山歩き

シノンバラ…大万木山…毛無山…鯛ノ巣山 2006/10/29
篠原(シノンバラ)…1131P…大万木山…975P(モンザカ)…駐車場…毛無山(1062P)…鉄屋山…鯛ノ巣山…キジヤ橋…篠原

■大万木山(オオヨロギヤマ)1267.7.0m:島根県飯石郡頓原町大字頓原字位出谷(点の記)
■毛無山(ケナシヤマ)1062m:(三角点なし)
■鉄屋山(テツヤサン)1051.5m:島根県飯石郡吉田村大字吉田村字木地屋山(点の記)
■鯛ノ巣山(タイノスヤマ)1026.4m:島根県仁多郡仁多町大字上阿井字真奥(点の記)

雲の掛かる毛無山
大万木山
車道終点 1131Pへ上がる峯

沼の横を通る

スギ林とブナ林の間を登る
1131ピーク
4mブナ 1131ピーク西
若いブナ林を進む
登山道へ
大万木山
門坂へ下る登山道
門坂から見た大万木山
毛無山 展望所から
篠原 1131ピーク取付点
毛無山
鯛ノ巣山と鉄屋山 毛無山から
鉄屋山
登山道のブナ林
紅葉の登山道
猿政山から毛無牧場への峯
登山道
ブナ
猿政山と大毛無山 展望地から
鯛ノ巣山から阿井、大仙方向を望む
福原の里 鯛ノ巣山から
鯛ノ巣山
ブナ林を下る
6:35 篠原出発 晴れ 気温6度

 

7:10 車道終点
9:10 1131P
10:35 大万木山
11:25 975P(門坂)
11:35 駐車場
11:55 展望所
12:25 毛無山(1062P)
13:00 鉄屋山
13:30 1020P
13:55 985P
14:25 鯛ノ巣山
16:25 キジヤ橋(432号線)
17:20 篠原

 国道432号線から篠原へ入る交差点を出発。道路標識は Shinohara となっている。

 車道の先に雲の掛かる毛無山が見える。篠原大橋を渡る。ここも「しのはらおおはし」となっている。ムラサキシキブが実を付けている。ビニールハウスではトマトを栽培している。大万木山は、雲が掛かっている。

 北へ上がる車道を西へ曲がり、戸田橋を渡ってほどなく車道終点。終点から先、踏み跡が見当たらない。沼を回り込んで、小尾根に取り付いた。登るに連れて薮となる。

 薮をやっと抜けて、1131ピークへ続く主尾根に出た。スギ林とブナの林の間を登っていく。急な登りが終わると1131ピークである。車道終点から2時間ほど掛かった。三角点のすぐ近くに、同じような境界柱がある。

 1131ピークは点名、奥三沢(おくみさわ)で、四等三角点、所在地は、比婆郡高野町大字和南原字奥三沢山(点の記)。南側から奥三沢川が上がっている。

 

 紅葉のブナ林を上がった。少し進むと、北斜面に大きなブナがあった。周囲4mの二股ブナである。尾根の北側はブナが多い。そこから少し登ると、大万木山へ続く平坦地に入る。最初は歩きやすいササの道だったが、だんだんと枝が覆ってくる。長いブッシュ帯が続く。前方に白樺林のような白い幹の林が見えてくる。ブッシュを抜けて、その林に入るとブナ林だった。すぐ先に小屋が見えた。山頂へ200mほどの所の登山道へ出た。避難小屋の道標があり、門坂駐車場へ2.9kmとある。

 出発から3時間半で大万木山に到着。ベンチのある広い場所だが、ここからは展望が無い。大万木山は二等三角点、点名も同じで、明治26年の選点。

 道を引き返して、門坂へ降りた。ブナの道を下ると程なく分岐。登山道は西の車道へ降りているようだ。尾根の踏み跡を降りた。毛無山が樹林から覗く。開けた所で、篠原を眼下に見る。その先に、猿政山から毛無の峯がつづく。西側には車道が上がっている。

 

