山歩き

恐羅漢山…天杉山…高岳…比尻山 2006/10/8
牛小屋…恐羅漢山…台所原…中ノ川山…天杉山…野田原…奥匹見分岐…野田の百本松分岐…高岳…比尻山…笹小屋…出合原…中之甲…夏焼峠…牛小屋

■恐羅漢山(オソラカンザン)1346.4m:山県郡戸河内町横川(点の記) 安芸太田町
■中ノ川山(ナカノゴウヤマ)1170.2m:山県郡戸河内町中ノ甲(点の記) 安芸太田町
■天杉山(アマスギヤマ)1173.6m:美濃郡匹見町一ノ谷(点の記) 益田市
■高岳(タカダケ)1054.3m:山県郡芸北町大字西八幡原字高岳(点の記) 北広島町
■比尻山(ヒジリヤマ)1113.2m:山県郡戸河内町横川(点の記) 安芸太田町

立山尾根の入口
削られた立山尾根
丸子頭と十方山北峰

砥石川山

牛小屋谷とサバノ頭
ガスの恐羅漢山
ガスの恐羅漢山を下る
登山道を塞ぐ折れたブナ
台所原へブナ林を下る
中ノ川山
岩倉山分岐
天杉山
奥匹見峡分岐
比尻山(聖山) 展望地から
深入山が覗く 展望地から
鋼のロープがぶら下るブナ
野田の百本松分岐
野田の百本松分岐
深入山と聖湖 高岳から
比尻山(聖山)
春日山 比尻山西から
笹小屋
砥石川山
古い道標の柱が立つ中之甲
折れた木の橋 コロバシ谷
ナツヤケのキビレ
6:35 牛小屋出発 晴れ 気温6度

 

7:20 恐羅漢山
8:10 台所原
8:40 中川山
8:45 岩倉山分岐
9:20 天杉山
9:50 野田原の頭
10:45 奥匹見峡分岐
12:15 野田の百本松分岐
12:45 高岳
14:30 比尻山(聖山)
15:00 笹小屋
16:00 中之甲
16:45 夏焼峠
17:05 牛小屋


 今日は、登山者が多い。十方山へ、恐羅漢へ早朝から出発している。牛小屋の駐車場から立山尾根を上がった。今は、立山尾根の東側の山毛欅乃木小屋の横を通ってゲレンデを上がる登山道になっているが、ここは元々、ササ原だった。立山尾根は両側をスキーコースで削られ、尾根も僅かに残っているだけである。

 丸子頭と十方山の北峯が見えるが、恐羅漢山はガスで見えない。砥石川山は頭にガスが掛かっている程度である。牛小屋谷の堰堤の池が輝き、その先の深入山は霞んでいるが、サバノ頭は朝陽がシルエットをつくっている。落ちたハウチワカエデの黄葉の道を登った。45分ほどで恐羅漢山。山頂のガスでほとんど見えない。山頂岩で一息入れて、台所原へ向かった。

台所原

 恐羅漢山を少し下ると、「台所原へ」の道標がある。ガスのブナ林を下った。ホウノキの大きな葉がたくさん落ちている。倒れたブナの大きな木が、道を塞いでいた。下るに連れてガスが消えていく。ブナ林を50分ほど下ると台所原。中ノ川山へ上がる道の、台所原の辺りはササ薮だったが、ササが刈られている。

 中ノ川山の登山道はブナがなく、ミズナラの道となる。所々、クモの巣が道を塞いでいる。台所原から30分ほどで中ノ川山。林で展望は余りないが、恐羅漢はまだガスが掛かっている。そこから5分ほどで、岩倉山への分岐。

 岩倉山へは登山道がある。天杉山へ進んだ。林間から砥石川山が見える。中ノ川山から40分ほどで天杉山。「浜田山の会」の道標がある。ササ原の間から深入山が見えるが、展望は余りよくない。

