山歩き

三段峡…奥三段峡…恐羅漢山…内黒峠 2006/11/5
柴木(シワギ)…三段峡…田代…奥三段峡…台所原…恐羅漢山…古屋敷旧道…内黒峠…内黒山…薮ヶ迫山…柴木

■恐羅漢山(オソラカンザン)1346.4m:山県郡戸河内町横川(点の記) 安芸太田町

龍の口
二谷から黒渕の方向
黒渕

蛇杉橋

葭ヶ原
猿飛のイタヤカエデ
横川川・田代川分岐
田代集落
田代川
クモ渕
奥三段峡入口
谷を塞ぐ巨石
畳ヶ平(タタミガナル)
蛇渕付近
蛇渕
モヂキゴウラ手前
谷を塞ぐブナ
お岩渕
管理林道入口
台所原
十方山 恐羅漢山から
ゲレンデを下る
古屋敷橋
石垣の残る旧道
サバノ頭 車道から
内黒峠
深入山と向山 薮ヶ迫山付近から
6:10 柴木出発 晴れ 気温5度

 

8:25 横川出合
9:05 イキイシ谷
11:30 出合原
12:40 台所原
13:35 恐羅漢山
14:45 古屋敷橋
15:50 内黒峠
16:10 内黒山
17:20 柴木


 明るくなったところで、西善寺近くの駐車場を出発。三段峡の奥に、サバノ頭が覗く。柴木の里は、点々と灯りが点いている。暗い林の中に、黄葉が明るく光っている。龍ノ口を通る頃には、すっかり明るくなった。龍ノ口の入口の淵から、岩の水路の谷が奥へ続いている。

 龍の口は、古くから呼ばれていたようで、『戸河内森原家手鑑帳』(1715年)で、龍の口の淵が紹介されている。
 『松落葉集』(1768年)に、西善寺住職、善応の歌がある。

 竜口(たつのくち)
   善応(ぜんおう)

 巖穴(がんけつ) 煙雲暗く
 激流 雨声(うせい)を作(な)す
 自(おのずか)ら神竜(しんりゅう)の勢あり
 緑鱗(りょくりん) 削り成すに似たり

(大意)岩穴のあたりは水煙でほの暗くかすみ、はげしく流れる水音は、大雨が急に降ってきたかと思われるほどである。あたりはさながら神妙不可思議な竜の趣があり、緑のうろことも見まごう岩肌は、まるで削りとりでもしたようである。(広島大学附属図書館HPより)

 龍ノ口は、おそらく、1700年代以前に、古くさかのぼる呼び名と思われる。

砂がたまった黒渕

 龍ノ口から少し進むと、皆実高校遭難碑、その先から渓谷は北東に向きを変える。ニ谷を過ぎると、コの字の谷に入る。西にあるサバノ頭の展望地から、コの字の地形を見ることができる。

 渓谷の紅葉は、幾分か鮮やかさがないように思われる。黒渕は砂がたまり、浅くなっている。コの字の底辺を抜けて、蛇杉橋、南峰橋を渡る。サバノ頭から降りるヌケ谷を過ぎると、葭ヶ原。ミズナシ川の駐車場に、食材屋さんのトラックが止まっている。葭ヶ原の店へ来るお客さんが多いのだろうか。店の前ではもう、カゴを売る出店の人が準備している。

 葭ヶ原を過ぎると猿飛、渡船場の船頭さんが待機している。急坂を上がると、イタヤカエデの大木がある。猿飛付近はイタヤカエデが多い。猿飛も古い地名である。

 『松落葉集』の亭々の歌がある。

 猿飛(さるとび)
  亭々

 岩を飛ぶ猿も礫(つぶて)や玉あられ

(大意)空高く聳える猿飛岩の上をとぶ猿の姿は、投げた小石か玉あられのように見える。(広島大学附属図書館HPより)

 猿飛の渓谷の間隔は案外広く、猿といえども、岩から岩へ飛び越すのは不可能と思われるが、垂れた枝の先から飛び越すのは可能だろう。三段峡のこの辺りで猿を見たことがない。

