山歩き

カラ谷…十方山…コスギナエノ谷…大谷川 2007/10/14
大谷川入口…セト滝登山口…カラ谷…三ツ倉…十方山…コスギナエノ谷…大谷川…イシノ小屋…大谷川入口

■十方山(ジッポウザン)1319m:広島県佐伯郡吉和村吉和西(点の記) (廿日市市)

立岩貯水池 水天宮のある島
女鹿平山
橋を渡るとカラ谷
カラ谷入口
木馬道(キンバミチ)の石垣
岩壁に阻まれる
キリイシのタキ
登山道のブナ
霞む冠山
昭和59年遭難碑
奥三ツ倉
立岩貯水池に向けて下る
最初の分岐付近の涸谷
上から見た大谷川のゴルジュ
下から見た大谷川のゴルジュとコスギナエノ谷の落口
上の巨石
イシノ小屋
タンナサワフタギ
ホソバノヤマハハコ
6:50 大谷川入口出発 晴れ 気温8度
 
アキチョウジ

8:05 セト滝登山口
8:20 カラ谷
9:40 水場
10:20 三ツ倉
10:50 コノタノギシ
11:20 十方山
13:00 谷の最初の分岐
13:50 コスギナエノ谷入口
14:30 上の巨石
15:10 イシノ小屋(下の巨石)
15:40 大谷川入口

 気温がやっと10度を下回るようになった。ノコンギクの咲く大谷川入口を出発、県道296号線を進む。立岩山はガスの中に頭を出している。立岩貯水池の上流に女鹿平山が見える。ネムノキに茶色のサヤがぶら下がっている。林道沿いはケヤキが多い。クマノミズキの実はほとんど落ちている。葉に留まるサンインマイマイが多い。
 
 カラムシにウスキツバメエダシャクが留まっていた。食餌植物に、ニレ科、ツバキ科などがある。周辺はケヤキ、ヤブツバキが多い。二ノ原谷の先の一ノ原に「佐原屋」と書かれた墓所がある。川沿いにはヤナギが多い。

サンインマイマイ
ウスキツバメエダシャク

 瀬戸滝登山口からセト谷沿いの左岸の道を進む。シラネセンキュウの咲く谷を上がり、最初の橋を右岸に渡ると、そのすぐ先がカラ谷である。カラ谷の入口にケヤキがある。カラ谷は大岩がゴロゴロとある涸れ谷である。カツラの株立ちを過ぎると、石垣がある。今は通行止めになっている瀬戸滝へ上がる道で、昔は瀬戸滝の上へ出る木馬道であった。

 木馬道(キンバミチ)を越えてカラ谷を進むと、岩壁に阻まれる。谷は壁を左へ回りこんで、上がっている。その辺りのウワバミソウに食痕があった。右岸を巻いて上がり、ツガ林の瀬戸滝へ降りる登山道に出た。登山道を進み、カラ谷の水源に出た。十方山登山道へ渡り、水場で一休み。

 久しぶりに十方山登山道を上がった。水場から40分ほどで三ツ倉。キリイシのタキ、十方山方向へ展望がある。ミヤマガマズミ、オトコヨウゾメの赤い実のある道を上がる。コアジサイの残った花芽は、花が咲いているように見える。

ジンジソウ
キクバヤマボクチ

 三ツ倉から30分ほどで、ウシロヤマ谷の水源のコノタノギシ。水源を少し下ると笹の中に目立つ岩がある。コノタノギシとは、この岩のことではないかと思っている。コノタノギシは、大谷川入口の右岸へ降りる尾根の分岐でもある。

 ブナの大木を見ながら、平坦な道を進む。ヒトツメカギバが留まっていた。食餌植物は、ミズキ、クマノミズキ。クマノミズキのある立岩貯水池から上がってきたのか。振り返ると冠山が見える。日当たりにはヘビが多い。コノタノギシから30分ほどで山頂。薄雲で遠くは少し霞む。立岩山の先に瀬戸内海がぼんやりと見える。

ヒトツメカギバ
クマノミズキ
イヌザンショウ

 少し引き返して、コスギナエノ谷を降りた。ササ原を踏み進むと、前方、立岩山の下の立岩貯水池に水天宮のある島が見える。ヤブの小谷を下った。この谷はオニグルミが多い。山頂から1.5時間下った所で最初の分岐に出た。ちょうど小滝になっており、左の谷へ回り込んだ。左の谷は水が無い。