御神木

 天杉山を少し下ると、「No.15 御神木」と書かれた杉の大木がある。ホタノコヤの谷が上がる鞍部を過ぎると野田原の頭。天杉山から30分ほど。ここは三角点はないが、「No.14 野田原」の札がある。野田原の頭を下り、しばらく進むと林間から比尻山が見える。カメラに収めていると、四人の登山者が上がって来た。「クマは居ませんでしたか」と聞かれたので、「クマの痕跡はないようですね」と答えた。

 ここまで尾根を歩いてきて、クリの木はあるのだが、クマ棚がなく、クマの痕跡が全く見られなかった。先週歩いた八幡原の周辺は、クマの痕跡の濃い所だった。おそらく、この尾根筋の木はまだ小さく、クマも当てしていないのかもしてない。

 そこからほどなく、「奥匹見峡」の道標がある分岐に到着した。「注意 クマが出没します」の看板がある。「高岳」の道標もある。ここから高岳へはヤブと思っていたが、どうも道が開かれたようだ。ありがたく、道のある高岳へ進んだ。

 この道は最近、開かれたようだ。20分ほどで、四等三角点のある999.1ピーク。「日本分水嶺」の標識がある。この辺りは、尾根が入り組んでおり、道がなく、ガスでも出ると迷いやすいところである。そこから少し先に、展望できるところがある。大きな比尻山が、目前にある。そこから少し先で、道が分岐する。東へ降りる踏み跡がある。アカゴウ谷の水源から上がる道があるのかもしれない。

 ジグザグの尾根を進んで、ササが刈ってある広場に出た。そこから少し先に、三角点のような境界石がある。前方に、比尻山からの尾根道と合流する小山が見える。切り開かれた地点に出た。ブナに鋼のロープが巻いてある。一面、伐採されたところである。

 アカゴウ谷の水源の先に比尻山がある。高岳の左手に、嶽が見える。アカゴウ谷の水源に下った。ここは分水の鞍部である。西側は匹見川へ、東側は三段峡へ降りる地点である。鞍部を登り、ようやく高岳への登山道の分岐に出た。

野田の百本松分岐
 

 分岐に、「野田の百本松(奥匹見峡)」の道標があり、「西中国山地、聖山分れ野田の百本松間を地元の協力を得て、分水嶺登山道を復元しました」と書かれたプレートが立ててある。平成17年9月18日の日付で、「社団法人日本山岳会中国ブロック 100周年記念事業実行委員会」とある。昨年の9月に、奥匹見分岐から登山道の分岐まで、道が開かれたようである。分岐の倒木に腰掛けて、一休みした。

 分岐から30分ほどで高岳。山頂は大勢の登山者で賑わっていた。次々に登ってくる人もある。今日は、先週ような霞は全くなく、聖湖とその周辺の山々の眺めは、素晴らしかった。早々に引き返し、比尻山へ向かった。比尻山の登りに差し掛かると、クリのイガが散乱している。見上げると、クマ棚が出来ている。葉が枯れているので、直近のものではないようだ。地面のクリを見ると、きれいに実を取り出して、クリの皮だけが残っている。クリノキの折れた枝が散乱している。

 今まで全くなかったクマの痕跡がここにあるのは、やはり、クリノキが大きいからであろう。比尻山分岐にあるクマ棚は新しいものだった。

クマの食べかす
クリノキの爪痕
比尻山分岐のクマ棚
 

 分岐からほどなく比尻山。高岳から1時間45分。昔はここから聖湖が見えたと言うから、草山だったのであろう。今は、林で展望はない。高岳に比べて、登る人の少ない山になっている。西へ回り、岩の上に上がってみると、野田原の右に、春日山の峯を望むことが出来る。

 登山道のある十文字キビレに降りず、比尻山から直接、笹小屋に下りて、時間を短縮した。比尻山山頂付近は、背丈ほどのササで囲まれているが、南東へ数十メートルほど下ると、大岩があり、そこから先は、ヤブは少ない。ヒノキ林を下ると、大きなクリノキにクマ棚があった。やがてスギ林に変わり、30分ほどで笹小屋に出た。「危険 クマに注意」の大きな看板がある。ここから林道を少し登ると
、イキイシ谷へ林道が降りている。

