山歩き

カミノ谷…安蔵寺山…香仙原…ワラビ谷 2006/8/20
安蔵寺山林道入口…登山口…廻岩(923P)…避難小屋…展望所(伊源谷分岐)…安蔵寺山…展望岩…赤土山…香仙原…ワラビ谷…林道入口

■安蔵寺山(アゾージヤマ)1263.2m:島根県日原町大字左鐙字高領芦谷(点の記)
■香仙原(コウセンバラ)1056.1m:島根県鹿足郡六日市町大字上高尻(点の記)

安蔵寺林道入口
オオクズレ谷
スギ林の石垣
カミノ谷の堰堤
登山口
登山道の木の階段
安蔵寺山から降りる西尾根
安蔵寺山東尾根 廻岩から
廻岩
避難小屋
ガスの展望所
ガスの安蔵寺山
安蔵寺山西尾根道のブナ
展望岩
アシ谷の車道 展望岩から
カミノ谷 展望岩から
安蔵寺山 赤土山北東の展望地から
赤土山
香仙原
香仙原山頂
ワラビ谷のワサビ田跡
ワラビ谷入口
ウエノ谷入口
7:55 林道入口出発 曇り時々雨 気温23度
 

8:15 登山口
9:20 廻岩(923P)
9:35 避難小屋
10:20 展望岩(伊源谷分岐)
10:35 安蔵寺山
11:20 展望岩
13:00 赤土山
13:45 香仙原
16:55 ワラビ谷入口
17:05 登山口


 2時間ほど雨が止むのを待って、安蔵寺山林道入口を出発。林道はカミノ谷に沿って上がっている。林道は雨による水流で荒れており、乗用車で上がるのは無理のようだ。オオクズレ谷を渡る橋を通って進むと、右側のスギ林の中に石垣がある。この辺りは水田だったようだ。林道はカミノ谷の堰堤で東へカーブするとほどなく登山口。林道はまだ上へ続いている。


 カミノ谷はアイヌ語の、kamuy-nay カムイ・ナイ(神の・谷)であろうか。

 オオクズレ谷はアイヌ語で、

 o-kus-uturu-us-nay
 オ・クシ・ウトル・ウシ・ナイ
 そこを・通る・その間・にある・川

 カシミールに「おおくず」を含む、山間の谷・川の地名は4件ある。「オオクズレ」は「大崩」の字を当てているが、岩手県の「オオクズサワ」は「大葛」を当てている。

 「オンネ・コッ」を和語に当てはめる時、「オオ・クズ」と聞こえたのだろう。それに「大崩」を当てはめた時、「オオクズレ」と呼ぶようになったと思われる。岩手県の「大葛」が原形の呼び名に近かったのか。

 「西中国山地」では白旗山の北に「マンゾウクズレ谷」がある。

岩手県・オオクズサワ
青森県・オオクズレザワ
三重県・オオクズレタニ
西中国山地・白旗山北
 
 

 「安蔵寺山登山入口」と書かれた標柱の下にお地蔵さんが置かれている。ササが刈られた登山道を上がった。ほどなく木の階段になる。クモの巣の多い登山道である。しばらく登ると西側の展望が開け、安蔵寺山から降りる尾根が見える。クリノキに実が付いている。

 1時間余りで923ピーク、ここは大岩になっており、ガスがかかる安蔵寺山から降りる東の尾根が見える。大岩の周囲を回る道があり、どちらを通っても大岩の先に出る。この大岩は「廻岩」と言う。

 先へ進み、岩の間を通り青い屋根の避難小屋に到着。中は左右に板土間がある。避難小屋を過ぎるとガスが濃くなる。苔むしたブナ林を通り、樹林帯を抜けてササ原に出た。ガスで視界は50mほど。出発から2時間余りで伊源谷分岐の展望所に出た。木の台があり、眼下を展望できる所だが、ガスで視界はまったく無い。展望所で少し休憩した。気温20度だが、風が強く寒気がしてきた。

 

 展望所から緩やかに登り、10分ほどで安蔵寺山。ガスで展望はない。安蔵寺山は二等三角点で、点名は杉山、明治27年の選点。

 安蔵寺山の初見は『吉賀記』(1804年)で「安造寺山」「安蔵寺山」とある。『石見八重葎』(1816年)には「阿増地山」とある。この山は「アゾージ山」「アンゾージ山」と呼ばれている(「西中国山地」桑原良敏)。

 カシミールに「安蔵」を含む地名の呼び名は「アゾウ」が多い。「安造」は「アソ」と呼ぶ。「阿増」を含む地名はカシミールにない。「安蔵」「安造」「阿増」と表す、元の呼び名は「アゾウ」だったのかもしれない。

 安蔵寺山はアイヌ語で下記の意。

 as-o-sir
 アシ・オ・シリ
 潅木・多い・崖

 アシ・オ・シリ→ア・ソウ・シ→ア・ゾー・ジ の転訛

 安蔵寺と言う寺は元々無かったと思われる。

ブナ
安蔵寺登山道分岐


 安蔵寺山から50mほど下ると、寺床への登山道と分かれ、西の尾根を下りる道がある。余り踏まれた道でないので、新しく開かれた道のようだ。ガスの中、ブナの大木が多い道を進んだ。所々樹林が開け、白骨林がある。褪せていない赤ペンキが岩や石柱、木に塗られている。境界測量のために開かれた道なのかもしれない。

