山歩き

細見谷…ロクロ谷…アオザサ谷…ヒノ谷 2005/8/27
立野…下山林道…オオリュウズ…ロクロ谷…長者原林道…青笹林道…青笹越…アオザサ谷…ヒノ谷…立野

立野キャンプ場
女鹿平山 下山林道から
5.2mトチノキ テンガタキ付近
カーブ地点から下った大岩
V字滝とオオリュウズ
オオリュウズ
S字ゴルジュ
ロクロ谷付近 左がロクロ谷
キガンピ オトコオミナエシ
連続するロクロ谷の小滝
ロクロ谷
ロクロ谷上流
千両山
女鹿平山 長者原林道から
青笹越
十方山 青笹越先の行止り林道から
ヒノ谷 アオザサ谷付近
ヒノ谷から吉和の駄荷集落を望む

 

6:15出発 晴れ 気温19度

8:15ホトケ谷
9:40S字ゴルジュ
10:10ロクロ谷
11:45峠
ツリフネソウ
ミヤマカワトンボ

 キャンプ場はテントが数張り、昨日からキャンプしているようだ。気温19度で涼しい風が吹き、やっと秋らしくなった。細見谷橋を渡って下山林道へ入ると、ツリフネソウが咲いている。
 県道から立野キャンプ場へ入る橋は、十方山登山橋と言い、かつては立野の周辺が十方山への登山基地だった。十方山登山橋ができる昭和45年(1970年)以前は、吉和川にケーブルが架かり、登山者はケーブルに乗って吉和川を渡っていたと言う。当然その頃、下山林道はなかった。

 細見谷左岸を通る下山林道は、自然保護団体の反対運動で、途中で工事を中止した。林道はクロダキ谷まで通じている。私が下山林道を初めて歩いたのは1979年だが、その頃から林道の痕跡を示すものは、錆びたカーブミラーとガードレールぐらいだった。立野キャンプ場は今のように整備されておらず、屎尿を溜めるだけの汲み取り便所と小さな水場があるだけだった。アマゴの養殖場もなかった。

ゲンノショウコ

 林の茂る下山林道はまだ暗い。一ノ谷を過ぎて、しばらくして林が開けたところで振り返ると、女鹿平山が見えた。テンガタキ谷付近に下山林道で一番大きいトチノキがある。計測してみると周囲5.2メートルあった。

 テンガタキ谷を過ぎるとまもなく、ツガの大木がある黒ダキ山登山口。そこからしばらく歩くと下山林道は右へ大きくカーブする。カーブ地点から尾根を少し降りたところに大岩があり、大岩の右を西に向かって降りる。カーブ付近のすぐ手前に、南へ降りる踏み跡があるので注意が必要だ。これを降りるとクロダキ谷左岸の落ち口へ下りる。黒ダキ谷へ降りて少し下り、黒ダキ山からの枝尾根を登る。尾根の左側に踏み跡があり、主尾根に出る。

アカマツの食痕と爪痕

 尾根付近にあるアカマツの食痕を見ると、今年2月に確認したのと変わっていない。2月以降クマはやって来なかったようだ。
 この尾根はクロダキ谷右岸へ下りている。尾根からイカダ滝上部を通るトラバース道がある。茂っているが、ところどころテープが残っている。トラバース道からホトケ谷へ出ると、ジグザグ道になる。ここもテープが残っている。道を辿ればホトケ谷落ち口に出る。
 谷を歩く場合は、クロダキ谷を過ぎて細見谷左岸をへつり、イカダ滝手前から右岸を巻く踏み跡がある。

 2時間ほどでホトケ谷へ出た。ここから100メートルほどでV字滝とオオリュウズ。少し休憩し、細見谷の冷たい水で顔を洗った。
 V字滝は6月に通った時、右側の水流がなかったが、まだ水量が少ないのか、左側と比べると大分、水流が小さい。V字滝の左岸を渡り、上部へ出ると土砂で埋まり、腰までの深さが膝上ほどになっていた。右岸をへつってオオリュウズへ出た。水量がほどほどなら谷通しできるが、多い時はV字滝手前から右岸を巻くことになる。
 オオリュウズも土砂で大分埋まっている。オオリュウズはもともと渕が深く広かったが、1991年の19号台風で、滝上部の大岩が崩れて滝つぼへ落ち、土砂が溜まるようになった。
 オオリュウズから右岸を巻き滝の上部へ出た。この辺りは休み場と言い、休憩場所になっている。

モミジガサのイカリモンガ
マダラカギバ
ユウマダラエダシャク

 オオリュウズを過ぎると谷は平凡になる。相当な増水がない限り、谷を歩くことができる。前フトウ、中フトウ、奥フトウの谷はいずれも水チョロチョロで少ない。モミジガサにイカリモンガが留まっていた。オオリュウズから1時間余りでS字ゴルジュ。ここは水量が多いと手前のカンネワラ谷から左岸を巻くが、この20年余りで巻いたのは一度だけだ。倒木がゴルジュの上の方で留まっていたので、激しい流れがあったようだ。

 S字ゴルジュから30分ほどでロクロ谷。ここから十方林道まで僅かだ。ロクロ谷はかつて吉和の木地師が良材を求めて細見谷上流へ抜けた道だ。ロクロ谷、六郎谷、轆轤谷、鹿路谷など検索すると多数ヒットする。木地師が全国で活躍していた時代の証だろう。