 2時間余りで、横川出合に到着。ここで谷は、横川川と田代川に分岐する。田代出合橋を渡り、田代川に沿う林道を上がった。この辺りの山は、赤く染まっている。横川トンネルに掛かる高い橋の下を過ぎると、田代集落のあった石垣の道になる。牛小屋谷へ入る田代橋を過ぎ、通行止めの谷沿いの道を進むと、終点がイキイシ谷。

 谷沿いの道を進み、くも渕を見ると、水量が少ない。左岸の山道を乗り越し、奥三段峡に入る。水量が少ないので水に浸かることはなかったが、しばらく進むと、がけ崩れで、谷が塞がれたところがある。崖を登れば水に浸かることはないが、水に入れば簡単に乗り越せるところである。

 膝ほどの水に入り、崩れた大岩に上がる。水は、さほど冷たくはなかった。岩崖を回りこむと、畳ケ平(タタミガナル)。谷の底が、畳を敷いたように、段々になっている。蛇渕の手前で、日が差し込み、黄葉が鮮やかだった。

 ゴツゴツした岩を越えると、もぢきごうら。モヂキゴウラとは、南から降りる谷のことであろうか。変わった名である。その先で、倒れたブナの大木が、谷を塞いでいた。北東からゆるやかに降りる出合谷を過ぎると、お岩渕が近い。左岸を回りこんで、お岩渕の上に出ると、先は堰堤である。

 堰堤の上の周辺の紅葉が鮮やかだった。その先に比尻山の裾野が降りている。2時間半ほどで、奥三段峡を抜けた。中之甲の林道を上がった。管理林道の入口に着くと、土場に車が2台止まっていた。出合橋から1時間ほどで台所原。分岐のミズナラの大木の下で少し休憩した。

 台所原のブナの黄葉はすばらしかった。静かな樹林を上がった。登るに連れて、ブナの木の葉が少なくなる。1時間ほどで恐羅漢山。山頂は大勢の人でいっぱいだった。霞んではいるが、山頂からの眺めを見て、下山した。山頂直下のゲレンデに出て、真っ直ぐに下った。1時間ほどで古屋敷橋。

 古屋敷橋を渡り、旧道に入る。入口は茂っているが、中に入ると、立派な古道が残っている。車道を上がるより、旧道の方が、内黒峠まで大分近い。所々、崩れている。立派な石垣が、随所に残っている。モリガ谷から上がる古道と合流すると、だんだんとヤブになる。その辺りから車道に出た。

 車道から、サバノ頭、深入山、苅尾山、比尻山、砥石川山の山並みが見える。古屋敷から1時間ほどで内黒峠。最後の登りとなる、内黒山へのブナ林を上がった。若いブナ林に夕日が差し込む。内黒山を過ぎて、薮ヶ迫山の入口まで来ると、周辺は伐採されていた。

 いままで見ることのできなかった景色が、突然現れた。向山と深入山が、すぐ近くに見える。その隣の、苅尾山も見える。柴木林道に下りると、今までなかった、クマの捕獲オリがあった。クマの出没が多いのかもしれない。内黒峠から1時間半ほどで柴木に下った。

三段峡
奥三段峡
奥三段峡
台所原
牛小屋谷と深入山
砥石川山 恐羅漢公園線車道から
内黒山のブナ林


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カシミールデータ
総沿面距離31.4km
標高差1018m
累積標高+2992m
累積標高-2992m

区間沿面距離
柴木
↓ 8.8km
横川出合
↓ 2.6km
イキイシ谷
↓ 2.5km
出合原
↓ 6.0km
恐羅漢山
↓ 7.0km
内黒峠
↓ 4.5km
柴木

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地名考

●もじきこうら(奥三段峡)
 カシミールで、「もじき」「もぢき」を検索すると、三ヶ所ある。
 モジキ谷(奈良県)は、大峰山脈の大普賢岳の西にある。曲木(モジキ 香川県)は、県境の山間にある。茂知木(モジキ 山口県)は、莇ヶ岳南の山奥にある。