 大万木山から50分で975ピーク。点名は門坂(もんざか)で、四等三角点、所在地、島根県飯石郡吉田村、俗称を「新正坊」と言う(点の記)。門坂は展望が利く。篠原から1131ピーク、大万木山を一望できる。1131ピークから大万木山まで平坦な様子がよく判る。

 門坂から10分ほどで車道に出た。広島北部森林管理署の大万木山登山道の案内図がある。ここは、篠原と頓原から車道が上がる鞍部である。峠の駐車場から毛無山の登山道に入る。15分ほどで展望所。前方に紅葉の毛無山がある。展望所へ等検境(トウケンキョウ)から上がるルートがある。

 毛無山へ進んだ。木の階段を登る。カエルがまだ飛び跳ねている。気温は16度、冬眠にはまだ早いのだろう。眼下に、先ほど通った篠原の車道終点の民家が、間近に見える。毛無山の紅葉が、だんだんと鮮やかになってくる。山頂周辺は若いブナ林である。清々しいブナの林を歩く。駐車場から50分で毛無山。1062峯で三角点はない。林で展望はないが、樹林から鯛ノ巣山が見える。

 鉄屋山へ向かった。毛無山まで遊歩道の登山道だが、ここから山道に変わる。少し進むと大岩がある。南側に、篠原から北へ上がる谷を見渡すことができる。前方に錦の鉄屋山が見える。その先に大毛無の峯がある。しばらく進んだところで道が分岐する。深谷川から上がる道があるようだ。

 毛無山から30分で鉄屋山。点名は鉄屋(てつや)で、三等三角点 俗称も鉄屋と言う。明治27年の選点。樹林で展望はよくない。快適な若いブナの道が続く。樹林が開けたところでは、猿政山から毛無牧場まで一望できる。

 猿政山はアイヌ語で、「湿地の草原」の意があるが、ここから猿政山の峯を一望すると、猿政山は、毛無山牧場のある草原の奥にある山の意ではないかと思われる。

 1020P、985Pを通り、鯛ノ巣山が一段と近づいてきた。日当たりに小さなマムシが寝そべっていた。つついても動かない。ロープのある大岩を上がり、展望地に出た。

 猿政山がすぐ正面にある。呑谷の民家が見える。内尾谷川の最奥の民家も見える。猿政山の左に覗いているのは竜王山のようだ。ここは猿政山から毛無山への展望地である。大万木山の長い峯は影のように見えるだけになった。

 展望地からほどなく鯛ノ巣山に到着。大万木山から4時間ほどだった。鯛ノ巣山は点名、鯛巣(たいのす)で、三等三角点、俗称も鯛巣で、明治27年の選点。ここから大仙が見えるようだが、霞んでいる。眼下に福原、阿井の里が広がっている。登山道は北へ降りており、東へ降りる道はないようだ。

 引き返して、展望地手前の急な尾根を下った。前方の猿政山と大毛無山の間の呑谷に向かって降りる尾根である。巨大な岩が尾根を塞いでいる。左に回りこんで、元の尾根に戻る。この尾根に沿って、古いテープが巻いてある。境界測量の目印のようだ。大分下って、中電の鉄塔に出た。すぐ下に呑谷の家が見える。

 鉄塔から下は道が降りていた。クリノキにクマ柵があった。登山道では、クマ柵はまったくなかったが、里近くにクマは居るようだ。爪痕が小さく、子グマのようである。ほどなく国道のキジヤ橋に出た。鯛ノ巣山から2時間ほどだった。

 国道を上がった。大貫峠手前の、長い曲がり坂を上がる。峠の標高は640m、高野町に入ると、出発点まで僅かである。出発点にある朝市のおばさんに確かめてみた。「昔はシノンバラと言ったが、今はシノハラと言う」。昔の呼び名は、だんだんと変わっているようだった。

尾根を塞ぐ大岩 鯛ノ巣山を下る
鉄塔から見た猿政山と大毛無山
クリノキのクマ柵
 
 

 


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カシミールデータ
総沿面距離24.5km
標高差804m
累積標高+2350m
累積標高-2323m