 安蔵寺山から40分ほどで大岩に着いた。ロープがあり、上がって見ると大展望である。ここは切り立った岩崖になっている。真下に香仙原へ続く尾根があるが、香仙原はガスで見えない。北側にアシ谷を上がる林道が見える。南側はカミノ谷が降り、その先の登山口辺りが見える。南側の尾根は安蔵寺林道から上がる登山道である。

 登山道は岩崖を回りこんで先の尾根に降りている。少し下ると、下にも展望岩がある。そこからしばらく下るとアシ谷から踏み跡が上がっていた(分岐1)。さらに下ると切り開かれた尾根道はここまでで、道は北へ降りている(分岐2)。これもアシ谷から上がる道のようだ。ブナの木に赤ペンキで→がアシ谷方向にある。

 950ピーク東の分岐2から先の尾根道はヤブとなる。ハリギリの幹を掴んでしまった。しばらくササを漕ぎ、赤土山へ続く尾根に上がって振り返ると、ガスが消えて安蔵寺山が頭を出していた。その下に先ほど通った展望岩の山がある。土塁に沿って上がり、スギ林に入るとほどなく赤土山。展望はない。

 


 赤土山はアイヌ語で、
 kaye-utur-us-i
 カィエ・ウツル・ウシ・イ
 折れ岩・の間・にある・所

 
 

 赤土山から鞍部へ下り、ササ薮を登る。40分ほどで香仙原。この山へ上がってくるどの方向の登山道も薮となっている。

 香仙原は三等三角点、点名も同じ、選点は明治28年

 香仙原の初見は『吉賀記』(1804年)で、「コウセンハラ」とある。「コウセンハラ」と並んで記されている「ヨウチハラ」と思われる地名が、柿木の東の「夜打原」(ヨウチバラ)だろうか。

 香仙原はアイヌ語で、 chikap-set-un-pet-par
 チカプ・セッ・ウン・ペッ・パル
 鳥の・巣・ある・川・口


 ワラビ谷に「カミコダン」の谷があるが、この辺りあったと思われる集落を指しているのかもしれない。「ワラビ谷の奥の山」の意だろうか。

 香仙原から東へ下った。ほどなくワラビ谷水源の涸谷に出た。しばらく下って水流が現れると石垣があった。ワサビ田である。香仙原からすぐ下の谷で、ずいぶん上部までワサビ田を開いたものである。ワサビ田はキチスケの谷の下流の、踏み跡に上がるまで続いていたから、おそらくその下流もワサビ田があると思われ、大規模なワサビ田だったようだ。

 放棄されて、崩壊したワサビ田は岩が崩れやすい。自然の谷よりも歩きにくい。二万五千地形図ではワラビ谷の左岸に破線道があるが、その道があるのはキチスケの下流辺りまでで、その上は崩壊しているようだ。

 キチスケの下流左岸にスギの幼木があり、その中へ入っていくと踏み跡があった。その道はワサビ谷左岸の民家の裏に出た。小さな谷だったが、香仙原から3時間ほどかかった。


 ワラビ谷はアイヌ語で、
 warumpe-ta-nay
 ワルンペ・タ・ナイ
 ワラビを・取る・川

 「西中国山地」では他に、シロワラビ谷(広見山)、ワラビサデの谷(湯来冠)、ワラビオ谷(鈴ノ大谷山)がある。

 warunpe の語源は uwari-un-pe ウワリ・ウン・ペ 「生まれ・たての・者」の意。一晩で成長するワラビは「童(ワラベ)」の語源とも言われている。「童」は『大辞林』に「わらわべ」の転じた「わらんべ」の撥音、「ん」の無表記とある。

 
 北海道の知内の「小谷石」(コタニイシ)は「村・ある処」の意がある。明治時代には「オタニイシ」と呼んでいたと言う。小谷石はアイヌ語で、kotan-us コタン・ウシ と表す。

 「コダン」と言う地名があるのは「西中国山地」では、ワラビ谷だけである。「コタン」と呼ぶ地名があり、「カミコダン」「シモコダニ」と呼ぶようになったと思われる。

 「西中国山地」には「小谷」「コ谷」「コダニ」「オ谷」を含む地名があるが、それらの中に「コタン」の転訛が多くあると思われる。

 ワラビ谷落口から車道を上がった。静かな山間の集落に稲穂が垂れている。カミノ谷右岸落口に墓がある。かなり古いもので木地師の墓かもしれない。左岸は「ゴギの里ログハウス村」になっている。その先は安蔵寺林道入口である。登山口の標識を見ると「Mt.Azojisan」とあった。

ウエノ谷右岸の墓
安蔵寺林道入口付近の高尻川


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カシミールデータ
総沿面距離10.6km
標高差838m

区間沿面距離
安蔵寺山林道入口
↓ 2.3km
廻岩
↓ 1.3km
安蔵寺山
↓ 0.9km
展望岩
↓ 2.6km
香仙原
↓ 3.5km
安蔵寺山林道入口
 

 
 

ガスの香仙原への尾根 展望岩から
石垣の残るワサビ田跡 ワラビ谷
登路(青線は磁北線 薄茶は900m超 茶は1000m超)