山歩き

餅ノ木…郭公岩…中山…丸淵 2007/3/21
餅ノ木…猪上がらず…玉緒滝…郭公岩(カクコウ岩)…タマオダキ谷…中山(889ピーク)…大岩…丸淵…餅ノ木

■中山(ナカヤマ)889m:山県郡戸河内町字横川(点の記) 安芸太田町

熊南峰が三段峡探索の宿とした「ます屋」
「ます屋」
玉緒滝付近
ツララの下がる玉緒滝
郭公岩

小谷を登る

小谷上部の岩崖の砦
玉緒滝上部
玉緒滝上部の水源
中山
 サバノ頭
向山
丸淵へ下る尾根のブナ
丸淵へ下る尾根のブナ
尾根を埋める大岩
クマの糞 大岩の所
丸淵
千編渡り センベンワタリ
八幡川 餅ノ木付近
ます屋
虫送峠に匹見川から上がる小谷
8:20 餅ノ木出発 晴れ 気温0度
 
 

9:15 岩崖
9:50 カクコウ岩
10:20 タマオダキ谷
10:55 中山(889P)
11:45 大岩
12:35 丸淵
13:10 餅ノ木


 仕度をしていると、三段峡の遊歩道からご老人が上がって来られた。郭公岩を尋ねると、ます屋のご主人だった。お祖父さんの代に、三段峡の父、熊南峰がここから渓谷の探索をしている。「お祖父さんがよく、熊さんを案内した」と言っておられた。

 「タタラが盛んな頃、ここに70軒の家があった。鹿はお祖父さんの代には居たが、いまは居ない」

大正期の三段峡案内図に「ますや」がある
『戸河内町史』より


 道路からは見えなかったが、軒下まで行くと、「ます屋」の古い看板が残っていた。「三段峡保勝會行内所」と書かれた大正期の看板もある。当時は茅葺だったが、今は瓦屋根になっている。大正期の三段峡案内図に「ますや」の名がある。


 渓谷へ降りると、大正14年史蹟指定の石柱があり、「ます屋」は史蹟指定当初から「三段峡保勝會」の看板を出していたようだ。三段峡の遊歩道は雪が残り、所々凍っている。青い淵の青立を過ぎて、曲流部を回り込むと、猪上がらず、玉緒滝とつづく。玉緒滝の水を被る枯れ枝に、ツララがぶら下がっていた。


 玉緒滝を過ぎた少し先辺りから落石が多くなる。見上げると岩崖だった。そこが郭公岩である。『名勝天然記念物三段峡の概説』(戸河内村役場 大正13年頃)には「カクコウイワ」となっている。昔は対岸に道があったようだ。上記『概説』に次のように書かれている。

 「丸淵ヲ過ギテ約六町路ハ左岸ニ移ル、上ルコト僅カニ二町ニシテ対岸ニ郭公岩ノ険崖ヲ望ム」


 「険崖」とあるので、落石が多いので対岸に路があったのであろう。カクコウ岩から少し進むと、登れそうな小谷があった。落石の危険がない所なので登ってみた。100mほど上がると、砦のような岩崖が真ん中に立って、その下に大きなトチノキがあった。計測すると、周囲5.5mで一度で測れなかった。


 そこから西へトラバースし、カクコウ岩の尾根に移った。先の遊歩道が見えるとこまで降りたが、落石の心配があるのでそこまでとした。


 カッコウはアイヌ語で、kakkok カッコク と言うので、カッコウ岩はアイヌ語そのもであろう。しかし、カッコクは地名としては少ない。


○郭公岩(カクコウイワ) 
 kakkok-un-iwa
 カッコク・ウン・イワ 
 カッコウ・いる・岩山


 アイヌの鹿狩り、「鹿落し」は「ユックチカウシ」と言う。北海道の戦後の土木工事で、「鹿落し」の現場から多量の鹿骨が掘り出されている。郭公岩は鹿を追い詰め、落としていた所かもしれない。その「鹿落し」の岩は、郭公岩の南にある「砦のような岩」が、絵で見た崖と似ている。