ミヤマママコナ

 ここから立野へ帰るには幾つか道がある。ロクロ谷から十方山南西尾根を登り、営林署の巡回路を通り、黒ダキ山登山道を経る道。アプローチが長いが、十方林道を抜け、シシガ谷から十方山を回る道。ロクロ谷を抜けて長者原林道を通り、角兵衛の墓手前からヒノ谷を抜ける道などがある。ヒノ谷は大分茂っているので、ヒノ谷分岐からD峯を経て、細見谷の南側の縦走路を通って城山へ抜ける道は、踏み跡がしっかりしている。

 少し休憩してロクロ谷へ入った。入口から小滝が五つ、六つ連続する。それを過ぎると谷は緩やかになる。ロクロ谷はサワグルミ、カツラ、ブナ、アシオスギ、トチノキなど原生的な森を残している。昨年の秋、ロクロ谷でクマの歯型が残っている生きたゴギが捕獲され、クマはゴギを食べているという証拠が発見された。
 A峯から下りる谷の分岐を過ぎると、谷はさらに緩やかになり、小川のような流れに変わる。株立ちしたカツラの大木を過ぎてまもなく、南側の山が開けると峠へ出る踏み跡が現れる。50メートルほどササをかき分けると、鉄塔を結ぶ林道へ出た。中国電力のbT5鉄塔が目の前にあった。ロクロ谷の下り口にテープが巻いてある。ヤマボウシが赤い実を付けていた。

峠のヤマボウシ

12月22日まで通行止

12:30お関の墓
12:50角兵衛の墓
13:40青笹越
14:25青笹越
    (林道往復)
14:55ヒノ谷
16:05林道終点
16:25立野

 峠を少し下ったところから千両山が見える。林道を下って長者原林道へ出た。鉄塔へ上がる道は鎖止めがしてある。広場に工事車両が止めてあり、法面が削られ、拡幅、舗装の工事をしているようだ。長者原林道を上がった。右下にセキヤ谷の流れが聞こえる。

 お関の墓の少し手前で通行止めになっていた。12月22日まで工事のようだ。峠から40分ほどでお関の墓。お関の墓は伸びた草で隠れている。
 オ関ヶ峠を越えると林道は下りになる。お関の墓から20分ほどで角兵衛の墓。角兵衛の墓手前から左へ下りるとヒノ谷へ出る。墓の周辺を見ると墓石が幾つか転がっており、まだ多くの墓石が埋まっているのかもしれない。

角兵衛の墓
コオニユリ

行き止まりの旗

 角兵衛の墓から40分ほどで青笹林道入り口。コンクリートの林道を登った。ヒノキ林を登ると10分ほどで青笹越。青笹越手前から女鹿平山方向へ向かう道がある。青笹越を越えると道は左右に分かれる。右の林道を進んだが、1kmほど進んで行き止まりだった。行き止まりの木に白、赤の旗がよく目立つように立っていた。見渡してみると、遠くの山腹に同じ旗が立っている。赤、白の旗は林道終点の位置を示しているのだろうか。青笹越へ引き返した。

造林公社の看板

 アオザサ谷を下りた。すぐに踏み跡が現れ、左岸、右岸を渡っている。アオザサ谷は緩やかな谷だ。30分ほどでヒノ谷へ出た。ヒノ谷の左岸の道は倒木や枝で茂っている。しばらくヒノ谷を下り、左岸に道が現れたところで踏み跡へ上がった。左岸にある広島県造林公社の錆びた看板に「銅山造林地」とあった。ヒノ谷の落ち口に銅山があったと言うから、この辺りは銅山と言うのだろう。

「ヒノ谷の異名は多い。この谷の吉和川本流への落ち口の左岸に銅を採掘した鉱山があったので銅山川と呼ばれたり、沼の谷と呼ばれたりした」(「西中国山地」桑原良敏)。

 踏み跡は相当崩れて荒れている。1時間ほどでコンクリート柱の展望のあるところに出た。ここから駄荷の集落が見える。10分ほど下って林道終点へ出た。現在、ヒノ谷分岐から林道終点へ向けて林道工事が始まっている。ヒノ谷の谷歩きが楽しめるのもあと僅かだろう。林道終点から20分ほどで立野キャンプ場へ帰着した。キャンプ場はテントでいっぱいになり、バーベキューの匂いが漂っていた。

オクモミジハグマ
フウリンウメモドキ
フシグロセンノウのカラスアゲハ


カシミールデータ
総沿面距離19.4km
標高差409m

ナガミノツルケマン

区間沿面距離
立野
↓ 3.3km
ホトケ谷
↓ 2.5km
ロクロ谷
↓ 1.7km

↓ 5.8km
青笹越
↓ 2.0km
青笹越
↓ 0.9km
ヒノ谷
↓ 1.9km
林道終点
↓ 1.3km
立野

 

カリガネソウ ナベナ アカバナ
サイヨウシャジン オオマルバノテンニンソウ オミナエシ ツルリンドウ
シラヤマギク ヤクシソウ シシウド ウド
ツユクサ アキチョウジ イヌタデ ツチアケビ

土砂で埋まるオオリュウズ
ロクロ谷
登路(青線は磁北線)