山歩き

フルミチ…ヨビ岩…添郷…牛小屋谷 2008/6/1
土砂捨場…フルミチ…ヨビヤ峠…ヨビ岩…ヨビヤ峠…添郷…田代橋…牛小屋谷…牛小屋高原…大規模林道…土砂捨場

■ヨビ岩(ヨビイワ) 『戸河内森原家手鑑帳』(1715年) 広島縣山縣郡戸河内町字横川(安芸太田町)

フルミチ落口の横川川
横川川左岸の石垣
フルミチ入り口
フルミチ左岸の石垣

緩やかに上がるフルミチ

大トチの横を通る
フルミチ水源
ヨビヤ峠
ヨビ岩 尾根側の側面
東側からみた左の小さい方の岩の側面
直下からみた右のヨビ岩
牛小屋谷
牛小屋谷左岸の石垣
添郷付近の小滝
牛小屋谷堰堤
7:30 土砂捨場出発 晴れ 気温10度
 
キンモンガ

8:05 フルミチ
9:10 ヨビヤ峠
9:25 ヨビ岩
9:55 ヨビヤ峠
10:25 添郷
10:40 田代橋
11:50 牛小屋谷登山道
13:30 牛小屋高原
14:50 土砂捨場



 モリガ谷の対岸にある、横川川左岸の大量の土砂を捨てた空き地を出発。大規模林道を横川トンネルへ向かって歩く。サバノ頭が見える。横川トンネルのすぐ手前に、フルミチの谷が降りている。
 
 フルミチは大規模林道の下の土管を通り、横川川に落ちている。横川川に降りて見た。フルミチの落ち口は浅い。簡単に横川川を渡渉できそうである。大規模林道の下、横川川左岸は石垣があり、川に沿って水田が続いていたと思われる。

 スギ林のフルミチの谷を上がった。左岸に石垣が残っている。タニギキョウ、フタリシズカが咲き始めている。水量の少ない、ゆるやかな谷である。トチノキの花がたくさん落ちていた。大きいトチノキの谷を通る。花びらの一つが極端に小さいヤブデマリが咲く。

 谷の分岐を左へ進む。谷が涸れ、水源に入ると倒木が塞ぐ。そこに大岩があった。左へ回り込むと、横川小学校跡から上がる登山道に出た。峠手前の辺りから、手を叩いたり、ホイッスルを鳴らすも、ヨビ岩からの反響はない。ほどなくヨビヤ峠に到着。

トチノキの花
チュウゴクザサの花穂


 峠から登っていくと、ヨビ岩が見えてくる。東から向かって右側の岩の一つの面が、登っていく尾根側を向いており、手を叩いて見たが反響はない。大きい方の右の岩で一休みした。この辺りのササが花穂を付けていた。偶然、クシャミが出て、そのクシャミが反響した。座ったままで手を叩くと反響する。

 東から向かって左にある小さい方の岩の一つの面が、こちらに向いており、それが反響するようだ。立ち上がって手を叩くと反響しない。少し、位置がずれても反響しない。

 ヨビ岩を測ってみた。大きい方が幅5m、長さ6mで、谷側の高さが10m以上ありそうである。小さい方は4m、3m、10mほどである。大きい面は両方とも東へ向かって立っている。

 ヨビ岩から谷側へ下りながら、反響を確かめたが、どの位置からも反響はなかった。垂直に立っている岩壁に対して、下から手を叩いても反響はないであろう。山口県厚東川の『呼岩』は垂直の岩壁で、同じ高さの対岸から反響する岩のようである。

 ヨビヤ峠を越えると、左岸へ道が降りているが、もう一つ、踏み跡のうすい左岸を降りる道がある。田代集落の子ども達が横川小学校へ通った道である。左岸を下ると、途中で右岸へ渡る。添郷集落の東を通り登山道へ出た。牛小屋谷に架かる橋を渡り、田代橋で一休みした。

砥石川山分岐の道標
ギンリョウソウ
タツナミソウ
アナグマ


 砥石川山分岐に新しい道標が立てられている。広島県山岳連盟の看板立て隊が今年5月に立てたものだ。牛小屋谷入り口に石垣が残っている。牛小屋谷の右岸に下りてみた。大石のある谷を上がると、右岸、左岸に石垣が残っている。谷に沿って両岸に水田があったようだ。