 雪の残る尾根を上がり、玉緒滝の上の谷を登った。潅木のない歩きやすい谷である。30分ほどで玉緒滝の水源に入り、中山へ登った。四等三角点の山頂は林で展望はないが、サバノ頭が見える。南側の直下に林道が上がっている。


 尾根を東へ進むと、クマらしき足跡が雪道に残っていた。丸淵付近から上がる尾根を降りた。向山が林間から見える。丸淵へ下る尾根は大きなブナが多い。半分ほど下った所で、大岩が尾根を塞いでいた。クマの好む岩穴の多い所である。岩下にクマの大きな糞が残っていた。丸淵の下流の遊歩道に下りた。もう少し下流の遊歩道のピークに、尾根が緩やかに降りている。

 丸淵は丸い淵のある谷の所とされているが、おそらく淵のことではないと思われる。


○丸淵
 mak-ru-oma-puchi  
 マク・ル・オマ・プチ  
 後ろ道・にある・その川口

 上の尾根から丸淵へ降りてみて初めて分かったことだが、この尾根はクマ穴のある尾根で、おそらくこの辺りの谷にクマが出没していたのではないだろうか。

 帰りに、虫送峠に寄ってみた。匹見川からウツナゴヤ谷の右谷が緩やかに峠に上がっている。古八幡湖が溢れて、匹見川に流れたとすればゴギが上がって来れる谷であった。
 
 大休峠にも寄ってみた。今は木束峠の標識がある。地の人に聞いてみると、大休峠を「ヤスミガダオ」と呼んでいる。鹿は20年頃前までは居たと言う。「ゴギ」の名は八幡原が発祥の地だと言っておられた。大休峠を越えた周布川のゴギは腹が赤いが、八幡のゴギは赤くないと。

青立




地名考

 地名の成立過程では、山名よりも山麓地名が先行する例が多い。川の名が先にあって、その川の奥にある山名は、川の名と同じになる。これは、山だけに限らず、川の上流にある周辺地名も、下流の川名から発生する場合が多いようだ。以下、柴木川と吉和川で検討してみる。ほかの河川においても同様の傾向がある。


●柴木川
 柴木→蓬莱岩→クロブチ谷→葭ヶ原
 →八幡川→餅ノ木→八幡原
 →八幡川→餅ノ木→小板川
 →横川川→本横川

 柴木川は、柴木から八幡原へ上がる長い川だが、その間にある支流も、柴木川を冠した地名となっているようだ。以下、アイヌ語で表してみる。

○柴木川 シワギガワ
 chiw-as-nupki-pet
 チュウ・アシ・ヌプキ・ペッ
 波・立つ・濁り水・川



○柴木 シワギ
 chiw-as-nupki-i
 チュウ・アシ・ヌプキ・イ
 柴木川の・所


○蓬莱岩 ホウライイワ
 ho-ray-iwa-nay 
 ホ・ライ・イワ・ナイ 
 川尻・淀む・山の・川


○黒淵 クロブチ
 kut-utur-us-puchi 
 クッ・ウトル・ウシ・プチ 
 崖・の間・にある・川口


○八幡川 ヤハタガワ
 yaw-u-at-te-pet
 ヤゥ・ウ・アッ・テ・ペッ
 小さい方の・お互いを・群がら・川
  


○小板川 コイタガワ
 o-nitat-nay
 オ・ニタッ・ナイ
 川尻・湿地・川



○横川川 ヨコゴウガワ
 yoko-kotan-pet
 ヨコ・コタン・ペッ
 獲物を狙う・村・川

○餅ノ木川 モチノキ
 mosir-noski-oma-nay
 モシリ・ノシキ・オマ・ナイ
 地・の中央・にある・川



●吉和川 ヨシワガワ
上本郷→吉和郷→クロブチ谷→打梨→押ヶ垰→吉和川

 吉和川を下ると、戸河内上本郷で太田川と合流する。合流点の少し上流に、吉和郷の集落がある。吉和村から来た人が住んでいる所ぐらいに思っていたが、どうも、吉和川は、上本郷から始まり、吉和村まで流れる長い川のようだ。吉和川の元の地名は「吉和郷」のようである。

