山歩き

御境…五 里 山…京ツカ山…ジョシ谷 2005/11/20
御境…五 里 山…1064ピーク…1158ピーク…1076鞍部…京ツカ山…ジョシ谷…広見林道…488号線…御境

■京ツカ山(キョウツカヤマ)1129.7m:島根県匹見町

匹見側の雲海 御境付近の尾根から
県境尾根 1100m付近

 クルソン佛                     岩冠山

1158ピーク 里$シ側付近から

     春日山          半四郎山  広見山

十方山南西稜線

   下山林道峠                  黒ダキ山

1064ピークへのスギ林

       女鹿平山  1023ピーク      沼長トロ山

                     安蔵寺山
  千両山           大神ヶ岳   立岩山    小郷山

   丸子頭      十方山       バーのキビレ

 旧羅漢山      1168ピーク 丸子頭     十方山

1076鞍部手前のブナ
京ツカ山山頂
ジョシ谷鞍部のブナ
向半四郎山 半四郎山 広見山
ジョシ谷右岸を下る ゴーロ帯
ジョシ谷
ジョシ谷を遮る石積
ジョシ谷の放棄されたワサビ田
半四郎山
ジョシ谷 広見川手前
広見川の橋げた ジョシ谷落口下流
国道488号線
半四郎山 広見山 488号線から
6:55出発 晴 気温−1度

9:30 1064ピーク
11:15 1158ピーク
12:15 1076鞍部
13:20京ツカ山
15:15広見林道
15:50国道488号線
17:30御境

 明治14年の広島県統計書の「高山」の項に十方山や冠山の山名はあるが恐羅漢山の山名はない。
 広島県統計年鑑では昭和元年に五里山の山名が初見される。「佐伯郡吉和村ト石見国ニ蜿蜒セル連山ナリ故ニ此称アリ 山頂3700尺」とある。昭和6年の統計年鑑で五里山は1121メートルとなっているので万城山(1124m)を指しているのかもしれない。H14年の島根県統計情報は1064ピークを五里山としている。

 広島県の統計書は、五里山の山名の由来をえんえんと五里も続く山稜の意としている。2万5千地形図では1124ピーク(万城山)から1064ピークの間に五 里 山≠ニ字の間隔を開けて記して、特定の山を示すのでなく、長く続く山並みとして表現している。
 吉和村大向と匹見町野入を結ぶ石州街道は、匹見町側、吉和村側ともに昔から五里ナカエ≠ニ呼ばれており、この呼称は現在も使われている。「ナカア・ナカエ・ナカラ」は「…の間」を意味し、五里ナカエは五里の間、つまり石州街道自体の長さを表わしている(「西中国山地」桑原良敏)。

 石州街道は大向から大町谷、角兵衛の墓、お関の墓、オセキガ峠、セキガ谷、長者原、オモ川、バンジョウ川、御境を通って小郷谷から野入へ抜けていた。カシミールで距離を測ると五里より大分長い。もともと五里山という地名はなく、五里ナカエと呼ばれて、五里にわたる長い街道沿いの山々の意として使われていた。

 御境は「『佐伯郡廿ケ村郷邑記』(1806年)には杖立御境とあり、『吉和村絵図』にも杖立御境と記されている」(「西中国山地」)。杖立は峠を意味している。杖立御境は峠の国境をあらわしている。

 標高970mの御境は氷点下1度だが、風が無いので寒くはない。東の空が赤く染まっている。峠の東側に古い石積が残っている。五里山から峠に下りている尾根を登った。少し登ると匹見側は雲海だった。大分古いテープが残っている。尾根に沿うヒノキ林を通り、鉄塔を結ぶ山道に出た。国道から鉄塔に上がる道があるようだ。山道は鉄塔で終わっている。

 地図で見ると林道が県境尾根の北側を近くまで通っているが、島根大学の演習林へ入る道だろうか。鉄塔地点からササ尾根に入った。ササの葉に白い霜のゴマ粒が降りている。ほどなく尾根の東側はスギの植林帯になる。高度が上がると樹林帯に日が入ってくる。コマユミの鮮やかなダイダイがあちこちに残っている。