 添郷から降りる谷を過ぎ、小滝を越えて、大分上がった所で登山道へ戻った。牛小屋へ上がる登山道はあちこち崩れている。堰堤のナナカマドが咲いていた。電気柵を越えて牛小屋のキャンプ場に入ると、アナグマに出くわした。水路の穴に入り込もうとした姿勢のまま動かなくなった。二、三分して、こちらが動くと、穴の中に消えてしまった。登山道に上がってから、1時間半ほどで牛小屋高原に到着、そこから車道を出発点に戻った。

地名考

●フルミチ

 「田代と本横川を結ぶヨビヤ峠(ヨビヤダオ)は、かつて田代の子供の通学路であったが、古い歴史を持った峠である。三段峡が通行不能だった頃は、戸河内より内黒峠、ヨビヤ峠を越えて田代、餅ノ木、樽床、八幡へ入ったものである」(「西中国山地」桑原良敏)。

 内黒峠から横川川へ降りるモリガ谷に、緩やかに降りる幅広の古道が残っている。この道はおそらく、横川小学校跡付近を通り、ヨビヤ峠に上がっていた馬道と思われる。

 フルミチの谷には、道跡はないようだが、古道のあったヨビヤ峠に上がる谷であることから、「フルミチ」と呼ばれるようになった可能性はある。「古道」があった以前から「フルミチ」と呼ばれていたのであれば、アイヌ語で以下の意となる。

 huru-pet
 フル・ペッ
 丘・川


●ヨビ岩(ヨビイワ)

 「ヨビヤ峠の横川側に有名な呼岩があり、ヨビイワ峠→ヨビヤ峠と転訛したものと思われる。呼岩峠の名は『戸河内森原家手鑑帳』(1715年)にあり、呼岩は『松落葉集』(1768年)や『芸藩通志』(1825年)にも記されている。「人呼べば応う、鸚鵡石の類なり」とあるように、この岩の前に立って叫べは反響するので有名になったものと思われる。ありふれた、なんでもない小さな懸崖である」(「西中国山地」)。

 『松落葉集』に梅北の歌がある。

 ふり向ば岩かあらぬか呼子鳥

 (大意)呼岩が自分をよんでいると思ってふり向くと、そうではないのか、呼子鳥の啼き声だつたのか(広島大学附属図書館HPより)。

 田代からヨビヤ峠を越え、横川小学校跡へ降りる古道は、ヨビ岩から100mほど離れており、古道からの反響はなかったであろう。林に隠れて、岩そのものも見えなかったはずである。呼岩が反響する岩でなかったとすると、アイヌ語では以下の意となる。

 yopi-iwa
 ヨピ・イワ
 分かれ・岩

 ヨビ岩は、二つに分かれている岩のことを表している。
 北海道網走に呼人(ヨビト)がある。

 yopi-to ヨピト
 親沼から別れ出ている湖
 (「北海道の地名」山田秀三)


●添郷(ソエゴウ 牛小屋谷古名)

 「『国郡書出帳・戸河内村』に、小字名のついた集落として柴木、横川、古屋敷、田代、添郷、小板……と書き出してある。また奥山の蕨山として添川山があげられている。『戸河内森原家手鑑帳』の隣村道程の項に、田代の対岸、呼岩峠を降りた所にあったことが記されている。田代には、かつて添郷屋という屋号の家があり、牛小屋谷をソエゴウ谷と呼んでいたことが判明した」(「西中国山地」)。

 アイヌ語に「ソエ」の地名が多い。

 so-e-oma-p 
 ソ・エ・オマ・プ
 滝・そこに・ある・川(「北海道の地名」)

 so-e-an-nay
 ソ・エ・アン・ナイ
 滝・そこに・ある・川(「北海道の地名」)

 添郷谷(牛小屋谷)の地形から以下の意が考えられる。

 ソエゴウ
 so-e-us-kotan
 ソ・エ・ウシ・コタン
 滝・そこに・ある・村

 添郷集落の下にある小滝を表していると思われる。
 

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カシミールデータ

キンラン

総沿面距離10.4km
標高差339m

区間沿面距離
土砂捨場
↓ 1.1km
ヨビ岩
↓ 1.0km
田代橋
↓ 3.5km
牛小屋高原
↓ 4.8km
土砂捨場
 

恐羅漢山

登路(青線は磁北線 薄茶は900m超 茶は1000m超)  国土地理院『ウォッちず』12500より