 川の途中にある地名は、元の川名から発生していると思われる。以下にアイヌ語で表してみる。


○吉和郷 ヨシワゴウ
 iyochi-pa-us-kotan
 イヨチ・パ・ウシ・コタン
 それ群生する所・の上手・にある・村



○クロブチ谷
 kut-utur-us-puchi-nay
 クッ・ウトル・ウシ・プチ・ナイ
 崖・の間・にある・川口の・川


○打梨 ウツナシ
 nup-utur-oma-nay
 ヌプ・ウツル・オマ・ナイ
 野原・の間・にある・川


○押ヶ垰 オシガタオ
 sin-noske-oma-nay-taor
 シン・ノシケ・オマ・ナイ・タオル
 地・の中央・にある・川の・高岸


○吉和川 ヨシワガワ
 iyochi-pa-us-nay
 イヨチ・パ・ウシ・ナイ
 それ群生する所・の上手・にある・川


●比尻山(聖山)

 「『戸河内森原家手鑑帳』(1715年)には、戸河内横川と八幡村樽床の村境の山として『三つ子岩然り木峯』の呼称がみられ、この山の山名として『三つ子岩』『三つ岩』が用いられていることがわかった」

 「山頂に三つ岩が配置よく点在しており三武市(樽床の伝説の巨人)が鍋を据えて飯を炊いた」

 「三つ子岩然り木峯」は、アイヌ語そのものである。


○三つ子岩然り木峯(1715年・比尻山)
 pet-etoko-us-iwa-sikari-kimun-nay
 ペッ・エトコ・ウシ・イワ・シカリ・キムン・ナイ
 川の・水源・にある・山を・回る・山奥の・川(の山)


○三武市 サンブイチ
 san-puy-us-i
 サン・プイ・ウシ・イ
 流れ出る・穴・ある・もの


●三ツ石山(阿佐山西)

 『此山ハ絶頂ニ大ナル岩三ツアルヲ以テ三石山ノ称アリ』(『石見外記』1820年)

 『頂上に三個の石あり』(『市木村誌』明治9年)

 『絶頂に方ニ尺の石があって三つに裂開している』(『那賀郡誌』


○三ツ石山(北からトチバシ谷が上がる)
 tu-pet-kus-i
 ツ・ペッ・クシ・イ
 二つ・川を・通る・所


●寂地山

 藩界尾根(ハンカイオネ)は、「藩政時代の藩界になっていたため、藩界尾根と呼んでいる。『防長風土注進案』によるとこの尾根に三つ岩≠ニいう岩塊があるようだが所在不明である」


○藩界尾根 寂地山西
 pon-kamuy-o-nay
 ポン・カムイ・オ・ナイ
 小さい・熊・多い・川



●柏原山

 「柏原というのはこの付近の山林の小字名であって、山頂は三方とか三方辻と呼んでいると教えられた」

 柏原山の西に三本ノジの谷があり、三方辻はそのことと思われる。

 san-po-utur-us-not-nay
 サン・ポ・ウツル・ウシ・ノッ・ナイ
 小さい・棚山・の間・にある・山崎・川

 


 イワナの方言に、「西中国山地」では、「ゴギ」「コギ」「オモ」「タンブリ」があり、他の地域では、「イモ」「イモホリ」「イモウオ」「キリクチ」がある。イワナを含めて、語源は下記にあるとも考えられる。

★ichankot-pet
 イチャンコッ・ペッ
 イワナ・川
 (北海道の地名)

★mo-ichankot-pet
 モ・イチャンコッ・ペッ
 小・イワナ・川
 (北海道の地名)

★ichankot-ke
 イチャンコッ・ケ
 ヤマメ・の所
 (データベースアイヌ語地名)

 ichankot-ke → ko-ki ゴギ・コギ


 「西中国山地」でも他の地域でも、イワナの語源は同じアイヌ語を持つ人々にあるのかもしれない。

大休峠

 


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カシミールデータ
総沿面距離5.4km
標高差287m

区間沿面距離
餅ノ木
↓ 1.5km
郭公岩
↓ 0.8km
中山
↓ 1.6km
丸淵
↓ 1.5km
餅ノ木

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餅ノ木 ます屋
登路(青線は磁北線 薄茶は900m超 茶は1000m超)