山歩き

板ヶ谷…大平山…虫木ノ峠 2007/1/28
板ヶ谷…943P…982P…H峯…大平山…G峯…F峯…E峯…林道…橋…掘割…ムシギノタオ…国道191…イタガ谷

■大平山(オオヒラヤマ)1014m:広島県山県郡戸河内町字松原(点の記) 安芸太田町

雑木とアカマツの尾根
雪の被る笹尾根
稜線近く

尾根道のブナ

ヒノキ林を進む
雪のブナ
ブナ尾根を進む
ヒノキ林の道
大平山山頂
 E峯の西側の峯 G峯から
正教山
深入山
ヒノキ林を下る
深入山とカナクラ峠 林道上から
尾根に上がる林道
尾根を深く掘り下げた道
掘割から見た大平山
スギ林の虫木ノ峠
板ヶ谷 虫木ノ峠旧道から
7:35 板ヶ谷出発 曇り 気温1度
 
 

10:15 943P
10:45 982P
11:10 大平山
13:50 林道
15:00 橋
15:20 掘割
15:40 虫木ノ峠
16:40 板ヶ谷


 この二日で降った雪で、車道にはまだ雪がある。ノーマルで入れる限界の所から出発。国道を歩き、板ヶ谷入口の樫木橋(カタギバシ)手前の急な尾根に取り付いた。雑木とアカマツ林の尾根を登る。枝が絡む尾根は、葉に残る雪が降り注ぐ。二日ほど前は、この尾根には雪がなかったのであろう、笹は雪で隠れ、頭を下げている。深い雪のように見えるが、20cmほどの深さである。

 2時間ほどで高鉢山北の大平山へ続く尾根に出た。平坦な尾根を進むと、ブナが多くなる。時折、日差しが入り青空が現れる。黄色プレートの小さな道標が、ところどころぶら下っている。東から上がるヒノキ林の尾根を進む。木々の西向きは皆、雪が張り付いている。943ピーク辺りはブナの多いところである。新雪を横切る足跡が、長い尾根道の中で一ヶ所だけあった。H峯手前にコブの大きなブナがある。

一ヶ所だけ横切る足跡があった


H峯北の分岐

 H峯の先で尾根は二股になる。そこへ黄色のプレートが掛けてある。「下山コース鳴滝セン林道」と読める。板ヶ谷から林道が上オシガ谷へ上がっているが、そこへ降りる登山道があるようだ。その分岐からヒノキのトンネルを抜け、空洞のあるブナを過ぎると大平山。林で展望はない。三角点は雪で見えない。日が入り青空が見える。

 コーヒーで一服の後、G峯へ進む。G峯は伐採された開けたところである。板ヶ谷から見ても、すぐそれと判るところである。深入山の頂上は雲が掛かっている。ここの開地は雪の吹き溜まりとなっていた。一歩進むごとに腰下まで埋まる。E峯に上がるまで、雪と潅木がつづく。東に正教山が見える。E峯手前にある枯木林から、雲のとれた深入山が姿を現していた。手前には、最早山から向山の霞む尾根が見える。

 E峯はヒノキ林で、雪は堅く締まっている。北の尾根を下った。整然としたヒノキ林を下る。大分下った所で、地図にない林道の上に出た。ここからは真っ白な深入山が覗く。崖を回り込んで林道に出た。オオブナ谷から上がる林道であろう。南へ伸びる林道の先は行き止まりと思われる。林道から大平山の頭が覗いていた。

 林道を横切って、尾根を少し進むと、尾根を深く掘り下げた道があった。おそらく馬道ではないか。松原から鉄の道を通って、板ヶ谷へ降りていたのだろうか。あるいは温井と板ヶ谷を結ぶ道であったのかもしれない。いずれにしても、古道であろう。

板ヶ谷川に架かる橋

 深入山を左に見ながら尾根を進む。松原林道が見えてきた。シモコ谷落口の板ヶ谷川に架かる橋が見える。ヤブをかき分けて、ようやく橋へ降りた。今年は雪が少ない分、水量もいつもより少ない。橋から板ヶ谷川左岸に道が上がっている。「西中国山地」(桑原良敏)にヨコエキへ上がる破線道があるが、おそらくその道であろう。そのまま上がれば、開けたG峯を経て大平山である。

 中電の水位観測所の横を通って松原林道へ上がった。林道は15cmほどの雪で、轍が続いている。シモコ谷の滝が見えるが、水量は少ない。橋から20分ほどで掘割、大平山が見える。ここにあったと思われる堀割は、林道で削られたようだ。橋から40分ほどで松原林道起点、北側は垰集落である。

