノッ・ウシ・イ
 石・崎・ある・所

 実際のアイヌ語地名に以下がある。

 pi-notetu ピ・ノテトゥ 石・岬の突端
 (「アイヌ語地名U紋別」伊藤せいち・北海道出版企画センター)

 音稲府岬灯台は北海道紋別郡雄武町にあり、ピノテトゥは音稲府岬の突端部分を指している。「石崎」「岩崎」の意で、分解すると以下のようになる。

 pi-not-etu ピ・ノッ・エトゥ 石・岬・鼻(突端)

 吉和の村人が呼んでいたミヨウジ・ミヨジ・ミノジ・ミノウジは「pi-not-us-i」が元になっていると思われる。

 ミヨウジ mi-yo-usi pi-yo-usi
 ミヨジ mi-yo-si pi-yo-si
 ミノジ mi-no-si pi-no-si
 ミノウジ mi-no-usi pi-no-usi pi-not-us-i

●タテイワ

 「タテイワ」と呼ぶ地名は坂原から上がるタテイワ谷、立岩ダムから上がるタテイワ谷の外に、大谷川川口右岸を小字名として立岩と呼んでいる。両方のタテイワ谷は立岩山へ上がらず、日の平山へ上がっている。

 桑原氏は立岩山が岩塊の呼称ではないとされた。

 「立岩山の山頂付近の岩塊には呼称が付いていないようだ。そうなると立岩山は『立岩という岩塊のある山』という意ではないと考えざるを得ない。タテは『険しい』という意で、タテ岩は『岩が立っているように険しい』という意味となり、立岩山は、単に『険しい山』という意味となる」(「西中国山地」桑原良敏)。

 立岩山や尾根道の両側にあるタテイワ谷も小字名の立岩も岩塊を表してはいない。桑原氏は「岩が立っているように険しい」とされたが、そうであれば、両方のタテイワ谷は立岩山へ上がっているのではないだろうか。

 「タテイワ」は何か別の意味があると思われる。
 「西中国山地」の十方山の項の博物誌に以下がある。

 「立岩貯水池周辺ではシジミチョウの仲間が採集されている。ウラキンシジミ、ウラナミアカシジミ…」(「西中国山地」)と続く。

 ウラキンシジミの食餌植物は、トネリコ、アオダモである。2005年の5月に瀬戸滝で、6月に大谷川でアオダモの花を見ている。坂原のタテイワ谷もアオダモの多い谷のようである。立岩貯水池を挟んだこの辺りの山は、元々アオダモの多い山であったと思われる。

 山地性で局地的な生態をもつウラキンシジミは、長く食樹植物の環境が保たれたため、立岩貯水池周辺で生息が可能であったのであろう。

 タテイワは「立岩」を表さず、タテイワの呼び名に「立岩」を当てたと思われる。「タテイワ」の呼び名にその由来が存在すると考えられる。アイヌ語では以下の意となる。

○タテイワ
 u-at-te-iwani-us-i
 ウ・アッ・テ・イワニ・ウシ・イ
 お互いを・群がら・せる・アオダモ・たくさんある・所

 at-te-iwani → tate-iwa の転訛。 

 iwa-ni イワニ 元の意は「山地・木」。
 「この木は弓・器具の柄・焚木などに用いた。よく燃えるので山の神の松明などとも言われた。皮を取って水に入れると青くなるので、その木を染料に使った」(知里真志保著作集・平凡社)。

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カシミールデータ

ツルアジサイ

総沿面距離8.4km
標高差611m

区間沿面距離
立岩ダム
↓ 1.5km
タテイワ谷入口
↓ 2.3km
日の平山
↓ 1.2km
右谷鞍部
↓ 3.4km
立岩ダム
 

タテイワ谷

登路(薄茶は900m超 茶は1000m超)  「カシミール3D」+「国土地理院『ウォッちず』12500」より