 この分岐から先、コスギナエノ谷は伏流となっていた。ここから大岩がゴロゴロとした谷となる。この人の入らない谷にサラシナショウマが一本だけ咲いていた。大谷川にだんだんと近づいた所で急な滝となっていた。左岸の尾根へ上がると踏み跡があった。コスギナエノ谷が大谷川へ落ちる先端部の手前から、大谷川右岸に下りた。十方山から2時間半ほどだった。

 コスギナエノ谷が落ちる大谷川のゴルジュを下った。30分ほどで上の巨石。この辺りの左岸に踏み跡が残っているが、崩れたり、ヤブとなっている。さらに30分ほどでイシノ小屋(下の巨石)。イシノ小屋の手前から左岸の踏み跡を下った。10分ほどで踏み跡は右岸に渡り、スギ林に入る。そこからほどなく大谷川右岸の出発点に帰着。

オニグルミ
シラネセンキュウ
ウラジロガシ


地名考

●十方山(ジッポウザン)

★十方辻
 『芸備国郡志』1663年

★十方山
 『戸河内森原家手鑑帳』1710年

★十方山
 西十方山
 『吉和村御建野腰林帖』1725年

★東十方(十方山)
 西十方(旧羅漢山)
 『佐伯郡廿ケ村郷邑記』1806年

★十方山(シッハウサン)
 西十方(恐羅漢山)
 東十方
 『芸藩通志』1825年

★東十方
 西十方
 『吉和村絵図』江戸末期


 十方山の山名の記録を、「西中国山地」(桑原良敏)から、年代順に並べてみた。十方山の読み方があるのは『芸藩通志』の「シッハウサン」だけのようである。

 十方山の呼び名は「シッハウサン」が正しく、それを「十方山」と表し、後に「ジッポウザン」と呼ばれるようになった。

 昔は、旧羅漢山を「西十方山」と呼んでいたようだ。以前から不思議に思っていたのは、十方山の現在の所在地が「吉和西」になっていることである。
 十方山は吉和の町の北東方向にあるから「吉和西」は方向を意味していないと思われる。「吉和西」は「西十方」と呼んでいた時代の名残りではないだろうか。

 旧羅漢山は十方山の北方向にあって、西ではない。「西十方」は十方山の西にある山のことでなく、「ニシシッハウサン」の呼び名であったと思われる。

 十方山の初見は「十方辻」である。「シッハウツジ」と読むのであろう。以下アイヌ語で表してみる。



○十方辻(シッハウツジ)
 sir-utur-pa-tu-us-nay
 シリ・ウツル・パ・ト・ウシ・ナイ
 山・の間・の上手の・山の走り根が・ある・川

○西十方辻(ニシシッハウツジ)
 ni-us-sir-utur-pa-tu-us-nay
 ニ・ウシ・シリ・ウツル・パ・ト・ウシ・ナイ
 樹木・群生する・山・の間・の上手の・山の走り根が・ある・川


○十方山(シッハウサン)
 sir-utur-pa-e-san-nay
 シリ・ウツル・パ・エサン・ナイ
 山・の間・の上手の・頭が・川原に出ている・川

○西十方山(ニシシッハウサン)
 ni-us-sir-utur-pa-e-san-nay
 ニ・ウシ・シリ・ウツル・パ・エサン・ナイ
 樹木・群生する・山・の間・の上手の・頭が・川原に出ている・川

十方山・旧羅漢山の山の走り根


●コスギナエノ谷
 kot-utur-kus-nae-nay
 コッ・ウツル・クシ・ナエ・ナイ
 谷・の間を・通る・西岸が高い・川

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カシミールデータ
総沿面距離10.5km
標高差816m

ヤクシソウ

区間沿面距離
大谷川入口
↓ 2.7km
セト滝登山口
↓ 4.8km
十方山
↓ 1.5km
コスギナエノ谷
↓ 1.5km
大谷川入口
 

 
大谷川ゴルジュと左のコスギナエノ谷落口
コスギナエノ谷の川口は高さ10mほどの西岸にある
登路(青線は磁北線 薄茶は900m超 茶は1000m超)