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カリマタノ峠
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深谷川

向峠…小五郎山…カリマタノ峠…柳瀬 2006/7/15
向峠…大谷辻北の鞍部…小五郎山…1137P…カリマタノ峠…容谷越…776P…622P…柳瀬

■小五郎山(コゴロウヤマ)1161.7m:山口県玖珂郡錦町大字須川字小五郎

登山道へ入る道と十王山
林道の立札
初見 林道から
大谷辻の北の鞍部
鬼ヶ城山と高速道
縦走路と右大将陣山
小五郎山
右安蔵寺山
小五郎山
ササの尾根道
カリマタノ峠
ヨウ谷水源の水場
3.7mブナ
高速道
6:15 向峠出発 晴れ 気温26度
 

6:40 林道終点
7:45 大谷辻北の鞍部
8:45 小五郎山
9・30 1137P
10:30 カリマタノ峠
11:00 容谷越
12:00 高速道
16:00 柳瀬 

向峠バス停 

 早朝の気温は26度、日が上がれば30度は超えよう。懐かしいミュージックが流れてきた。有線で「ノバラ」が放送されれいる。時刻は6時だった。向峠のバス停が小五郎山の登山口になっている。向峠は「ムカタオ」と呼ぶ、珍しい呼び名である。向峠は深谷川の東西に広がる、標高385m(バス停付近)の開地にあり、南側は尾根が東西に走っている。

 垰(タオ)はアイヌ語で、taor(タオル)「高岸の地」の意がある。深谷川(フカタニガワ)が標高300mなので、「高岸」というのは、この付近の地形にピッタリである。吉和と戸河内の境の立岩ダムの北に「押ヶ垰」(オシガタオ)があるが、太田川の高岸に位置している。

 アイヌモシリ(人間の大地)を流れるシシリムカ(si-sir-muka)は、日高山脈から太平洋にそそぐ沙流川のことで、「たくさんの砂を海へと流す大きな川」という意味がある。沙流川の下流は砂が堆積してできた大地である。

 向峠はアイヌ語で、muka-taor(ムカ・タオル)「塞がって堆積した・高岸の地」の意で、向峠は深谷川の土砂が堆積してできた高岸ではないかと思われる。


古い道標 

 向峠のバス停の四差路に、字の消えかかった古い標柱が残っている。「小五郎山上り三時間≠ニいう標柱がありここより入る」(「西中国山地」桑原良敏)とあるので、その標柱と思われる。標柱の裏側は「小五郎山登山口」と微かに読める。

 道はガスで煙る十王山に向けて上がっている。ほどなく暗い竹林に入り、イノシシ柵がある。「小五郎山登山者の皆様へ」という注意書きがある。しばらく登ると「四境の役の向峠集落民隠れ屋跡」の立札がある。

 慶応二年(1867年)の長州征伐の際、「向峠地区からも猟銃隊員や労役として出兵した女性はむすび作りなどの炊出しをし朝夕氏神に祈願し不安を抑えて臨戦体制を固めた(錦町誌)。この地より下方一帯に向峠地区民の家財道具を集めて固屋がけして婦人、女子、老人が隠れたところです。錦町」とある。

 道は503ピークの北を通る。深谷川西の初見の里が見える。ほどなく終点。ネムノキの花が咲いている。ヒノキの樹林に入ると、歩く端から羽化したセミが鳴きながら飛び立っていく。イノシシの掘り返した跡が所々ある。林間から除く山々はガスで煙っている。道はカゲンジの上部を横切り、コビン谷の左岸を上がって大谷辻の北の鞍部に出た。ここまで1時間半ほど。

 尾根道に入ると、二ヶ所で数十メートルほどササが覆うところがある。林が開けたところで、東側に霞んでいるが、鬼ヶ城山から羅漢山への展望がある。鬼ヶ城が随分大きく見える。西へ高速道が走っている。進行方向に覗いているのは冠山だろうか。

 小五郎への登りに入って振り返ると、雲が掛かっているが、縦走路の東西に展望が広がる。大将陣山の大きな山容がある。向峠から2時間半ほどで小五郎山。東側は大きな雲がかかり展望がない。下の高速道が見える。西には安蔵寺山が見える。

 小五郎山は三等三角点、明治28年の選点で、点名は小五郎、俗称、草山と言う。山陽パルプの持山になっている。

 『防長風土注進案』(1841年)に記されている小五郎山の古名は「宇佐の嶽」と言う。

 「宇佐の嶽」はアイヌ語で
 o-sat-nay-tay-kes-oma-p
 オ・サッ・ナイ・タイ・ケシ・オマ・プ
 川尻・乾く・川の・林・端・にある・もの(山)