 「モジキ」の呼び名の地名は、山間の奥にあるようだ。

 北海道富良野市の西に、「尻岸馬内川」(シリキシマナイガワ)がある。

「尻岸馬内川は、明治29年5万分図では、モシリケシオマナイ。『モ』が落ちた形で現在は呼ばれている。モシリ・ケシ・オマ・ナイ(島の・末端・にある・川)で、本流の中に島があったのであろう」(「北海道の地名」山田秀三)。

 本流にあった島から、奥の支流に入る川が、尻岸馬内川である。

 「もぢきこうら」は、アイヌ語で、

 mosir-kes-oma-kotan-utur
 モシリ・ケシ・オマ・コタン・ウトル
 地の・端・にある・村・の間

 三段峡の奥の奥三段峡の奥にあるのが、「もぢきこうら」である。

 苅尾山の南に「モジリキ」の谷がある。橋山川の奥にある谷である。

 mosir-kes モシリ・ケシ 「土地の・末端」の意。

苅尾山南のモジリキ

■三段峡周辺
 三段峡に関する記録で最も古いのは、『戸河内森原家手鑑帳』(1715年)で、龍の口の淵が紹介されている。画文集『松落葉集』(1768年)には、奇勝として、龍の口、三段龍頭、猿飛が紹介されている。田代の南にある呼岩も、『松落葉集』に、梅北の歌がある。

 呼岩(よびいわ)
  梅北

 ふり向ば岩かあらぬか呼子鳥

(大意)呼岩が自分をよんでいると思ってふり向くと、そうではないのか、呼子鳥の啼き声だつたのか。(広島大学附属図書館HPより)

 呼岩は、よく反響することから、その名があるが、梅北の歌は、反響を歌ったものでなく、呼岩の反響かと思ったら、呼子鳥(カッコウ)の鳴き声だったという意の歌である。

 呼岩は左右に二つに分かれた岩である。そのため、特定の地点ではよく反響するのかもしれない。

 アイヌ語では、
  yopi-iwa ヨピ・イワ 「分れ・岩」の意がある。

 古くから呼ばれている、龍の口、三段竜頭、猿飛についても、アイヌ語で意味ある地名のようだ。

●龍の口
 tatni-us-kut 
 タッニ・ウシ・クッ 
 樺樹・群生する・崖

 龍の口の淵からのびる、細い岩の谷は、蛇の喉のように見えるのかもしれない。

●三段龍頭
 三段龍頭は三段滝のことだが、『松落葉集』の柳谷の歌がある。

 三段竜頭(りゅうず)
   柳谷

 朝ぼらけ柴木(しばき)の山のきりはれて雲にながるる滝の白糸

(大意)朝あけ頃、柴木山のきりがはれて来ると、谷間の雲中に流れる竜頭の滝が白糸のように見える。(広島大学附属図書館HPより)

 アイヌ語では、

 san-tanne-riya-ru-utur-us-i
 サン・タンネ・リヤ・ル・ウツル・ウシ・イ
 坂・長い・越年する・路・の間・にある・所


●猿飛
 猿飛周辺はイタヤカエデの多いところである。

 アイヌ語で、
 sar-un-topeni-us-i
 サル・ウン・トペニ・ウシ・イ 
 葭原・ある・イタヤカエデ・群生する・もの(川)

 「西中国山地」では、阿佐山北の「トビ岩」、鈴ノ大谷山北の「トビノコ」の谷がある。

 北海道の飛仁臼川 トビニウスガワは、
 topeni-us-i トペニ・ウシ・イ
 「イタヤカエデの・群生する・川」の意。

 周辺の地形から以下の意も考えられる。

 sar-tom-us-pi-nay
 サル・トム・ウシ・ピ・ナイ
 葭原の・中・にある・細く深い谷・川

阿佐山北のトビ岩
鈴ノ大谷山北
 

奥三段峡 お岩渕手前
奥三段峡終点の堰堤より

台所原のブナ林
登路(薄茶は900m超 茶は1000m超)