 中之甲林道を下った。林間から覗く砥石川山は、こちらから見ると、全く違った山に見える。奥三段峡とアカゴウ谷の分岐の出合原に出て、中之甲へ登った。林道の石の道は歩きにくい。笹小屋から1時間ほどで中之甲。夏焼峠へ上がる入口は、古い道標の柱が一本残っているだけである。

 夏焼のキビレへ上がる、コロバシ谷の登山道は荒れている。木の端が幾つも真っ二つに折れていた。ここを通る人は余り居ないのだろうか。中之甲から45分で夏焼峠。牛小屋へ下る橋も折れていた。スキー場の上にある、ガスのない恐羅漢山を横に見ながら、朝と比べて静かになった牛小屋へ帰着した。



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カシミールデータ
総沿面距離23.7km
標高差578m

区間沿面距離
牛小屋
↓ 1.5km
恐羅漢山
↓ 1.5km
台所原
↓ 2.9km
天杉山
↓ 3.0km
奥匹見分岐
↓ 2.6km
野田の百本松分岐
↓ 1.3km
高岳
↓ 3.5km
比尻山(聖山)
↓ 4.3km
中之甲
↓ 3.1km
牛小屋

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●地名考


○恐羅漢山

 恐羅漢山の由来は、オソル・ラカン(尻の・穴)、あるいはオソル・コツ・ラカン(尻の・跡の・穴)など、アイヌ語の山名として、以前から言われている。「西中国山地」でほかにラカンの地名が出てくるのは、旧羅漢山と羅漢山だけである。「恐羅漢山」周辺で「ラ」を含む地名は、旧羅漢山、平太小屋原、台所原がある。

 「原」は、アイヌ語の、para(パラ)として、訳されている場合があるが、アイヌ語の辞書では「広い」の意がある。(「地名アイヌ語小辞典」「萱野茂のアイヌ語辞典」)。

 「ハラ」は、wa-rat ワ・ラッ 「岸に・ぶら下がる」「〜に・ぶら下がる」の意もある。また、par パラ 「口」の意もある。

 ヒラタコヤハラは、
 e-para-tanne-nupuri-ko-yan-pet-par
 エ・パラ・タンネ・ヌプリ・コ・ヤン・ペッ・パル
 頭・広い・長い・山・に向って・上がる・川の・口

 台所原は、
 ray-to-koro-par
 ライ・ト・コロ・パラ
 涸れた・沼を・持つ・入口

 北海道・北見常呂に、「ライトコロチャル 涸れ沼の口」がある。

 恐羅漢山は、
 osor-rakan-pet
 オソル・ラカン・ペッ
 「尻の・うぐいの産卵穴の・川」の意が考えられる。匹見川から亀井谷へ、うぐいが遡上していたのだろうか。ラカンはうぐいの産卵穴の意だが、その産卵穴の浜の奥にあるのが恐羅漢山である。
 北海道にエソラカン沢(ミツバウツギ)があり、恐羅漢の呼び名に近い。
 o-esorokanni-sam 
 オ・エソロカンニ・サム 川尻・ミツバウツギの・傍

○旧羅漢山

 ki-us-oesorokan-sam
 キ・ウシ・オソロカン・サム
 茅・群生する・恐羅漢山・の傍

「西中国山地」より

○天杉山

 e-horka-an-mo-nup-utur-kus-pet
 エ・ホロカ・アン・モ・ヌプ・ウツル・クシ・ペッ
 頭が・後向きで・ある・小・野・の間を・通る・川

○野田原の頭

 nnutap-nay-par-ka-us-sir
 ヌタプ・ナイ・パル・カ・ウシ・シリ
 川の湾曲内の地の・川の・入口の・上に・ある・山

「西中国山地」より

○高岳

 putu-pirka-tay-kes-kotan-nay
 プト・ピリカ・タイ・ケシ・コタン・ナイ
 その川口・良い・林・端の・村・川

○比尻山
 ヒジリの古名はシジリ

 e-sikari-pet
 エ・シカリ・ペッ
 そこで・曲流する・川

「西中国山地」より

 
 

苅尾山
深入山

登路(青線は磁北線 薄茶は900m超 茶は1000m超)