コマユミ 1100m付近

 2万5千地形図の五里山と書かれた五≠フ字の西側の1120m付近で振り返ると冠山から寂地山への山並みや女鹿平山が見える。クルソン佛岩の岩塔がくっきりと見えた。2時間半で「五 里 山」を抜けた。里≠フ西側付近の1133標高
のピークから少し下ると、前方に1158ピークの大きな山容が姿を現す。その後に僅かに頭を出している京ツカ山、旧羅漢山、左へ天杉山の稜線。そこからスギ林を少し下ってササ帯に出ると、大展望が現れる。1158ピークの西は広見山、半四郎山、春日山、東側は十方山の稜線から女鹿平山までの山々。目の前に黒ダキ山があり、その後は立岩山。

 背丈を越えるササ帯を下って鞍部へ降りた。地図では鞍部から北より400mほどのところまで林道が延びているようだ。尾根の東側はスギの植林帯。ササ薮の登りはくたびれる。県境付近のスギ林を登った。1064ピーク手前までスギ林になっている。出発から2時間半で1064ピーク。ドウダンツツジの葉が真っ赤に染まっている。気温が上がるに連れてササの霜が融けてズボンがずぶ濡れになった。雨具を穿いた。軍手も濡れて冷たい。

 展望が広がる1100m付近の県境尾根は潅木が覆ってくる。入り組んだ枝に遮られて右往左往する。女鹿平山、沼長トロ山の周回路が確認できる。
 潅木帯を抜けて1158ピークへ近づくと、意外とササが低くなり展望が開けてくる。通ってきた尾根を振り返ると、五里山の後に左から千両山、特徴ある大神ヶ岳、立岩山、小郷山の山並みが続き、大神ヶ岳の右に安蔵寺山が見える。小郷山の後右に高鉢山、燕岳が続く。前方を見ると1158ピークの向こうに旧羅漢山が頭を出している。御境から4時間余りで1158ピーク到着。

 1158ピークから少し下ると旧羅漢山から十方山の稜線が見渡せる。下山林道の峠が目の前にあり、バーのキビレから十方山、丸子頭の稜線が続く。手前稜線の先に1168ピーク、その左に旧羅漢山。
 ササ帯を下った。1076鞍部手前に大きなブナがある。御境から京ツカ山までの尾根筋で一番大きなブナだろう。トリゴエ谷から京ツカ山への登山路として1076鞍部経由の径があったようだが、トリゴエ谷の入口近くでササに覆われている。

京ツカ山

 1076鞍部から京ツカ山へは近いが、頂上手前は潅木に覆われて中々前へ進めない。鞍部から1時間かかった。
 山頂の三角点はササで覆われている。今年5月にあった山頂目印のカップはなくなっていた。背の高いササで展望はない。御境から6時間余り掛かった。4月の残雪期には十方林道入口から4時間ほどで来ているので、残雪期の方が大分歩きやすい尾根道である。

 1076鞍部から京ツカ山へは小山を目指す登りになるので案外簡単に三角点に到着する。トリゴエ谷から入ると平坦な尾根のため、頂上の位置が分からず三角点を探すのに苦労する。トリゴエ谷から県境尾根に出ると松の木があり、テープが巻いてある。そこから南へ40mほどのところに三角点がある。三角点周辺のササを刈ってトリゴエ谷鞍部へ降りた。

 トリゴエ谷から上がっている鞍部に下りるとカップが吊るしてある。腕時計を見ようとするがない。京ツカ山で時間を確認したので、鞍部へ下りるまでに落としたようだ。広見側からジョシ谷が上がっている。尾根に大きなブナがある。このブナの反対側は朽ちているので大風でも吹くと倒れるだろう。ブナの横からジョシ谷へ降りた。林間から広見山、半四郎山、向半四郎山が見える。少し下るとスギ林になる。右岸のスギ林を下った。下るに連れて広見の山が迫ってくる。スギ林を大分下ると、スギ林の中は苔むしたゴーロ帯になる。途中、朽ちた大木があった。

