山歩き

大谷川右谷…十方山…大谷川左谷 2005/7/23
大谷川入口…大谷川右谷…論所…十方山…S59年遭難碑の先…大谷川左谷…大谷川入口

■十方山(ジッポウザン)1318.9m:広島県吉和

県道沿いのオオハンゴンソウ

倒壊した廃屋 入口左

イシノ小屋
サワグルミ
大谷川
左がコスギナエノ谷
アカモノ ヒヨドリバナ
オオバギボウシ ニガナ
ゴルジュ帯 上部から

右岸の谷にある岩のトンネル

論所の掘割 左は登山道

立岩貯水池と立岩山 遭難碑の先から

サワグルミ 大谷川左谷
15m滝 大谷川左谷
20m滝 大谷川左谷

ユキノシタ

6:15出発 晴れ 気温24度

7:00イシノ小屋
7:50大岩
8:15コスギナエ分岐
11:45論所
12:05十方山

大谷川の欄干

 県道沿いはオオハンゴンソウが咲いている。立岩貯水池はキリで少し霞んでいる。貯水池はこの三週間ほどの雨で大分水量が増えたようだ。大谷川には「大谷」と読める古いコンクリートの橋が架かっている。大谷川入口の石垣にユキノシタがまだ咲き残っていた。

 大谷川右岸の山道を入ると、左に倒壊して屋根だけの廃屋が残っている。セメントで固めた釜のような跡がある。アルミのヤカンが一つ転がっていた。屋根の上をハチが群れて、巣になっているようだ。この辺りにあった集落の家なのだろうか。左岸には倒壊寸前の神社がまだ立っている。
 貯水池に水没した集落は幾つかあったが、大谷川が落ちる立岩は一番北側の集落だったようだ。

「立岩貯水池側の集落は水没して無人になっているため、谷の呼称調査は難しかったが、幸い三の原に住んでいた斉藤貢老人より聞き書きすることができた。地図には水没した集落名は記していないが、大字名は下山、小字名として、立野、小松原、広瀬、一の原、二の原、大畠、三の原、立岩があったという」(「西中国山地」桑原良敏)。

 道はスギ林を通り、しばらく進むと左岸に渡り、イシノ小屋の先の左谷の分岐を過ぎて右岸に渡っている。
 イシノ小屋手前で谷へ降りた。イシノ小屋は雨宿りに使えそうだ。大岩のトンネルを抜けて左谷分岐を過ぎ、大谷川右谷へ進む。右岸の踏み跡はしばらくすると上に向かい、ヒキジノオカへ出るようだ。ヒキジノオカはヤブの道だが、冬は別世界になる。雪道のブナ林もまたすばらしい。

マンネングサ


ヒキガエル

 大谷川はサワグルミが多い。イシノ小屋から50分ほどで巨岩が現れる。大岩を過ぎると谷はだんだんと狭くなり、ゴルジュ帯に入る。今日は大きなヒキガエルが多い。いつもすばやく逃げるのだが、岩の上でじっとしてポーズをとってくれる。タニシが岩に張り付いている。巨岩から20分ほどでコスギナエノ谷が落ちるゴルジュ帯に入る。ここが大谷川右岸の核心部になる。コスギナエの滝は水量は多くない。マンネングサが咲いている。樹林で覆われたゴルジュ帯は夏でも大分涼しいようだ。

ヌスビトハギ

 ゴルジュ帯を抜けると王子製紙の表示が貼ってあるトチノキの大木がある。その先で谷は分岐する。右はキリイシのタキを過ぎた鞍部辺りに出るようだ。鞍部を下れば坂根谷へ抜けることができそうだ。
 岩ガレ帯を通って、しばらく登って小滝を越えると、右岸からトンネル状の谷が落ちている。少し上がって見たが、岩のトンネルから水流があった。大谷川をさらに登ると左岸にサワグルミの大木があった。サワグルミを計測するのは初めてだが、周囲2.7m。この辺りのサワグルミとしては巨木だろう。谷の下の方ではくたびれていたヤマアジサイは、上へ登るに連れて新鮮さを取り戻す。

 谷の岩の上でチョウが死んでいた。外傷がないので力尽きて谷へ落ちたのだろう。ほどなく谷は分岐する。広い右の谷は奥三ツ倉と論所の間あたりに出るようだ。左へ進むと水源帯に入る。水溜りにはオタマジャクシやサワガニが遊んでいる。ササが覆い、谷がぬかるんで来ると、掘割のある論所に出た。大谷川入口からここまで5時間半かかったが、寄り道しながら登ったので、5時間は見ておいた方がよいだろう。