 しばらく休憩して北へ下った。小五郎山から北側の道はササ薮となる。ササの下の空洞を足で探りながら進む。後ろの小五郎は尖って見える。30分ほどで1137ピーク。小五郎山の南には少なかったブナが、こちらでは大きなそれが残っている。岩場を登るとカリマタノ峠への下りとなる。じっとしていると薮蚊が寄ってくる。小五郎山から1時間半ほどで、ヒノキ林のカリマタノ峠に降りた。

「カリマタノ峠の名は『防長風土注進案』にも記されている古い峠名である」(「西中国山地」)。
 アイヌ語で
 nup-ka-us-nupuri-pa-ta-an-nay-taor
 ヌプ・カ・ウシ・ヌプリ・パ・タ・アン・ナイ・タオル
 野・上・にある・山・の上手・に・ある・川の・高岸

 「西中国山地」の地名に「ノ」「の」が多く含まれている。これは「谷」「川」を意味する nay の転訛で、

 ナイ→ノウ→ノ(の)

 の転訛が見られる。「西中国山地」に「ノ」「の」を含む地名は300以上ある。

 広島県の芸北の移原(ウツノバラ)の古名はウツノウハラで、ウツナイパル(ut-nay-par)→ウツノウハラ→ウツノバラの転訛。ウツナイパルは「枝状の・谷の・入口」の意。同じく芸北の雲耕(ウズノウ)も古名は移原である。

 おそらく、アイヌの人々はカリマタノ峠を通り、谷から谷へ獲物を求めて、冬の時期に回り歩いたと思われる。

 カリマタノ峠から谷を下ると、右岸に踏み跡がありテープが巻いてある。この道を通る予定でなかったが、踏み跡を進んでみた。しばらく下ってヨウ谷水源の水場に出た。冷たい旨い水を飲んで一息入れた。

 水場から少し進むと容谷越の尾根に出た。「直登せよ」と書かれた古い朽ちかけた道標が落ちていた。ここから南に進めばよかったのだが、東よりの尾根を進んでしまった。というのもハマゴ川とアシ谷の尾根の間は明確な踏み跡のあるりっぱな植林道だった。

 ヒノキ林の道はセミが次々と飛び立っていく。大分下ったところで3.7mの大きなブナがヒノキ林の中に取り残されていた。急な道を下ると高速道にぶつかった。橋が渡っていれば簡単に宇佐川へ出るのだが。

 急な西の谷へ降りた。降りた所が大滝の落口の前だった。下へゴルジュが続いている。上は高速道の橋が架かっている。すずしい滝の前でしばらく休んだ。橋の下を少し下って西のガレ場を登った。高速道に沿って進んで見たが、すぐに深い谷になる。

 尾根を宇佐川へ降りた。宇佐川の流れは速く深い。橋のある西へ進んだが薮で進めない。戻って東へ進むと柳瀬付近の浅瀬に出た。膝ほどの川を渡り、やっと車道に出た。雷が鳴り、雨が降り出した。宇佐川へ掛かる橋へ歩いていると、地元のおじさんが乗って行けと言う。ありがたく乗せてもらった。聞いてみると、カリマタノ峠から降りる人はよく迷うと言う。高速道がなけれはカリマタノ峠から宇佐川へ抜ける立派な道がある。

アシ谷の滝


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カシミールデータ
総沿面距離9.8km
標高差864m

区間沿面距離
向峠
↓ 4.3km
小五郎山
↓ 1.6km
カリマタノ峠
↓ 3.9km
柳瀬


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地名考

●小五郎山周辺のアイヌ語地名

○宇佐川
 o-sat-nay
 オ・サッ・ナイ
 川口・乾く・川

○ハマゴ川
 suma-mak-oma-pet
 スマ・マク・オマ・ペッ
 岩・の奥・に入る・川

○ウオキリ
 iwor-kus-utur-us-i
 イォル・クシ・ウトル・ウシ・イ
 狩場の・向こう・の間・にある・所

○ヨウ谷
 iwor-us-tapkop-nay
 イォル・ウシ・タプコプ・ナイ
 狩場・にある・タンコブ山・川

○容谷越
 iwor-us-tapkop-nay-kus-i
 イォル・ウシ・タプコプ・ナイ・クシ・イ
 狩場・にある・タンコブ山・川を・通る・所

○柳瀬
 yaw-chironnup-set-us-i
 ヤゥ・チロンヌプ・セッ・ウシ・イ
 小さい方の・獲物の・巣・多い・所
  

 
 

        香仙原     赤土山                          安蔵寺山   小五郎山から
3.7mブナ 622ピーク南
アシ谷の滝
登路(青線は磁北線 青は900m超 ピンクは1000m超)