 松原林道起点の少し先が虫木ノ峠(ムシギノタオ)である。峠は大きなスギ林になっている。峠下を虫木谷の水源が上がり、その下は虫木トンネルが通っている。垰集落から掘割に馬道が上がっており、掘割経由で板ヶ谷へ降りる道があったと思われる。

 峠道からは、高鉢山から大平山へつづく尾根を見渡すことができる。林道が山腹を横切り、G峯下の開けた雪の斜面下へ上がっている。峠からみると、板ヶ谷は向山と大平山に挟まれた深い谷である。

 国道に出ると青空になった。車道の雪は融けていた。今まで白黒の山々だったが、一変にカラーになった。イヌガ谷には丈ヶ谷川と書かれた変わった砂防堰堤が築かれていた。そこから少し下った辺りは板ヶ谷字上久保と言う。板ヶ谷チェーン着脱場を過ぎると樫木橋。そこからほどなく、雪がまったくなくなった出発点に帰着。

大平山

丈ヶ谷川堰堤(イヌガ谷)
板ヶ谷川沿いの集落

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カシミールデータ
総沿面距離15.1km
標高差595m
累積標高1268m

区間沿面距離
板ヶ谷
↓ 4.8km
大平山
↓ 3.8km

↓ 2.1km
虫木ノ峠
↓ 4.4km
板ヶ谷

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地名考

●虫木ノ峠(ムシギノタオ) 垰と峠 タオとトウゲ

 「タオ・タワ・トオ・トウ 峠。西中国ではタオの用例が最も多い」(「西中国山地」桑原良敏)。

 峠を意味する言葉は、ほかに「ダワ」「タオリ」などがある。

 「タオリ」は万葉集(七世紀)にある古い言葉で、山の尾根などの、たわんで低くなった所。鞍部を意味する(『大辞林』)。

 「あしひきの山のたおりにこの見ゆる天の白雲」(万葉集4122)。

 「高山の峰のたおりに射目(いめ)立ててしし待つごとく」(万葉集3278)。

 「万葉集」(巻13−3223)の「峯文十遠仁」の解釈が「万葉集主要論文所収歌句データベース」HPにある。

 <従来難解とされ、諸説がなされてきた巻13・3223番歌中の一句「峯文十遠仁」について考察を行い、「峯」には「岑」以外に校異が認められず、そのままでミネと訓み、山の高所乃至は頂上の意とすることに問題はなく、これに「枝」に類する意を付会すべきではないこと、また「峯」の縁語としてタヲリ(嶼)を抽出し、その「尾根・鞍部・山の稜線」の意と、動詞の「手折り」とが掛詞となっていることを論証した。以上の結果により、当句は原文そのままにミネモトヲヲニと訓むべきと論じる。また、「小鈴もゆらに引き攀ぢて」と「峯もとををにD-12127手折り」との対句構文を認め、その上でこの対句を含む3223番歌後半部に試解を施した>(論文タイトル「山のたをり」・論者名:春日和男)。

「霹靂之 日香天之 九月乃 鍾礼乃落者 鴈音文 未来鳴 甘南備乃 清三田屋乃 垣津田乃 池之堤之 百不足 五十槻枝丹 水枝指 秋赤葉 真割持 小鈴文由良尓 手弱女尓 吾者有友 引攀而 峯文十遠仁 捄手折 吾者持而徃 公之頭刺荷」(万葉集・巻13−3223)。

 論文では、「峯」の縁語としてタヲリ(嶼)を抽出し、「尾根・鞍部・山の稜線」の意としている。「タオリ」は山の鞍部の意として、万葉集の他の歌にもある言葉である。

 「峠」の文字は古事記や日本書紀には見られないようで、鎌倉時代につくられたと言われている。

 「毛無」は、万葉集に「毛無乃岳」があり、不毛の地でなく、アイヌ語のケナシ(木のある原)として解釈されているが、「タオリ」の呼び名に似ているアイヌ語に taor タオル 「高岸」 がある。taor の反対語に ra-or ラ・オロ があり、「低い・所」 の意がある(『地名アイヌ語小辞典』)。

 taor は ta-or タ・オル で元々、広い意味で「高い・所」の意であったのかもしれない。「ta・タ」を含むアイヌ語で「高い」を意味する地名は、北海道、東北では、taor だけのようである。

 taor を含む地名に以下がある。

「北海道の地名」(山田秀三)から
★安足間(アンタロマ)・北海道
 ar-taor-oma-p アン・タオル・オマ・プ
 「片側・高岸・ある・もの」

★樽前(タルマエ)・北海道
 taor-oma-i タオル・オマ・イ
 「高岸・ある・もの」

★樽岸(タルキシ)・北海道
 taor-kesh タオル・ケシ 
 「川岸の高所の・末端」

 虫木ノ峠は「ムシギノタオ」と呼ぶ。峠の北側に垰集落がある。昔は「虫木ノ垰」と表していたのかもしれない。板ヶ谷から虫木ノ峠に上がる小谷は虫木谷と呼んでいたようだ(「戸河内・書出帳」1819年)。