 スギ林が終わり、右岸をトラバースして下りると、ジョシ谷を遮るダムのような石積があった。大きな岩を10m余り並べて水流を左岸へ集めている。ダムの向こうは放棄されたワサビ田だった。野生化したワサビが残り、イノシシが掘り返したような跡があった。石垣はダムの前後に長く続いている。多くの人々の気の遠くなるような努力した結晶が放棄され、その跡をみるのは何か空しい感じがする。
 半四郎山が目前に迫ってきた。小谷を過ぎるとほどなく広見川へ抜けた。鞍部から2時間ほどだった。広見川からジョシ谷を見ると小さな谷だった。広見川を少し下ると橋げたが残っている。広見林道からジョシ谷のワサビ田へ入る道があったようだ。

オソゴエ谷
オソゴエ谷付近の石垣


オソゴエ谷付近

 広見林道へ上がると林道広見線の看板の横に谷が下りている。この谷は広見川右岸の1022ピークから降りている谷でオソゴエ谷と言う。オソゴエ谷の右岸は石垣が組まれ水田があったようだ。オソゴエ谷の名は前から気になっていた。

 「オソゴエ」と呼ぶ地名に「獺越、遅越、尾曽越」がある。
 カシミールで「獺越」を検索すると、「獺越」は山口県周東町、鹿野町、島根県山口町、邑南町、宮崎県、岡山県、和歌山県にあり、読みは「おそごえ、うそごえ、おそごし、うそ」などがある。「遅越」は高知、愛媛、徳島、広島(加計)、山形、福島にある。「尾曽越」はカシミールにはないが、滋賀県にある。広島県の倉橋島に尾曽郷がある。

 奈良県十津川村教育委員会発行の「十津川郷採訪録」(五巻 林宏)をもとに再構成した「語彙集」では、オソゴエ (獺越)はカワウソ(川獺)が越えたという低い鞍部の名にみえるとある。

 道の両わきが狭まった狭隘地を「ウツ」「ウト」というが、その流れと思われる地名に獺越、遅越などがある(「峠名覚書HP」)。ウツは狭い谷、狭い崖、狭い峠道、獣の通路。ウト・ウトーは小さな谷、袋状の谷(「西中国山地」)を意味する。

 「越」を含む動物地名に馬越、猫越、猿越、獅子越、魚越、犬越路峠などがある(カシミール検索)。

 「過去における鳥獣分布情報調査報告書」(財団法人 日本野生生物研究センター1987年)では、江戸時代の「産物帳」(1730年代)から過去の動物分布を調査している。それによると、ほぼ絶滅したと言われているニホンカワウソは全国で生息していた。

 産物帳識名表ではカワウソは川獺、川うそ、かわをそ、かはをそ、かわうそ、獺、をそ、水川獺、川ねこなどの地域名がある。国別は以下の通り。

産物帳国名
陸奥国盛岡
陸奥国田村郡
出羽国庄内
常陸国
下野国河内郡
越後国蒲原郡
越中国
能登国
加賀国
越前国福井領
信濃国高遠領
信濃国筑摩郡
伊豆国
遠江国懸河領
飛騨国
美濃国
尾張国
近江国
和泉国
紀伊国
出雲国
播磨国網干領
備前備中国
周防国
長門国
壱岐国
対馬国
筑前国
肥後国
日向国諸県郡
類似資料
備後・安芸
(芸藩通史)
阿波国
(阿淡産志)
カワウソ名
川うそ(川ねこ)
かわをそ
水獺(かわをそ)
かはをそ
川獺
川うそ
かわをそ
かわうそ

をそ
かわうそ(稀)


かわうそ
川獺
川獺
川獺
川獺
川獺
川獺
川獺
川獺
川獺
川獺
川獺

かわうそ
川うそ
水獺
水獺

川獺

川獺
関連地名

遅越
遅越


遅郷



獺河内





於齟齬

尾曽越

獺越尾曽
獺越晩越
獺池
遅越獺越
獺越
獺越




獺越

遅越
尾曽郷
遅越

 東日本ではをそ≠含む呼び名が残っているが、西日本は川獺が多い。ただかわうそ≠ニ呼んでいたかかわをそ≠ネのかは産物帳では分からない。

 カワウソは昔、ヲソとも言ったようだ。ヲソは「倭名抄」(日本最古の辞典 931年)に「乎曽」とある。
 神奈川県藤沢市HPの地名の由来に獺郷(おそごう)の項がある。「昔ところどころに沼地があり、獺(かわうそ)が多く生息していたといわれ獺の郷から村名になった…また、新編相模の国風土記には獺郷(おそごう)村(乎曽加宇牟良)(オソカウムラ)と記されている」。