「十方山と奥三つ倉の鞍部を論所という。横川側の呼称であるが、立岩側では堀越とも呼んでいる。ホリコシ谷は、この鞍部よりシシガ谷へ流れている小谷の呼称なのでここを堀越と呼んでもよい。この鞍部の水を大谷川側へ流すための掘割があることは、ここを歩いた人は誰でも気づく所である。水利権をめぐっての境界争いの歴史は古く、十方山が論山であることが推察できる」(「西中国山地」)。

スジボソヤマキチョウ 十方山
ウラギンヒョウモン 十方山

 登山道を上がった。頂上に近づくとアカトンボが群れている。山頂は家族連れの登山者が一組あった。

 今日は霞んで視界が悪い。少し休憩して登山道を下ると、オオバギボウシ、カワラナデシコ、ヤマジノホトトギスなどが咲き、アカモノが実を付けている。オカトラノオやウツボグサはもうすぐ終わりだろう。昭和59年遭難碑から少し下って、眼下に立岩貯水池が見える辺りから大谷川左谷の水源部へ下った。

12:40遭難碑の先
12:50水源部
16:05イシノ小屋
17:00大谷川入口

 昭和59年12月22日に遭難した永吉氏は、翌年の四月四日に大谷川左谷で発見された。遭難碑は大谷川左谷を見下ろす位置にある。永吉氏は登山の下見で軽装でシシガ谷から入ったが、山頂付近で天候が急変して大雪になり、迷って大谷川上流へ降りたようだ。

 ササと枝を掻き分けて、10分ほどで水源部に出た。谷はしばらく枝が覆うが、下るに連れて谷は広くなり、歩きやすくなる。この谷もサワグルミが林立する。樹林で覆われた谷は日が陰ると薄暗くなる。岩の上にカエルの死骸があった。2時間ほど下った所に10mほどの滝があった。右岸を巻いた。さらに下ると15mの滝。谷の左岸に踏み跡がある。植林地へ通じる道があるのかもしれない。滝が連続する。続いて10mのナメラを下るとすぐに10m滝。右岸を巻いた。間をおいて最後の滝は20m。左岸に踏み跡がある。
 左谷の方が楽な谷だと思っていたが、歩いてみないと分からないものだ。こんな大滝が連続するとは思っても見なかった。

ヒバカリ?


カワガラスの巣
水中のサワガニ

 岩を飛び越えるといつの間にか足元に茶色のヘビが落ちてきた。お互いにあわてて鉢合わせになったようだ。岩の奥の隙間に、枯葉やコケで固めたカワガラスの巣があった。黒褐色の少し大きめの小鳥が良く飛び交っている。サワガニが水中に隠れた。下るに連れてワサビの食痕が残っていた。クマの通り道のようだ。ようやくイシノ小屋へ到着。登山道から3時間ほどかかった。イシノ小屋から谷を下り、右岸の踏み跡を下った。県道へ出ると、四国から広島へ転勤してきたというご夫婦が、チョウを追っかけていた。先ほど二人の登山者が降りてきたが、ここは登山口なのかと聞かれた。

イワタバコはまだ早かった


カシミールデータ

総沿面距離7.1km
標高差807m

区間沿面距離
大谷川入口
↓ 0.8km
イシノ小屋
↓ 0.8km
コスギナエ分岐
↓ 1.5km
論所
↓ 0.4km
十方山
↓ 0.7km
下山地点
↓ 2.1km
イシノ小屋
↓ 0.8km
大谷川入口

 

立岩貯水池

大谷川 大谷川橋から
大谷川

大谷川右岸の巨岩

ゴルジュ帯 コスギナエ分岐

ゴルジュ帯出口のトチノキ

カワラナデシコ ウツボグサ
ツノハシバミ ヘクソカズラ
岩ガレ帯

大谷川左岸のサワグルミの大木 手前

霞む展望

奥三ツ倉 山頂から
大谷川左谷水源部
10m滝 大谷川左谷

10m滝 その上に10mのナメラがある

クサアジサイ

左はコスギナエノ谷 右谷のゴルジュ帯

2.7mサワグルミ 手前 大谷川右谷左岸
大谷川左谷 最下部の20m滝

登路(青線は磁北線)
 
ヤマホロシ ウリノキ マムシグサ ヤマジノホトトギス ニワトコ
モミジガサ ヤマゼリ ウバユリ ミズタビラコ エビガライチゴ
イヌトウバナ ヤマアジサイ トチバニンジン ハナイカダ スノキ
クサギ ヒナノウスツボ ノリウツギ ミヤマイラクサ サンショウ
ムラサキマユミ ムラサキマユミ クマイチゴ オオバショウマ ムラサキニガナ