 ムシギノタオはアイヌ語で、

 虫木峠 ムシギノタオ
 menas-kus-ru-pes-nay-taor
 メナシ・クシ・ル・ペシ・ナイ・タオル
 虫木谷の・高岸

 虫木谷
 menas-kus-ru-pes-nay
 メナシ・クシ・ル・ペシ・ナイ
 東を・通る・峠道沢

●アライ川
 
 板ヶ谷川の支谷で、「川」と呼んでいるのはアライ川だけである。アライ川は「西中国山地」に三ヶ所ある。十方山登山口の瀬戸滝左岸と馬糞ヶ岳西にある。いずれも奥まった谷の中に、「川名」の小谷がある。瀬戸滝左岸のアライ川の頭に三ツ倉があり、アイヌ語で「岩の仕掛け弓場」の意がある。

 アライ川は「アライカワ谷」だったのかもしれない。アイヌ語では以下の意が考えられる。

 e-horka-an-ray-ke-pet
 エ・ホロカ・アン・ライ・ケ・ペッ
 頭が・後向きで・ある・死んで・いる・川


 板ヶ谷川下流の京之本遺跡から弥生土器や縄文土器、石鏃や石槍が出土している。川沿いに早くから狩猟民が暮らし、その流れを汲むアイヌ語系の人々が存在していたのかもしれない。


 板ヶ谷川右岸に、イヌガ谷がある。アイヌ語で、
 ichan-inun-kes-oma-nay
 イチャン・イヌン・ケシ・オマ・ナイ
 イワナヤマメ産卵場・漁屋・の端・にある・川

 イヌガ谷の北のクリゴヤ谷は、
 yuk-nikur-ko-an-nay
 ユク・ニクル・コ・アン・ナイ
 鹿・林・に・ある・川

 paskur-nupuri-ko-yan-pet
 パシクル・ヌプリ・コ・ヤン・ペッ
 カラス・山・に向って・上がる・川

 鹿の集まる谷に、狩猟のための丸太小屋(inun)を立てたのであろうか。小室井山南のオリオ谷の支谷にクリヤゴウ谷がある。オリオ谷はアイヌ語の i-ru-o-nay イ・ル・オ・ナイ 「熊の・足跡・ある・川」の意。オリオ谷の水源に熊押峠がある。熊押峠の反対側はイロナシ谷である。この谷もアイヌ語のイルオナイと思われる。熊や鹿の多い谷に inun を立てたのではないか。

 北海道に以下の地名がある。

 yuk-riya-tanashi ユク・リヤ・タナシ
 「鹿の・越年する・高山」(『北海道の地名』)
 yuk-riya-ushi ユク・リヤ・ウシ
 「鹿の・越年する・所」(『永田地名解』)

 板ヶ谷左岸にあるヨコエキは、
 yoko-us-pet-ekimne-ru
 ヨコ・ウシ・ペッ・エキムネ・ル
 獲物を狙う・いつもする・川の・山へ行く・道


 板ヶ谷周辺はアイヌ語では、狩猟に関係する地名の多いところである。


 クリゴヤ谷の東にコ谷がある。小谷と表し、文字通り小さい谷の意であろうか。小谷と表さず、コ谷としたのは何か別の意味があるのだろうか。

 十方山瀬戸滝登山口の東に、「コダニの谷」がある。これは「小さい谷の谷」の意ではないだろう。「小谷さんが居る谷」の意か。読みをそのままアイヌ語で表すと、

 kotan-i-nay
 コダニ・ナイ
 その村の・川

 「コダニの谷」は、村の川、コタンの川の意となる。「コ谷」は「小谷」でなければ、「コダニの谷」で「タニ」が二つ続くので「タニ」を省略したのかもしれない。北海道に「小谷」 kotan-i コタン・イがある。(『北海道の地名』)。
 

雪の張り付いたブナ
深入山とカナクラ峠から最早山へつづく尾根  林道上から
大平山
登路(青線は磁北線 薄茶は900m超 茶は1000m超)