 高知県須崎市の遅越はニホンカワウソの目撃話が出ている地域の一つである。ニホンカワウソは1979年、高知県の新荘(しんじょう)川で目撃されたのを最後に確認されていない。

 「オソゴエ谷」は「西中国山地」では匹見町七村の燕岳と高鉢山の間の七村川の奥にある。地図ではオソウゴエ谷となっているが、島根県川データではオソゴエ谷となっている。
 七村の地名の由来は、奈良から来て当地に住んだ木地師が開拓したので、奈良村というようになり、それがなまって七村と呼ばれるようになったといわれている。(「島根大学HP」)。七村峠(三葛峠)を越えた紙祖笹山には加冷谷木地屋墓がある。

「西中国山地に生息している哺乳類については、晴山省吾氏らの報告がある(『三段峡・八幡高原の哺乳類』広島県教育委員会)。三段峡・八幡盆地周辺より21種が記録されているが、カワウソ、ホンシュウシカもリストにある」(「西中国山地」)。
 ニホンカワウソは河川の中下流域に生息している動物だが、広見川周辺の奥山にカワウソが居たのかもしれない。

 絶滅した可能性の高いニホンカワウソはかつて全国で生息していたが、いまやカワウソに由来する地名が全国に残っている。
 「松落葉集」に遅声桜(おそごえざくら 加計町遅越の渡船場の桜)の詩がある。
 キジヤムカイの谷や七村に「オソゴエ谷」があるので、木地師関連の地名ではないかと思って調べてみたが、「オソゴエ」と呼ぶ地名が各地にあることは、全国で活躍した木地師とともに広がった可能性はある。

明治30年竣工の広見石橋

 「オソゴエ谷」で大分寄り道をしてしまった。広見林道を下った。小屋を過ぎると半四郎山登山口。1968年竣工の小谷橋を渡り、「中の本家屋敷跡」の石碑を過ぎると国道488号線。「恐羅漢山入口」の標識がある。488号線を登った。500mほど登ると広見石橋がある。明治30年竣工の現役で島根県遺跡データベースに登録されている。遺跡を示す案内はないので見過ごしてしまうところだった。

 御境へ上がる道の橋を確認してみた。小屋谷橋、新山谷上橋(昭和50年7月竣工)。島根大学匹見演習林の看板もある。高度が増すに連れ広見川の奥に恐羅漢山が見える。残照に輝く広見の山々、国道沿いの紅葉が美しかった。小郷山が間近に迫っても御境は遠い。国道に出てから2時間ほどで御境に着いた。暗くなった上空に一際大きく火星が輝いていた。

 

カシミールデータ
総沿面距離15.5km
標高差531m

区間沿面距離
御境
↓ 2.7km
1064ピーク
↓ 1.2km
1158ピーク
↓ 0.7km
1076鞍部
↓ 0.6km
京ツカ山
↓ 1.8km
広見林道
↓ 1.2km
488号線
↓ 7.3km
御境

 


匹見の雲海 御境付近の尾根から
 クルソン佛岩                            冠山               後冠山         広高山 (五里山手前から)
   十方山南西尾根                立岩山 黒ダキ山    日の平山          灰郷スマモ山    小室井山 (五里山下りの尾根から)
                                       板敷山
                 女鹿平山           1023ピーク                 A峯  沼長トロ山(沼長トロ山周回路 1158峯手前から)
   旧羅漢山      焼杉山          1168峯       丸子頭                十方山  (1158ピーク下りから)
ジョシ谷を遮る石積 石積の先はワサビ田
残照の広見の山々 488号線から
カワウソの分布図(1730年代)
「過去における鳥獣分布情報調査報告書」(財団法人日本野生生物研究センター)から
登路(青線は磁北線)