区間沿面距離
篠原
↓ 7.6km
大万木山
↓ 4.5km
毛無山
↓ 4.6km
鯛ノ巣山
↓ 3.5km
キジヤ橋
↓ 4.3km
篠原

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地名考

●大万木山(オオヨロギヤマ)

 ネットで、「よろぎ」を検索すると、万葉集に、「余綾」(よろぎ)がある。

「相模道の余綾の浜の真砂なす子らは愛しく思はるるかも」

 「余綾の浜」は神奈川県の大磯(おおいそ)〜国府津(こうづ)あたりを言う。

 現在は、小陶綾(こゆるぎ)ノ浜と言い、「ゆるぎ」とは波の動揺をあらわす意があると言う。

 ほかに、滋賀県高島市安曇川町に、與呂伎神社がある。社名の「與呂伎」は、「よろぎ」と読み、 鎮座地の旧名も、「萬木(よろぎ)」と言う。創祀年代は不詳。

 「大万木山の由来として、昔この山が『ゆるぎ山』(揺れ動くの意)と呼ばれていたことからという説があります。それを鎮めるためにこの権現さんをお祀りし、動くのが止んだと伝えられています」(島根県民の森HP)。

 大万木山に、今から約4千万年から3千万年前にかけて出来た、火山活動を伴うカルデラがある。カルデラは、火山の噴火によって、円形に大きく窪んだ地形のうち、その円形の直径が2キロメートル以上あるものを言う。

 権現様のおかげで、火山活動が止んだのかもしれない。

 「よろぎ」の呼び名は、万葉の時代に古く遡るようだ。

 アイヌ語の「ヨロ」には、iwor イォル 「狩場」の意がある。

 狩場の意と思われる「ヨロ」を含む地名は、北海道、東北に多い。北海道の養老牛(ヨウロウウシ)、岩手県のヨロベツなどがある。

 「西中国山地」周辺の「ヨロ」の呼び名に似た地名に、櫛山西の丁川(ヨウロガワ)、その下流の加計の丁川(ヨオロガワ)、千代田インター近くの丁保余原(ヨウロホヨバラ)がある。

 丁保余原の東に保余原がある。アイヌ語で、

 pon-o-par
 ポン・オ・パラ 小さい・川・口

 丁保余原は、

 iwor-utur-oma-pon-o-par
 イォル・ウトル・オマ・ポン・オ・パル
 狩場・の間・にある・小さい・川・口

千代田インター近くのヨウロホヨバラ

 大万木山(オオヨロギヤマ)はアイヌ語で、
 o-iwor-utur-kus-nay
 オ・イォル・ウトル・クシ・ナイ
 川尻の・狩場・の間を・通る・川(の山)

 大万木山の西側の奥畑から上がる谷は、大きく湾曲し、その谷の尻の山の奥にあるのが、大万木山である。

 「点の記」によると、大万木山の字名は「位出谷」である。おそらく、イデタニと呼ぶと思われる。アイヌ語で、

 situ-un-nay
 シト・ウン・ナイ
 山の走り根・に入る・川


 大万木山のすぐ北西に、武智から上がる二股の谷のどちらかが、イデ谷と思われる。

 「西中国山地」の半四郎山の西に、イデ谷がある。小虫谷から上がる二股の谷の片方を、イデ谷と呼んでいる。もう片方はコズガ谷である。

大万木山西の谷
半四郎山西のイデ谷

●篠原(シノンバラ)
 シノンバラと言う地名は、カシミール検索では、この地だけだある。

 sinoman-para-nay
 シノマン・パラ・ナイ
 本当に奥へ行く・広い・川

 
 毛無山牧場の南に「死人坂」がある。
 恐羅漢山に死人谷がある。

 死人谷 シビト
 si-pit-nay
 シ・ピッ・ナイ
 大・石・川

恐羅漢山の死人谷
シノンバラ

4mブナ 1131ピーク西
大万木山の長い稜線  展望所から

毛無山
毛無山のブナ林
毛無山と毛無山牧場  1020ピーク西から
猿政山と大毛無山  鯛ノ巣山西の展望地から
登路(青線は磁北線 薄茶は900m超 茶は1000m超)